花 暖かい日溜まりが、手元に照っている。 深まっていく新緑の上に透ける青空から降り注ぐ陽光の一筋は、 街中を駆け巡る風を淡い色で描き出す。 並木の枝葉が囁き交わす昼。 店の裏手には通り掛かる人も居ない。 遠くを走る車のぼやけた音が放物線を描いて飛んで来て、 肌には鳥や羽虫のざわめきが触れていく。 咲は手にしたグローブを目の高さまで持ち上げると、光に翳して表面をつぶさに見つめる。 縫い目の間には、まだ昨日の泥が入り込んでいた。 使い古して柔らかくなった布の先をすぼめて、細かい隙間に沿うように拭う。 表面を傷つけないように、でも汚れは落とせるように。 鼻につくのは、皮と土の匂い。 次の試合はまだしばらく先だ。 一回戦では強豪の黒潮中に勝ったとはいえ、この後もその勢いだけでいけるとは言えない。 制球も打撃も守備も、もっと上手くなりたい。 勝ちたい。 強く力を込めた親指の下で、グローブと布が鈍い音を立てた。 「咲ー! グローブの手入れ終わったラピ?」 木陰から飛び出して来たフラッピが、軽く咲の膝の上に乗っかった。 「もうちょっと。 なんかここの隙間に小石が詰まって上手く取れないんだよね。」 咲はそう言いながら、ウェブの端を指し示す。 昨日は前日の雨でグラウンドが少しぬかるんでいたせいで、汚れも一際だった。 「早くチョッピに会いに行きたいラピ!」 フラッピがしっぽを左右に振りながら、目を輝かせた。 でも咲は、グローブに挟まった小石を爪で引っ掻いて、話半分だ。 「はいはい、わかったわかった。 でもお昼ご飯の後で、舞がいいよ、って言ったらね。 お休みなんだから、みんなでどっか出かけるかも知れないし。」 フラッピは不満げに頬を膨らませた。 だが、咲の言うことももっともで、観念したように膝の上に座り込む。 咲は拗ねたようにお尻を向けて座るフラッピを見下ろした。 猫よりもふわふらの短い毛が、日溜まりの中で少し膨らんでいる。 綿毛みたいにやわらかく日光を吸い込んだ背中を、咲は指先で軽く触れた。 「ラピ。」 フラッピが小さく呟いて、しっぽでぺちんと咲の手に応える。 咲は緩やかに唇を解くと、フラッピの頭を撫でた。 日光をいっぱい浴びて暖かくて、見た目よりもふわふわしてやわらかくて、 咲はフラッピをぎゅっと抱きしめた。 頭の上に顎を載せて、呆れ混じりに少し小さな声で。 「終わったらすぐ舞の家に電話してみるから、拗ねないの。」 鼻先を、さわやかな花の匂いが掠めた。 フラッピはやっぱり、花の匂いがするんだ、そんなことを今更思って、咲は目を閉じる。 昼の日差しにオレンジ色に染まった視界、背中に感じる日溜まりの暖かさに身を委ねて。 「私も、ちょっと舞に会いたくなって来ちゃったし、ね。」 窮屈そうにしていたフラッピが、うれしそうに笑った。