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硝子玉













 咲が舞に「送って行くよ。」と告げた帰り道だった。咲は自転車を押しながら、舞の家
の方へと並んで歩いて行く。一月の下旬、晴れ渡った空は吸い込まれそうなくらいに透明
だった。
「今日はちょっとあったかかったね。」
 舞が微笑んで、咲を見つめた。
「ね! こーんな日がずーっと続くといいのになあ。
 春が待ち遠しいよ。」
 大げさに肩を竦めてみせると、舞が「そうね。」と頷いた。
「ソフト部の練習、冬だとすごく寒そうだものね。」
 自転車のタイヤがアスファルトの段差に小さく跳ねて、微かに軋んだ音を立てた。
「そうそう!
 それに、北風がぴゅーっと吹くと、校庭の砂とか小石が飛んで来て痛いんだ。
 もうやんなっちゃうよ。」
 そう言って笑った咲の頭上で、街灯がぽつっと灯った。太陽が既に沈んでしまったのか、
家々の影になってしまって、二人からは見えなかった。西の方を向けば、居並ぶ家も電柱
も陰になって、空の端にある日の色を切り取っている。赤は過ぎて、微かに紫に染まりか
けた空。振り仰ぐと、天辺の方はもう夜になっている。
「でも、私も春が待ち遠しいな。
 桜とか菜の花とか、いっぱい綺麗な花が咲くから。」
 舞が目を細める。咲は大きく頷くと、右手を振り上げた。
「うんうん!
 春はいいよね、こう、春だー!! みたいな感じがしてさっ。」
 どう? と舞に目配せをすると、舞は可笑しそうに口元を綻ばせた。
「もう、咲ったら。」
 唇から溢れた声が心地よくって、咲はもう一回「春だー!」とふざけて腕を振り上げて
みた。
 並んで歩く二人の足は、橋の前へと差し掛かった。海へと続く小さな川。土手は小さく
ってちょっとした野原みたいで、車も殆ど通らない橋。
「あ、見て、咲。」
 橋の真中で、舞が西の方を指差した。呼ばれて咲は、舞の指が示す方を見る。
「わあ!」
 真っ直ぐ流れて行く川面に、暮れていく空が映っていた。
 オレンジから桃色へ、そして紫へとグラデーションを描き、夜の青に溶けていく西の空。
その輝きが川の両脇に並ぶ家々の黒に縁取られて、まるで二つ空があるようだった。
「綺麗だね!
 なんか、川の中にも空があるみたい!」
 咲は声を跳ねさせて舞を振り向く。
「そうね。」
 舞の緩やかな面差しに、太陽の残照がオレンジの光を差し込ませる。舞の瞳に、空が映
っている。
「硝子みたいね。」
 囁くような声が風に舞う。咲は舞の声に耳を澄ませる。
「地球ってきっと、大きな硝子玉みたいに、きらきら光ってるのね。」
 舞の瞳は透明な硝子玉みたいだ。咲は同じ景色を見つめ、微かに光を湛える舞の眼差し
にそんなことを想う。きっと、舞が見る世界はもっと繊細で、硝子玉の中で光が緩やかに
溜まってるみたいに、鮮やかな景色を描いているんだろうな、と。