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気付いたのがいつだったかは記憶に無い。
ただ、気付けば胸は常に苦しくなった。

気付かなければよかったと、酷く後悔したこともあるけど。
気付かなければこうやって、煌くこともなかったのだと思うと、少し悩む。

痛みも、鼓動も綯い交ぜにして、
私はただ、見つめていた。

触れることはなかった








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				零れ落ちる一片







 なのはが目を開くと、倒壊しかかったビルと煙の垂れ込めた空気の向こうに、抜ける
ような青空が見えた。そのまま、数度深く息をする。自分の胸が上下に揺れていて、硬
い所に寝ているとだけ判った。ただ、それ以外よく判らないほどに、全身の感覚が鈍っ
ていた。
 生きている、と心中で呟いた。一瞬死すら覚悟したというのに、意識まである自分に
軽い拍手すら送ってやりたくなった。
 機動兵器を迎撃しようと、アクセルシュータを発動したときだった。掌から、魔法が
零れていく感覚が襲った。いつもは自分の意のままに組み立てることの出来る術式が、
魔力の構成がまるで出来ず、精製したアクセルシュータすら形を失っていった瞬間。
 愕然としたところに、砲撃を受け飛行魔法が破壊された。破壊された飛行魔法の再構
築も出来ず、平素ならば自動展開されるレイジングハートの自動飛行機能も働かなかっ
た。2撃目はなおさら避けられるはずも無く、ラウンドシールドすら次の瞬間には壊れ
て。
 どうして、こんなことが起きたんだろう。どうして。
 疑問は晴れないが、いつまでも寝転がっているわけにはいかない。なのはは身体を起
こそうとして、自分の上に何かが覆いかぶさっていることに気付いた。
「あ・・・。」
 黒いジャケット、白いマント。肩に触れる腕には無骨な篭手。視界の隅を、流れる金
髪が掠める。
「フェイトちゃん。
 ありがとう。」
 なのはは彼女の服の裾を握り締め、そっと囁いた。
 返事は無かった。
「フェイトちゃん?」
 再度、今度ははっきりと呼びかける。彼女はまったく反応をしなかった。肩に触れる
指先すら動かない。突如として、背筋から怖気が這い上がる。恐怖が視界を狭める。な
のはは勢い良く起き上がり、フェイトの顔を見た。
「フェイトちゃん!」
 フェイトは目を瞑っていた。その横顔は穏やか、というにはあまりに静か過ぎた。目
立った外傷は見受けられない。でも返事をしない。気付けば、なのははフェイトの身体
を強く揺さぶっていた。
「フェイトちゃん! フェイトちゃん!!」
 怖い想像が脳裏を射抜き、なのはは手の震えを止められなかった。
 この青空の下から、フェイトが。
 そんなのだけは、絶対に嫌だった。涙がぼろぼろと溢れてきて、フェイトの頬に降り
かかる。嗚咽交じりの絶叫を上げ続ける。
「フェイトちゃん!
 目を開けて!」
 なのはの声が大気を震わせた。
 それに応じるように、フェイトがは、と大きく一度息を吐き出した。目蓋が薄っすら
と開き、日に淡く透ける金色の睫の間から、赤い瞳が覗く。左目が眼窩を滑り、なのは
を映した。
「なのは、大丈夫?」
 掠れた声が唇から零れた。
「うん、フェイトちゃんが助けてくれたから、大丈夫だよ。」
 なのはが頷くと、フェイトは頬を緩めた。腕に力を入れ、上半身を起こし、なのはに
向き直る。
 その表情が一瞬、凍りついた。
「フェイトちゃん?」
 なのはが顔を覗きこむと、フェイトはぱっと笑顔に表情を摩り替える。フェイトの右
側頭部から、一筋血が流れていた。右目の脇に、酷い痣が出来ていて、目蓋の縁に血が
溜まっていた。

 なのはの手が、そっとフェイトの左目を覆った。

「フェイトちゃん。」
 血塗れの右目が、眼窩の中で微かに震える。
「なのは。」
 囁きがなのはの耳に届き、彼女の手がなのはの頬へ伸ばされ、
 掠めた。
 指先が宙をさ迷い、なのはには触れられない。

「フェイトちゃん。」

 呼びかけに、フェイトの右目が動く。その目はなのはの方を向いてはいたが、なのは
を見てはいなかった。伸ばされたフェイトの右手が落ちる。微笑んだまま、フェイトは
自分の左目を覆い隠すなのはの手に、自分の手を重ねた。
「大丈夫だよ、なのは。」
 力を少し込められるだけで、なのはの手が離れる。フェイトはなのはの膝の上に彼女
の手を戻し、マントを翻し立ち上がった。
「ライトニング01から、ロングアーチへ。
 スターズ01に異常発生。
 魔法の構築が出来なくなっているようです。
 レイジングハートは待機状態に戻っています。」
 フェイトが通信回線を開き、遠くのはやて達に現状を報告する。その内容に、なのは
が驚愕する。レイジングハートがいつの間にか赤い宝石に戻り、首に下がっている。地
面に伸びる自分の影に、違和感を覚えて見やる。
 サイドテールに戻っていた。身を包むのはバリアジャケットではなく、航空隊の制服
だ。解除したつもりなどなかった。もう一度、バリアジャケットに戻ろうと、意識を集
中させる。しかし、レイジングハートからの応答はなく、魔力を行使できた感もまるで
無かった。
「レイジングハート、どうしたの?」
 言いながら、どうかしたのは自分の方だ、と頭の中に残された冷静な部分が言う。ま
さか、こんな瞬間が訪れるなんて、思っても見なかった。こんな、突然。
 空が飛べなくなるなんて。
 フェイトがなのはを見つめていた。
「なのは。
 多分、疲れが出ちゃったんだよ。
 JS事件で無理したのに、纏まったお休み取れてなかったし。
 きっと、ちょっとお休みすれば、また元気に空を飛べるようになるよ。」
 座ったまま見上げると、フェイトは空を背負っているように見えた。交信中に血は拭
ったらしく、笑顔はいつもと変わらず。フェイトがその空ごと、なのはを包んでくれて
いるような気がした。
「ここはもう、鎮火も完了したから、大丈夫だよ。
 私は残りの機動兵器を倒したら、すぐに戻ってくるから。
 だから、それまでに、
 今度のお休み、何処に行きたいか考えておいてね、なのは。」
 フェイトはなのはの頭を、よしよしと子供をあやすように撫でると、空に浮き上がっ
た。なのはは精一杯、どうにか強がって、笑った。フェイトと同じように、自分もいつ
もみたいな笑顔を浮かべたかった。
「なのは、そんなに子供じゃないよ。」
 フェイトがごめんごめん、と首を傾げた。
「すぐに、戻ってくるからね。」
 そうやって、またなのはの頭を撫でると、フェイトは一条の矢となって、飛び去って
しまった。一人残されたなのはは、もう笑顔を作っていることは出来なかった。体の中
から、何もかもが出てしまったような喪失感がある。
 空虚を抱えたまま、項垂れると、フェイトが倒れていた場所に、少しの血痕があった。
 体調管理はしっかりしていたつもりだった。でも、無理をしなかったかと言われれば、
自信はなく。自分が空を飛びたい一心で。
「ごめんね、フェイトちゃん。」
 なのはは手で顔を覆った。