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最後の涙













「それにしてもこれ、どうしようか。」
 咲は目の前に置かれた、パソコンのようなそうでもないような、小さな画面のついたモ
ニターらしきものを覗き込んで首を傾げた。空の泉から戻って来た時、一緒に出て来た謎
のモニター。咲には謎のモニターと呼ぶ以外、これをなんと呼んでいいかわからなかった
が、ちらりと目配せしてみる限り、舞も同じ悩みを抱えていそうだった。
「さっきは、ムープとフープがこれに入って、力を貸してくれたのよね。」
 頬に右手を当てて、舞が難しげな声を出す。咲は頷きながら、草陰に隠れているムープ
とフープへと目を向けた。
「ムプ?」
「ププ?」
と、小さな声がして、なんとなく二人がこちらを窺っている様子が伝わってくる。けれど、
さっきからと変わらず、一向に出てくる気配はなかった。
「随分、人見知りなのかな。
 出て来てくれるといいけど。」
 呟くように言うと、舞が「そうね。」と頷いた。すると、フラッピがぴょんと咲と舞の
前に跳ねて来て、しっぽを振った。
「大丈夫ラピ。
 すぐに仲良くなれるラピ!」
「そうチョピ。
 とつぜん緑の郷に来たから、ちょっとびっくりしてるだけチョピ。」
 チョッピが小さな手を合わせながら、耳を元気に揺らす。二人のそんな仕草に、咲と舞
は自然と頬を緩めた。
「そっか。」
「なら、大丈夫ね。」
 咲はぐっと肩を伸ばすと、空を一度仰いだ。木々の木漏れ日の向こうに、夏の青い空が
広がっている。
「でも、問題はこの謎のモニターだよねぇ。」
 いいながら、咲はぐっと背中を反らして、そのまま後ろにごろっと倒れ込んだ。
「うちに持って帰るんでいいけど、
 お母さんとかに絶対、これどうしたの? って聞かれるに決まってるし。
 みのりにも、なんて言えばいいかなぁ。」
 咲が口にした問題に、舞とフラッピとチョッピ、みながうーん、と唸った。子供用のお
もちゃと言って部屋に置いておくことは出来るだろうけれど、咲も舞も中学二年生だ。こ
ういったおもちゃで遊ぶような年頃ではないし、そもそも二人とも家の中に居るよりは、
外に出ている方がずっと好きだ。
「おもちゃ屋さんで買ったって言っても、納得してもらえそうにないよね。」
 舞の言葉に、咲は「やっぱりそうだよねぇ。」と仰向けに寝っ転がったままぼやいた。
「困ったラピ。」
「困ったチョピ・・。」
 フラッピとチョッピにも、良い案はないみたいで、
「うーん、名案はないかなぁ。」
咲は独り言染みて言いながら、空を覆う緑の木々と、青空を流れていく真っ白い雲を眺め
た。なんだか降参のポーズみたい、って自分でも思いながら、ぼんやりと空を見上げる。
 寝転がって空を眺めていると、まるで空の方が下にあって、そこに吸い込まれていきそ
うだった。足の裏が宙に浮いて、自由に形を変える真っ白くて柔らかそうな、まるで綿菓
子みたいな雲に向かって落ちていけるような、無重力感。
 掌の枕に触れる柔らかな下草の手触りだとか、身じろぎをすると首の裏をくすぐる葉音
だとかが、自分は地面に寝転がっているということを教えてくれている。ゆっくりと息を
すると、まるで地面と空と草花と、そこらへんに居る虫とか、遠くで鳴いている鳥の声と
かと一緒になって、体が溶けていくような、それでいて自分がはっきりとするような、そ
んな気がした。
「名案なんて・・・なにか、あるかしら。」
 舞が微かな声を零す。それをさらうように、風が一陣吹いた。下枝を揺らし、森が囁き
声を鳴らしていく。小雨の降るような鮮やかな音色は、風に連れられて見る間に遠くへ駆
け抜けて、木漏れ日が咲の瞳の上を踊った。透けるように輝く高い木の葉っぱが舞って、
梢の合間から真っ白な太陽が一瞬、目を焼いた。
「そうだ! 思いついた!!」
「え、ほんとう!?」
 大声を上げて跳ね起きた咲を、舞がぱっと振り返った。
「咲にしてはやるラピ!」「咲、すごいチョピ!」
 咲は期待に満ちた三人の視線を浴びて、自信満々に頷いた。そうして、口上をあげる時
みたいに、掌をばっと開いて言い放つ。
「ゴミ捨て場で拾ったんだ! ってことにすればいいんだよ!
 そうすればお父さんはうんうん、ってそれ以上聞いてこないと思うし、お母さんも」
「それはヒドいラピ!」「ヒドいチョピ!」
 フラッピとチョッピが弾かれたように抗議を上げた。
「王女さまから貰った物をゴミ捨て場で拾ったなんてヒドすぎるラピ!」
 目を吊り上げてフラッピが咲の鼻先に食って掛かる。咲は目を丸くしたかと思うと、面
くらった様子で、後ろ頭を掻いた。
「え、駄目かなぁ。
 全ての物に命は宿るってお父さんよく言ってるし、
 貰ったとか買ったとか言うよりは上手くいくと思ったんだけど。」
 歯切れ悪く言いながら、舞を窺う。舞は困ったように眉を垂らして、小首を傾げた。
「ちょっと、そういう問題とは違うかな。」
「全然違うラピ!
 咲はデリカシーがないラピ!」
 耳をピンと立てて怒るフラッピに、咲は「わかったから、ごめんってぇ。」と頼りない
調子で返す。閃いた時は名案だと思ったんだけどなあ、なんて胸の縁だけで呟きつつ。
「でもこれが駄目なら、どうしたらいいかなぁ。」
 咲が溜め息混じりに言うと、フラッピは途端に困ったように口を噤んだ。フラッピは携
帯電話みたいな形でポケットにも入る小ささだったから、なんとかうやむやにごまかした
けれど、今回もそんな風に出来るかなぁ、と咲はもう一度、頭の中でお父さんお母さんみ
のりとの会話をシミュレーションしてみる。家に帰って、さりげなく机の上に置いておい
て、お母さんにこれどうしたの、って聞かれたら、さりげなく・・・。
 だめだ、どう考えてもムリなり、と肩を落とした時、舞が決意に満ちた顔を咲に向けた。
「舞、何か閃いたの?」
 尋ねると、舞は神妙なような、恥ずかしがっているような、どっちとも付かない難しい
表情で首を縦に動かした。
「わ、私が作ったってことにするのは、どうかな?」
「舞からとつぜん理系の香りが!?」
 ちょっとこれ、テクノロジーの香りがするのに、と思わず咲が声をあげてしまうと、舞
は顔を真っ赤にした。
「あ、やっぱりだめかな。」
 肩をすぼめて、舞は少し俯いた。咲はむ、っと腕を組んで謎のモニターと舞を見比べた。
美術部で作った作品、というにはなんだかどうみてもやっぱり、難しいような気がした。
モニターの下の方に付いているボタンらしきものの用途はよくわからないけれど、実際に
押せるし。
「ちょっと、キビしいかも。」
 咲がそう答えると、しゅんと舞が肩を落とした。
 万策尽きて万事休すなり、なんてフレーズが頭にぽんと浮かんだ。ゴロが良いせいか、
なんとなくダジャレっぽくて、いつも寒いギャグばかり口にする幼なじみが脳裏を過った。
「まーきっと、なんとかなるよ!
 悩むのは後でもいいじゃない、ね?」
 咲は跳ねるように立ち上がると、腕を大きく広げた。明朗に言い放った言葉にフラッピ
は、咲はのーてんきラピ、なんて言っているけれど、座り込んで咲を見上げていた舞は目
を細めて微笑み返してくれた。唇から紡がれるのはやさしい同意。
「もう、咲ったら。」
 えへへ、と咲が笑うと、舞が小さな笑い声を零した。
「そうだ、フラッピ。
 ムープとフープにうちに来るように言ってくれる?
 トネリコの森に置いていくわけにはいかないし。舞もそれでいいよね。」
 うん、と頷いて、舞が立ち上がる。服についた葉っぱや埃を、細い指先が払っていく。
黄緑色の小さな葉が降った。
「フラッピ、それじゃあよろしくお願いね。
 あとで私も呼びにいくから。」
 咲が膝を屈めて頼むと、フラッピは「わかったラピ!」とチョッピを誘って、ムープと
フープが隠れている茂みへと跳ねて行った。
「咲の家、もっとにぎやかになりそうね。」
 隣に立った舞が楽しそうに頬を緩めた。
「ほんとうだよ。
 でも、フラッピもなんかコロネと結構仲良いみたいだし、
 みんなで楽しく出来るといいな、って」
「うん、楽しみね。」
 そう微笑んだ舞の頬に、木々の葉から溢れた光が差し込んで、風にあわせて揺れていた。
夏の匂いがする風の中で、舞の眼差しには光と陰が綾を織り成して映り込んでいる。咲は
笑みを浮かべて頬を持ち上げると、舞の手を握った。
 左手の中に収まる細い手、そこから緩やかに伝わる熱を掌に感じる。どちらの掌にかつ
いた砂が手の間でざらついて、暑くなり出した空気に微かに汗ばみそうで、でも咲は手を
離さなかった。舞はただ、黙ったまま手を握り返してくれる。
 咲は大空の木を見上げた。
 あの日は、四人で手を重ねて見上げた木。
 強い想いを持ち続ければ、望みは必ず叶う。フィーリア王女の言葉を、咲は信じている。
舞も同じように信じている。だから、もう泣かない。絶対に、もう一度二人に会うから。
 目を閉じる。真昼の光は眩しくて、目蓋を越える太陽の光が目の前をオレンジ色に染め
る。その光の中に、もう幾度となく描いたあの瞬間を咲は思い出した。満と薫が、自分達
を逃がしてくれたその時。空の泉をお願いね、と奇跡の雫を自分達に託した瞬間。二人の
姿が遠く離れていく時に見た、二人の笑顔を。二人が初めて見せてくれた、本当に優しい
笑顔。
 あ、と声が漏れそうになるのを、咲は飲み込んだ。
 ずっとあんまり笑わなかった二人が、
 ずっと苦しそうに悩んでいた二人が、本当に穏やかに笑い掛けてくれたのは―――。
 あの時が、初めてだったんだ。
 急に目頭が熱くなって、咲は目を開いた。睫の先に水の雫が付いて、大空の木がきらき
らと輝く。風も空も鳥の声も花の匂いもみんな、水が零す光で眩しい。咲は唇をぎゅっと
噛み締めた。
 そのとき、ふっ、と舞が強く掌を握り返してくれた。柔らかい手の平に籠る、確かな力。
包み込んでくれるようなぬくもり。舞の右手を、咲は同じくらいの力で握り返す。振り向
かないまま。きっと、舞も大空の木を見上げている。だから、振り向かなくていいと、咲
も思った。
 二人があの時初めて、あんなにも優しく笑ってくれたことを、舞はとっくに気付いてい
たんだ。そう咲は気付いたから。そしてその舞が、今、隣で自分に微笑んでくれたから。
 絶対に、私達はもう一度、満と薫に会う。
 咲は心の中でそう唱えて、思いっきり満開の笑顔を大空の木に向けた。目を細めて笑う
と拍子に涙が一粒頬を転がり落ちたけれど、大丈夫。これが最後の涙だから。