きっと、そういうところに惹かれたんだと思う。

人に簡単に優しく出来てしまうところとか、
みんなを大切にしているところとか、

一途で真摯なところとか。

私はみんなの一人で、でもそれでよかった。
みんなを大好きな彼女がよかったから。

私は、私を見ない彼女が好きだった。

彼女の視界の中心に居るのは、いつだって私以外の人だったから。
その人を、いつまでも大事にしていってくれればいいと、思ってた。








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				刹那に砕ける







 フェイトの息は軽く上がっていた。
 片目が見えないというのが、これだけの負担になるとは思っても見なかった。探索魔
法の要領で、周囲にソナーのように微弱な魔力波を放ち、視覚の補助にしていたが、神
経が擦り切れるようだった。いくらバルディッシュに補佐をしてもらっていても、あれ
だけ大量の魔力が飛び交う中ではノイズの多さは尋常ではない。いくら警戒していても、
死角から攻撃が放たれると察知は容易でなく、突然自分の目の前に砲撃が現れたように
感じられ、その度に生きた心地がしなかった。
 フェイトは呼吸を整えながら、A地区に降り立つ。
 先ほど、なのはと別れた辺りだ。歩き回って左右を見渡し、ようやく物陰になのはの
姿を認める。なのはは、フェイトと共に落ちたところに、座り込んでいた。
 なのはは泣いていた。声を上げるでもなく、しゃくりをあげるでもなく、一掬の涙を
零していた。
「なのは。」
 フェイトがなのはの前に立つ。なのはは身体を強張らせて、顔を俯かせた。それ以上
言葉は続かなかった。焼け焦げた匂いが、風に流されてくる。灰が足元を転がり去る。
なのはのサイドテールが靡き、フェイトの外套が揺れた。
「なのは、行こう。
 はやてが戻って来いって。」
 フェイトはなのはに手を差し出す。その掌を、乾いた風が撫でる。
「なのは。」
 返事も何も無かった。フェイトは屈みこみ、なのはと目線を合わせる。しかし、なの
はは目を合わせたくないというように、顔を逸らす。フェイトは少し唇を噛んだ。そし
て、膝の上で拳を握っているなのはの手に、そっと触れた。
 乾いた音が、フェイトの手を払った。
「なのは。」
 フェイトの手が赤く腫れる。なのはがはっと凍りつく。
「ごめん、なさい。」
 フェイトは引き戻した手を軽く握った。小さく頭を振り、なのはに微笑む。
「ううん、いいんだよ。
 私こそごめんねなのは。」
 なのはは居た堪れなくなって、顔を伏せた。沈黙が耳を劈く。そこに管制室からの通
信が割って入った。シャリオの声。
『それじゃあ、転送をしますね。』
 うん、お願い、とフェイトが答えようとした時だ。
 不意に、子供の泣き声が聞えた気がした。
 ここはスターズ分隊が最初に消火と非難終了の確認を行った場所だ。子供がこんなと
ころにいるわけがない。声も、一瞬聞えただけで、もう途切れてしまっている。その上、
なのはが気付いた様子も無い。
 気のせい、だろう。だが、もし本当に居たら。フェイトは声が聞えた方、奥にある倒
壊しかかったビルを睥睨する。その内部は、見通すには暗すぎる。
「ロングアーチ、子供の声が聞えたようなので、少し見てきます。
 転送はその後に。」
 フェイトは一方的に通信を入れると、立ち上がった。そして、已然目を伏せているな
のはを振り返り、言う。
「なのは、ちょっと待っててね。」
 なのはから、返事は無かった。
 ビルの方へ、フェイトは足を進めた。ほぼ全焼しているそのビルは衝撃を与えれば、
崩れてしまうだろう。ガラスは全て砕け散り、一階はドアも吹き飛ばされている。フェ
イトは段差を跨いで中に踏み入った。
 人影は見当たらない。
「管理局です。
 誰かいたら返事をしてください。」
 呼びかけが、ビルの中に吸い込まれていく。
 今度は確かに、子供の泣き声が聞えた。年端もいかない、女の子の泣き声。フェイト
は声の聞えた方へ駆け出した。外に垂れ込める灰混じりの纏わり付くような空気とは逆
に、氷結魔法に支配されたことを伺わせる、湿った冷たい気配に満たされている焼け跡
を、壊れた壁や天井から差し込む光を頼りにして、フェイトはひた走った。
 熱に身悶えした内装は、どれ一つとして元の色が何であったか判明しない、黒に覆わ
れた中に、一点の眩さを見つけるのに、そう時間は要さなかった。5、6歳くらいの女
の子がしゃくりを上げながら、壁に張り付くように蹲っている。茶色掛かった黒髪の女
の子。
 フェイトが目の前にしゃがみこむと、女の子は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を
上げた。
「もう大丈夫だよ。
 私と一緒に行こうね。」
 微笑んで、涙を拭いてあげると、女の子はじっとフェイトを見つめた。
「怖かったのに、良く頑張ったね。」
 フェイトが頭を撫でると、その子の目の縁に、新たに涙が染み出して。フェイトの首
にしがみついて、大声を上げて泣き出した。フェイトはその背を撫でさすりながら、女
の子を抱き上げた。
 ほかに取り残された人の居る気配はない。フェイトは出口へと踵を返す。
 肩を濡らす涙も、腕の中にある重みも、温かさも、全てがこの子が生きていることの
証明だ。そして、この子へ注がれてきた愛そのものだ。被害報告の程は聞いていないが、
恐らく死傷者は多いだろう。その中で、たった一人ではあるが、こうして助けることが
出来た。
 フェイトは抱きしめる腕に力を込める。
 燃え尽きた残骸を踏み越え、その先にビルの出口を見出した。外には、夏の日差しが
溢れている。フェイトは光の中へ飛び出した。

「フェイトちゃん!!」

 切り裂くようななのはの叫びがフェイトを襲った。
 瞬間。
 フェイトは少女もろとも、砲撃により吹き飛ばされていた。見えない右側からの、横
殴りの一撃。青白い閃光に飲み込まれ、少女の悲鳴が掻き消える。
 少女の体が崩れ落ちる。手の中で、ばらばらと掴む破片も無く。

 涙も、重みも、温かさも、全てが。

 フェイトの腕の中で砕け。
 ビルが崩壊する。