みから始まる。 「だーれだ?」 雨が空から落ちてくる。 ぽつぽつ、ぱらぱら、と。 屋根を伝った雨水がまばらなカーテンを引く。 真っ白で透明なカーテン。 木の葉の上や、屋根を叩く雨水の音。 それらが一瞬で、真っ黒になった。瞼を覆う、温かい手の平。 「み・・・、み――――。」 と言い掛けて舞は口を噤んだ。背後にぴたっと張り付いた悪戯っ子がとても楽しそうにしている。 舞は少し考えて、違う名前を口にする。 「みのりちゃん?」 後ろの子が言う。 「違うわよ。」 笑みを含んだ声。今、どんな表情をしているか、見なくても判る。 「えっと、それじゅあ・・・宮迫くん?」 み繋がり。 「どうしてよ。」 不満そうな声に変わると同時に、背中が圧迫される。のしかかり攻撃だ。 「今から10秒以内に正解を言わないと―――――。」 言いながら、どんどん力をかけてきて、舞の体を前屈姿勢に押しつぶしていく。 「え、ええっと・・・。」 「10、9、8」 「三上さん!」 「7!・・・っていうか、誰よそれ。」 「美術部の新入生なの。 とっても優し―――。」 「6!」 「あ、ひどい・・・。え、えっと、」「5!」「それじゃあ・・・。」 ぐぐ、っと舞の体がもう一段階前のめりになる。 頑張って対抗してみるが、こうまで体重を思い切り掛けられると、 「重い・・・。」 「4。じゃあ早く当てることね。」 あと、みから始まる人は・・・・、と舞は考える。考えるうちに進むカウント。 「3、2ー!」 「え、えっと・・・・」 掛かっている体重も限界。耳元でする声も大きい。 「いーち!」 舞は咄嗟に、脳裏に浮かんだ、懐かしい人の名を叫んだ。 「ミズ・シタターレ!」 「ぜろー!」 その声と共に、舞の身体はぺしゃっと潰れた。上には声の主が布団か何かのように乗っかっている。 「もー! 満さん重ーい!」 首に腕を回して、しがみついてくる満に、舞はとうとう悲鳴を上げた。久方ぶりの光に目を瞬きな がら、満を振り仰ぐ。 「判ってたのにずーっととぼけてる舞が悪いのよ。」 何とか起き上がってきた舞の頭の上に顎を乗っけて、満がツンと言い放つ。さっきのずっしりとし た重さは、大変だったけれど。 こんな重さを感じるのはうれしい。 舞は、ふふ、と笑みを漏らした。 「なーに、舞。 にやけちゃって。」 尋ねられて、舞は一層微笑んだ。 「ううん、何でもないの。」 舞のその澄ました様子が気に入らないのかなんなのか、満はぽつっと一言漏らす。意地悪で。 「いやらしい。」 舞の動きが、一瞬止まる。 「い・・・いやらしくひゃんひゃ――――!」 その間に、両頬をつねって、言語統制。ううー、と舞が恨めしげな声を上げた。 むにむにとあらぬ方向にひっぱってみたりして、舞の顔が変わるのを満は上から覗き込む。 「舞のほっぺたって、見かけよりも柔らかいのね。 咲とどっちがやわらかいか、今度比べてみなきゃ。」 「うー・・・。」 舞の目尻にうっすら涙が浮かんできたのを見て、満は指をぱっと放した。そして、何事も無かった かのように立ち上がると、ぐっと背筋を伸ばして、軒先から空を仰いだ。木の葉から大粒の水滴が ぽつ、ぽつと何度も落ちる。 満につままれていた頬はそこはかとなく赤い。舞はでこぼこを平らに直すみたいに、手でさする。 「満さんのいじわる。」 呟くと、満がきょとんとした表情で、舞を見る。すると、ちら、と伺うように視線を上げた舞と目 が合って、満は、 「そうかしら?」 といたずらっ子の笑みを浮かべた。 ------- うっかり書いちゃったよ第二弾。 大好きな板に貼ろうと思ったけどやめた、お蔵入りともいう。 07'09.16