ずっと、耳の奥に響く音がある。 遠く、何処からか判らない海の彼方から響いてくる低い音。 洞穴を吹き抜ける風の音よりも深く、波戸で砕ける波の音より重く、 夜の海を渡ってくる音。 遠くで波がうねる音が、遥か距離を渡っていくつも重なって轟かせる音だと、 プリキュアが言っていた。 海鳴りと名の付く、海の息づく音だと。 薫の瞳は、水平線の彼方を射る。 真っ黒の夜空と、何も無い海が溶け合う程の遠く。 月が空に浮かんでいた。 欠けの無い丸い月が、夜に淡い光の輪を広げる。 夜空に散る無数の星々と共に、風に流れていく黒い影のような雲を照らしながら。 耳に風が囁いていく。 背中から吹き抜けて、月の輝く水面に向かって駆ける。 すいへいせんの先まで伸ばす、白い月明かりの道の方へ。 水面に揺れる、微かに光を放つ一筋の道。 「薫。」 映り込んだのは一片の声と、一人の姿。 空に浮かび、光の道を背にこちらを見上げる満が立っていた。 赤い髪がぼうっ、と月映えしている。 仄青く、眼差しには海と月光がたゆたう。 「なに、満。」 唇の先で、薫は音を紡ぐ。 海鳴りと混ざる微かな声。 「別に。」 満は褪めた口振りで呟くと、薫の視線の先を追った。 水平線へと振り返る刹那、服が風に翻る。 月の道へと向かう満の後ろ姿が、淡い光に縁取られる。 満が月に向かって、光の道を歩いていくように見えた。 滄溟の月