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 蝉の暑苦しい鳴き声も、日が傾いてくると少し遠く涼しげに聞こえる。近くの木で鳴い
ているアブラゼミの声も、遠くの方からこだましてくるミンミンゼミの声も、霞んで来た
空の色が変えてくれる。
「だーるーまーさーんーがーこーろーんーだー、ラピ!」
 フラッピがパッと後ろを振り返ると、チョッピとムープとフープがぴたっと動きを止め
た。チョッピはもう一歩前に出ようとしていたところで、不安定な姿勢で立ち止まってい
る。風が吹けばぐらつきそうで、耳の先が不安げに微かに揺れている。一番近い所にいる
ムープは空中で器用に静止していて、やや後ろにいるフープはヒメジョオンの花を掴んで
いた。薄紫の花もじっと、フラッピの眼差しに耐えている。
 フラッピは誰も動かないことを見て取ると、また背中を向けた。
「だーるーまーさーんがー」
 みんなが遊んでいる様子を、咲は大空の木の根っこに座って眺めていた。隣では舞が、
そんなみんなの様子を絵に描いている。舞の横顔は真剣で、でもほのかに微笑んでいるよ
うに見える。スケッチブックの上を滑る手も軽く滑らかで、楽しそうなフラッピ達の表情
が鮮やかなトネリコの森の様子と一緒に描き出されていく。
 どんな舞の表情もいいな、って思うけれど、絵を描いている時の舞の表情が咲は好きだ
った。真っ直ぐで、楽しそうで、目はいつもきらきらしてて。そんなことを言うと、舞は
恥ずかしがるだろうから、まだ言ったことはないけれど。それにこういう顔をしている時
の舞は、軽く話しかけただけでは気付かない。だから、その面差しにさざ波を立てないよ
うに、咲は時折、顔を見上げるだけ。夢中になってる時の舞がいいんだろうなあ、なんて
自分で自分を分析しながら、大空の木に身を預ける。
 いつから生えているのかわからない程、昔からある大きな木。太い枝は堂々と伸びてい
て、ちょっとやそっとの風には揺らぎそうも無い。ただ、青々と茂る緑の葉っぱは、ささ
やかな風にも声を上げて、春雨のような柔らかい音を降らせる。目にちらちらと映り込む
木漏れ日が眩しい。
 空はもうすぐ、夕暮れ。東の方の空は少し青く染まり出して、西の方、海の方で太陽が
淡い金色の光を丸い空に放っている。雲はオレンジに縁取られて、輝いているみたいだっ
た。響いてくる鳥の声も、なんだか少し遠い。
「そろそろ、帰らなくちゃね。」
 舞の声がして、咲は舞を振り仰いだ。スケッチブックを畳んだ舞が、咲を見つめていた。
肩にかかる黒い髪が背中を流れる。さらさらでいいな、と思う長い髪。
「そうだね、そろそろ帰らなくっちゃ。」
 フラッピ達のだるまさんが転んだは、いつの間にかフープがおにになっていた。咲は少
し身を起こすと、4人に言う。
「そろそろ帰るから、これで最後ねー!」
 4人は揃って、「わかったラピ!」「わかったチョピ!」「ムプー!」「ププー!」と
声を上げると、いっそう楽しそうにだるまさんがころんだを再開した。
「みんな楽しそうね。」
 舞が咲にそう笑いかける。咲は舞の隣に座り直すと、軽く肩を寄せて頷いた。
「ね!
 私も、舞と一緒で楽しいよ。」
 に、っと歯を見せると、「咲ったら。」と舞が口元を緩めた。
 そのとき、ぽつ、と頭上の葉っぱに何かが落ちる音がした。
「ん?」
と、咲と舞は二人揃って頭上を仰いだ。いつの間にか空はけぶるような黄色い雲に包まれ
ている。同じ音は、すぐに数を増して、頭上だけではなくて、周り中あちこちから降り注
ぎ始める。
 水が弾ける音だ、と理解した途端、バケツをひっくりかえしたような雨が降り始めた。
「夕立だ!」
 咲が上げた声すら飲み込みそうな勢いで、大粒の雨が降り注ぐ。雨粒は地面で跳ね回っ
て、景色が白く霞んだ。
「ムプー!」「ププー!」
 大きな雨に、ムープとフープがだるまさんがころんだを投げ出して、一目散に大空の木
の下へ飛んで来た。ほんのちょっとの間、雨の中に居ただけなのに二人ともびしょ濡れで
水がぽたぽた垂れている。
「うわ、ちょっと待って、タオル出してあげるから!」
 飛びついてきそうな勢いの二人を制して、咲が鞄を開ける。舞はハンカチをポケットか
ら取り出すと、二人をさっと拭いてあげた。けれど、すぐに絞れるようになる有様だった。
「すごい雨ラピー!」「チョピー!」
 雨が大好きなフラッピも、ここまでの夕立はごめんなのか、チョッピと一緒に大空の木
の下に駆け込んでくる。
「はいはい、拭いてあげるから。
 部活で使ったタオルだけど・・・。」
 咲はぼそっと付け足しつつ、フラッピとチョッピを頭からタオルに包んだ。ムープとフ
ープは舞に拭いてもらって、今は舞の腕に収まって雨を見つめている。
「いきなり降り出してびっくりしたムプ。」
 ムープがまだ驚いたままの声で、妙に渋い声を出した。舞はそうね、と頷くと、葉っぱ
の先を溢れて行く雨の放つ、白い光を見つめる。
「夕立って言ってね、夕方になるととつぜん、すっごい雨が降り出すの。
 夏になると多いのよ。」
「夕立ププー!」
 いくら大空の木でも、これほどの雨は全て受けきれないのか、時折、大きい水の雫が顔
や肩に落ちてくる。フラッピとチョッピを膝にのせて、咲は舞の隣に腰を下ろした。
「さっきまで暑かったけど、こう水が降ってくるとちょっと冷たいね。
 舞、大丈夫?」
 咲が窺うと、舞は頷いた。
「うん、大丈夫。
 かえって丁度いいくらいかな。」
 まるで全部流してしまいそうなくらいに強い雨が、上にも、もっと周りにも、見える限
りにも、見えない背中の後ろのずっと先の方まで降っている。葉っぱの隙間から見える空
は、少し灰色かかっては居るけれど黄色で、夕焼けを透かしてるみたいなのに、こんなに
雨が降るのは少し不思議だな、と咲は思う。
「大空の木の下で雨宿りなんて、ちょっとわくわくするね。」
 舞が大空の木を見上げていた。頭上を覆う太い枝と、茂る葉っぱの影が、咲と舞、フラ
ッピ、チョッピ、ムープ、フープ、みんなを包んで、まるでドームみたいだ。
「そうだね、なんかこう、大空の木に守ってもらってるみたいで、少し楽しいかも。」
 咲は舞と顔を見合わせて、小さく微笑み合った。
 フラッピとチョッピが雨を見つめていて、ムープとフープはもう遊びたそうに手をぱた
ぱたさせている。雨粒の跳ねる音が、次第に軽くなり始める。大空の木の枝の向こうで、
静かに雲が晴れて来ていた。