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やっぱり思うのは、
あなたが幸せであればいいって、そればかりなんだ。

あなたの幸せを守れたら、それでいいって、願っているんだ。

今でも。








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				珀のように凝る







 これが、肋骨が折れたって感じなのかな、とフェイトはぼやける頭でそんなことを思
った。呼吸をするだけで鈍い痛みが身体を軋ませる。腕や足はちゃんとついているが、
感覚がほとんどなかった。
 急激な魔力の消耗と大規模魔法の使用は、傷口を広げるのに充分だった。意識がだん
だん塗りつぶされていく。遠くで、なのはが自分を見つめていた。こっちを向いている
だけかも知れない。
 フェイトはそれに気付くと、バルディッシュを支えにして立ち上がった。足が震える。
なのははきっと、いろんなことがありすぎて、辛くて動けないだろうから、隣に行って
あげたいと思った。例えなのはが自分を拒んだとして、戻ればなのはをみんなが支えて
くれる。
 みんなと一緒だったら、また空も飛べるよ。そう言ってあげたかった。
 だが、足を一歩踏み出したところで、フェイトの動きが止まる。首を巡らせると、な
のはとフェイトを囲むように、巨大な三角形を作る配置で、三人の魔導師が現れていた。
「民間の方ですか?
 ここは現在、危険指定区域です。
 ただちに避難してください。」
 決まり文句を口にしながら、フェイトは無理矢理身体に言うことを聞かせ、背筋を伸
ばした。バルディッシュを握り締める。こんなところに、こんなタイミングで現れる魔
導師が真っ当な人間のわけが無い。真っ当な人間が、変身魔法を使用して現れるわけが
無い。
 三人全員がまったく同じ顔をしている。違いは手にしたデバイスのみ。一人が杖、一
人が手甲、最後の一人のは小さいのか、フェイトからは見えなかった。
 魔力なんて、まるで残っていなかった。念話すら使いたくないと、真剣に思う。シリ
ンダーには1個だけ、カートリッジが残っている。
「ロングアーチ、今からスターズ01と合流し、
 A-012ポイントに離脱します。
 転送ポートの用意を。」
 フェイトは念話で管制室に通信する。カートリッジ一つ、満足に動かない体で出来る
ことはこれくらいしか思いつかなかった。そもそも、A-012ポイントだって、なのはの
ほんの数メートル奥だ。
 それすら、出来るかどうかに不安を抱く自分が情け無いけど。どうにか、今目の前で
まだ生きていてくれる人だけは、守りたかった。
 しかし、返答は絶望的なものだった。
『それは、出来ません。
 中継ポート近辺の空間が圧力を受けているようで、
 何処からの信号も受け付けないんです。
 今、八神特別捜査官達が向かいましたから、ですから・・・。』
 オペレータの言葉尻は、途切れて消えてしまった。予感しているのだ、この後、フェ
イト達がどうなるのか。カートリッジ一つを使い切ってしまったら、どうなるのか。フ
ェイトはふっと息を短く吐いた。
「あと、どれくらいで応援部隊が着くんだっけ?」
 フェイトは魔導師たちを睨みつけながら、オペレータに続けて問いかける。
『あと、14分です。』
 フェイトはそれを聞くと、まだついていると思えた。14分なら、なんとかなると、
根拠も無く思えた。何でかは判らない。
 でも、絶対に守りたかった。もう手の中で誰かを失いたくなかった。
 杖を持った魔導師が、カートリッジを排出した。フェイトは回避と威力を絞った威嚇
用の魔法を発射待機状態にした。14分間、牽制と回避でやり過ごしてみせる。
 杖の先から、青白い閃光が放たれる。

 なのはに向かって。

「なっ!」
 フェイトの口から思わず驚愕の声が零れる。
 大気を焼き千切りながら迫り来るエネルギーになのはは硬く目を瞑った。

 閉じた目蓋を透かして、光が目を焦がした。
 しかし、いつまで経っても、衝撃がなのはを襲うことはなかった。
「フェイトちゃん!」
 なのはが目を開くと、フェイトが砲撃を受け止めていた。
「――――っ。」
 砲撃により、展開した防壁が削り取られていく。金色の光が尾を引くように弾け続け
る。バルディッシュを握るフェイトの手が震えている。
「バルディッシュ!」
<< Load cartridge. >>
 圧搾音が響いて、バルディッシュが最後の薬莢を叩き込む。
「はああっ!」
 フェイトがバルディッシュを振りぬいて、砲撃を弾き飛ばした。それた砲撃は後方の
ビルに当たって消えた。反動でフェイトは数歩たたらを踏む。なのはが手を貸そうとし
たのを制して、フェイトは踏みとどまった。
 砲撃主を睨みつける。
「なのはを撃つなんて、どういうつもりだ。」
 いつもより一段低い声が響く。砂塵の向こうで、男は薄い笑いを浮かべていた。その
手はやはりなのはに向いている。仄青い魔力陣が描き出され、新たな砲撃がチャージさ
れる。
 この男は理解して撃っているのだ。
 フェイトがなのはを庇うということを承知して、なのはを撃っているのだ。フェイト
が隙を突いて反撃できるだけの力も残していないことも知って、一番確実な手段で潰そ
うとしている。
 いや、ただ弄ろうというだけなのかも知れない。3人がかりであれば、オーバーSラ
ンクといえどこんな瀕死の人間を倒すのは容易いだろう。
 そう気付いても、フェイトにはやはり、それ以外の選択肢はなかった。もう、魔力は
ほとんどない。たとえどんなシールドを張ったところで、一撃で砕けるだろう。だから。
<< Diffencer. >>
 なのはの視界が突然、金色に染まった。
「え?」
 驚いて見渡すと、自分の周りが半球状のものに包まれているのが判った。思わずフェ
イトに手を伸ばすと、その光に弾かれた。フェイトが好んで使う防御魔法。ただ、いつ
もよりずっと弱い。簡単に壊れてしまいそうな。
 薄い光の膜の外に、フェイトの背中がある。フェイトが肩越しに振り向いた。
「大丈夫だよ、なのは。
 なのはのことは、絶対、守るから。ね?」
 フェイトから微笑みが零れる。その顎を、頭部から流れる血が伝い落ちていた。
「フェイトちゃん、何、する気なの・・・?」
 なのはの声は掠れていた。
 指先の感覚が消える。
「ねえ、フェイトちゃん。
 答えてよ、お願い。」
 唇が震えるのを止められない。フェイトは1度目を細めると、なのはに背を向けた。
その向こうで、砲撃のチャージが完了するのが見えた。
「ねぇ、フェイトちゃん、嘘でしょ?」
 フェイトが何をするつもりなのか。なのはには判ってしまった。
 なのははフェイトの背に縋る。しかし、どんなに手を伸ばしても、ディフェンサーに
阻まれて、触れることができない。彼女を止めることが出来ない。
「フェイトちゃん!!」

 砲撃が放たれた。
 音が聞えなくなった。
 構えたバルディッシュが砲撃に触れた瞬間手から弾け飛ぶ。顔を両手で覆い、全身で
その一撃を受け止める。篭手が粉砕され、バリアジャケットが刻まれる。閉じた目蓋を
閃光が突き抜ける。衝撃に内臓が縮みあがり、傷口が開く。意識が遠くなる。それでも、
吹き飛ばされる訳にはいかない。
 長い一瞬が、終わる。
 太陽を直視した後のように、目が霞んだ。耳は少し、聞えにくくなった気がした。
「フェイトちゃん!」
 自分の荒い呼気に紛れて、後ろで叫ぶなのはの声が聞えた。泣いている。どうにか顔
を汚す血だけは拭おうと思って、腕を挙げると、その腕も血塗れだった。フェイトは諦
めて、前を見たまま笑いかける。第二撃のチャージが始まっていた。
「バリアジャケットだけだと、やっぱりちょっと、痛いね。」
 応援が到着するまで、あと14分。お店でみなと話しながらいれば、あっという間に
過ぎてしまうような短い時間だ。あとそれだけ、我慢すれば良い。魔法は非殺傷設定だ。
我慢できないことはない。
「フェイトちゃん!やめて!」
 なのはの絶叫が耳を劈く。なのはが泣いているのは、やはり見たくない。安心させた
かった。地面を捲り挙げながら、砲撃が迫る。
 せめて、悲鳴だけは上げないようにしようと、思った。


「ごほ、げほっ―――。」
 フェイトが背中を丸めて、咳き込んだ。ずるっと喉の奥を通って、生暖かい塊が口の
中にせりあがってくる。息苦しくて、ジャケットの襟を引き千切るように開けた。まと
もに息が出来ない。酸素を求めて喘ぐと、体が軋んだ。
 何発受けたか、フェイトは数えることすら放棄していた。どれだけ時間が経ったかも
判らない。
 膝を押さえていなければ、もう立っていられなかった。白い外套は随分前に何処かに
吹き飛ばされてしまって久しく、上着も原型はほとんど判らなかった。
「フェイトちゃん!
 もういい、もういいよ!!」
 叫び過ぎたせいか、なのはの声が枯れていた。嗚咽交じりの絶叫は、ひっくり返って
いてほとんど聞き取れない。
 大丈夫だよ、と言おうとしたが、喉に絡み付いた血液に邪魔されて音にならなかった。

 青い光が、またフェイトを打ち抜く。
 両腕をあげて顔面を庇おうとして、でも腕が動かなかった。堪えきれず、とうとうフ
ェイトの体が衝撃に吹き飛ばされ、ディフェンサーに叩きつけられた。バリアジャケッ
トが霧散し、執務官服に戻る。
「はっ、あ。」
 ディフェンサーにもたれかかったまま、フェイトは顎をあげた。タイが邪魔で、襟が
やはり苦しく、でも引き千切る力がなかった。観念して、タイを解き、シャツのボタン
を開ける。
 青空すらもう血に汚れて見えない。
「フェイトちゃん、お願い。
 もう、やめてよ。」
 震える涙声が、背中に寄り添うよう聞えた。フェイトはゆっくりと振り返る。金色の
障壁を通して見るなのはは、少し遠く感じられた。両手をついて、倒れないように身体
を支える。
「なのは、泣いてるの?」
 フェイトの言葉に、俯いていたなのはの顔が上げられる。濡れた睫が光を湛えて、淡
く瞬いていた。泣き腫らした頬は赤く、唇に少し歯型が見えた。
「私は大丈夫だよ。
 きっと、もうすぐ、はやてが来てくれるよ。
 応援部隊だってあとちょっとで、来るから、ね。」
 フェイトはそうやって、口角を上げて見せる。なのはの手が、フェイトに伸ばされて、
でも金色の壁に阻まれた。いくらなのはが寄り添っても、フェイトとの距離が埋まらな
い。
「フェイトちゃん、それで笑ってるつもりなの?」
 触れることが出来ない。
 なのはは、はっとして固まっているフェイトの手に、自分の手を重ねた。温もりなん
てしない。脆くも固い、なのはを包み込む光。
「お願い、もういいよ。
 私のことなんて守らなくて良い、まもらなくていいから。
 だから、」
 フェイトの背後で青白い光が膨れ上がる。迫る。膨大なエネルギーを持って。
「フェイトちゃん、もう、」
 逆光でフェイトの表情が隠れる。フェイトは光の壁に背中を預けたまま、そちらに向
き直った。
 フェイトの姿が光の奔流に飲み込まれる。
「やめてぇぇぇええええええええええ!!」
 破片に砕け散った金色が、なのはに降り注いだ。
 力の抜けたフェイトの体が宙に投げ出され、自分の絶叫が耳を塞ぐ。
 静寂に包まれる一瞬が、感覚の中だけで、無限に引き伸ばされる
 なのはがその背に伸ばした腕は、何にも触れることが出来ずに、ただ空を掻いた。
「フェイト・・・ちゃん。」
 光の槍がフェイトの四肢を貫いて、彼女を空に縫いとめていた。なのはの頬に、フェ
イトの血が飛び散る。
 もう叫びは、声にならなかった。