曖昧な線引きの中で、でも、確かに、その部分だけははっきりとしていた。

その感情につける名前も知らず。
ただ青く美しかった。
海も、あの空も。

あれは始まりの日。
そしてきっと、もう全てが終わっていたのだと、
今にしてみれば思う。

最初から終わりに向けて歩いていた。
あの頃漠然と描いていた終わりすら、今はもう無い。

ただあの頃は、幸福だったのだ、とだけは判る。








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				終わりの日







『ロングアーチ、市民の非難状況を。』
 スピーカからフェイトの声が、管制室に響く。右上端にある小さなモニタにフェイト
の姿が映っている。はやては中央のメインモニタに広げられた被害中心地の模様から、
そちらへと視線を移す。
 はやての隣にすわるリィンフォースUがフェイトの質問に答えた。
「9割方完了ってところですよー。
 あとは、みなさんは敵機動兵器の破壊に専念してくださいです。」
 それを聞くと、フェイトは小さく頷いて、飛行高度を上げた。機動力の高いフェイト
は、すぐに青空に溶け込んでしまう。入道雲が立ち上る空は、市街に垂れ込める炎も煙
も届かない澄んだ世界。いくら手を伸ばしても届かない世界。
 真昼の空を切り裂いて、金色の刃が地表付近を動き回る無数の機動兵器に降り注ぐ。
 画面が閃光に覆われる。
「ライトニング01、7機撃墜!
 スターズ01も5機撃墜です。
 残り30機をきりました。」
 オペレータが状況を報告してくる。はやては右上の小さい画面から視線を引き剥がし、
現状を確認した。
 状況は悪くない。むしろ、急ごしらえの緊急対策班が処理している事件としては、良
いと言って差し支えないだろう。応援部隊が届くのはあと40分ほど掛かるとのことだ
ったが、このままいけば敵機殲滅はその前に終えられる。
 だが被害は深刻といえた。白昼の市街。賑やかな往来を、突如として空を真っ黒に染
めるほどの機動兵器が現れたのは、もう2時間も前になる。一瞬で街は灰になり、壊滅
したといって差し支えない。ミッドチルダからも本局からも少し離れた別次元の世界。
 被害報告と救援要請が出された時点で確認された機動兵器は100を数え、高い火力
と機動力を持つその兵器を止めるだけの武装局員を直ちに集めることは難しかった。そ
のうえ、高ランク魔導師は軒並み遠征と言える遠い世界での任務に就いており、事件発
生から30分経過したころ、ようやく緊急対策班が召集された。
 出動はその15分後。現場到着は更にその10分後。事件発生から、実に一時間近く
たってからのことだった。
 機動六課であれば、30分で確実に現場に到着していたであろう。緊急対策を主眼に
置いた部隊であり、このような早急な対処を迫られる事態に素早く動くことの出来る体
勢を作ることの先駆けであった。
 JS事件を収めるという成果は得たものの、はやての目指していたものはまるで実現
されてはいなかった。
 浮き彫りになりかけた感傷を制して、作戦指揮官八神はやては新たな指示を下す。
「ロングアーチ00から各員へ。
 現在までに非難が終了したA、B、D、F地区の火災沈静を今から行います。
 スターズ分隊が火災沈静、
 ライトニング分隊はそのまま機動兵器の破壊に努めてください。
 02、04が氷結魔法を行使する間、残りのスターズ隊員は機動兵器を牽制。
 火災沈静後、再度、要救助者の有無を確認してから、他地区へ移ってください。」
 はやてが一斉通信で指示を送ると、各員から了解との応答が返ってくる。映像が切り
替わり、スターズ分隊5名がA地区へ向かう様子が表示されると、画面の中央に、大き
く白いバリアジャケットが翻った。長い栗色の髪が流れる。
『スターズ01からロングアーチへ。
 スターズ、A地区に到着。
 今から作戦を開始します。』
 スターズ01、戦技教導官高町なのは。なのはは部下がA地区上空に行ったのを見て、
いまだ頭上を飛び回る機動兵器に向き直る。スターズ03、05も各々別の空に飛ぶ。
 はやてはにっ、と信頼と愛敬を載せていつものように笑う。
「了解。
 頼んだで、なのはちゃん。」
 桜色の魔方陣が、研ぎ澄まされた音を立てて展開された。
 緊急対策班は本局で管制を行うロングアーチ、現場で機動兵器の撃墜を主に行うスタ
ーズとライトニング分隊、それと市民の避難並びに救助を行う2班から成り立っている。
ロングアーチは指揮官に八神はやて、その補佐にリィンフォースUほか、シャリオら数
名で構成されている。
 スターズは高町なのは教導官を隊長にし、本局空戦部隊から出動してきた6名。ライ
トニングはフェイト・T・ハラオウン執務官を隊長に据え、副官としてティアナ・ラン
スター執務官補佐、隊員には同じく本局空戦部隊から5名がついている。ティアナは一
ヶ月ほど前に、飛行魔法の習得をし、空戦部隊員と肩を並べて宙を舞っていた。
 人数としては決して多くない構成ではあるが、高ランク魔導師が揃っている。はやて
は事件の終息は時間の問題であろうと考えていた。
 むしろ、気がかりは別にある。はやてはなのはに向けていた笑顔を消すと、モニタを
見つめたまま、隣のリィンに仰ぐ。
「リィン、敵さんが誰かはまだわからへんの?」
 返事は少し、遅れて来た。歯切れの悪い口調で、リィンは言う。
「有力な情報は、まだないです。
 今までに、あの機動兵器と類似性のあるものも、見つかってません。」
 大画面から溢れた桜色の光が、はやての頬を一瞬照らす。なるべく、明るく聞えるよ
う声を返す。
「了解や。」
 しかし、声とは裏腹に、はやてはひたすらに思索に入っていた。この大事件の犯人の
目星もつかなければ、目的すら判らない。次の行動など、読めるはずも無い。そのため、
はやては控えている守護騎士を出すに出せないで居た。
 被害地域は本局からでは、中継ポートを使用せねばたどり着けぬ場所にある。もし、
不用意に一度出してしまえば呼び戻すには時間が掛かる。別の場所で第二の被害が起き
た場合も同様だ。現在、本局内に早急に動けるのははやて達しか居ない。万一の事態に、
何も打つ手を持たなくなるのは避けたかった。
 幸い、機動兵器の破壊と市民の非難はそう時を待たずして終わる。犯人のことなど、
その後で考えれば良い。そう思い、はやてが頭を振って視線を逸らしたときだった。
 管制室を轟音が貫いた。
「なのは!?」
 ヴィータがはやての隣に走り出て、画面を食い入るよう見つめた。はやてが振り仰ぐ
と、そこには機動兵器の一撃を受けて落ちるなのはの姿があった。意識は失っていない
ようであるし、目に見えて酷い怪我を負っているわけではない。しかし、飛行魔法が上
手く発動せず、落下を止めることが出来ないまま、地面へと吸い込まれていく。
「なのはちゃん!!」
 なのはの周りで、桜の花弁が魔方陣を形成できずに舞い散る。傍に、なのはを助ける
だけの余裕がある人間が居ない。なのはを撃った機動兵器が、第二撃の照準を落ちるな
のはにあわせる。
『――――っ。』
 放たれる砲撃。なのはは手を翳し、シールドを展開する。だが、そのシールドは、展
開と同時に自壊をした。どろの塊のように、形を失い崩れ去る。
 なのはの顔が、絶望と驚愕に歪んだ。

「なのはちゃん!」

 なのはの姿が、爆光に飲まれた。