あの日、聞けなかった答えを。


消し去ろう。


永遠に。








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				崩落を迎える







 光が弾ける。
 意識が混沌から急速に浮上する。身体が次元の狭間を捩じ切って、世界に顕現する。
管制室の薄暗さに慣れた目が、夏の日差しに眩んだ。肌を焼く暑さ。雷撃に打ち抜かれ
た空は、雲が晴れ、宇宙すら想起させる濃い青をしていた。遠くの方から、破砕音が低
くこだましている。
 燃え落ちたビルの屋上に、彼女達は立ちはだかった。
 はやては静かになのは達を見下ろした。
 不屈のエースオブエースが、座り込んだまま、瞬きも無く、涙を溢れさせていた。そ
してその、見開かれた瞳が見つめる人。
 解けた長い髪が風に散った。空を仰いでいるように、顎は上を向いている。その光に
晒される喉元は、口から零れた血液がこびり付いていた。瞳は両目とも閉じられ、微か
に動くことも無い。
 弛緩した身体を光刃が中空に打ち付けている。
 吹き付ける、風の音ばかりが耳を覆う。
『フェイトさん、なのはさんを庇って、何発も砲撃を。
 ディフェンサーの出力が足りないからって、
 その前に立って、身体で受けて、それで。』
 シャリオからの通信だった。喉に涙が絡んだようなそんな話し方。それでも、震えを
押し殺しながら、シャリオは報告を続ける。
『他の隊員も、ほとんど撃墜されてしまっていて、
 残っているのは、ティアナだけです。』
 そうか、とはやては一言頷いた。眼下に確認できる魔導師の数は3。それぞれことな
った形状のデバイスを手にしている。杖を持った者と手甲を嵌めた者、残る一人のは何
かはやてからは見えなかった。
 手甲を嵌めた一人がフェイトに歩み寄ろうとしていた足を止める。
 彼らもまた、はやて達に気付いて、こちらを見上げていた。
 その視線をはやては跳ねつける。
「シグナム、アギト、ザフィーラはティアナのところへ。
 ティアナを助けたら出来るだけ敵を引き付けて、こっちに近づけんように。
 ヴィータ、シャマルは私の援護を。
 あの3人を倒し次第、掃討作戦に入る。」
 そして睥睨し、宣言する。地を這う響きを以って、彼らに聞えるように高らかに。
「敵魔導師を殲滅する。」
 白銀の輝きが足元から巻き上がり、はやてのバリアジャケットを棚引かせる。古代ベ
ルカの魔導騎士が力を解き放つ。その意志に呼応して、祝福の風が吹きつける。
『ユニゾン・イン』
 はやての体が輝きに飲み込まれた。その白光は次の瞬間、凍える音を撒き散らして内
側から砕け散り、中から現れたのは、髪と眼の色を変えたはやての姿。重ね合わさった
リィンフォースUの魔力が彼女の内部を染め上げていた。
「ベルカ騎士の意地、見せたろやないか!」
 咆哮に答えて、シグナム、アギト、ザフィーラが彼方、未だ爆発音を響かせ続ける空
へ駆け上る。
 ヴィータが屋上の縁を蹴って飛び出し、鉄球を放った。
「喰らえ!」
<< Schwalbefliegen >>
 グラーフアイゼンが吼えた。打ち抜かれた4発の鉄球が、非線形軌道で三人の魔導師
に迫る。彼らが地を蹴り飛行魔法を発動するのを見て、はやては魔法を遠隔発動させる。
「刃以て、血に染めよ。
 穿て、ブラッディダガー!」
 自動誘導の21本の短剣が、虚空に出現し、人間の認識限界を超えた弾速で魔導師を
打ち抜き爆発する。そこへ赤い光を纏う鉄球が間髪居れずに炸裂した。
「なのはちゃん、しっかりして。」
 攻撃の合間を縫って、なのはの元にたどり着いたシャマルが、彼女の肩を揺さぶる。
力なく座り込んだなのはの頬は濡れていた。だが、呆然とフェイトの背中を映す瞳から、
新たな涙はもう流れなかった。
 シャマルは歯噛みし、フェイトに向き直る。彼女を打ちとめるのは攻撃性のあるバイ
ンド魔法だったが、非殺傷設定だ。それによる怪我はない。ただ、ビルの下敷きになっ
た時の傷が全てぱっくり開いていて、深いものは肉が見えた。細い呼吸もやや不規則で
雑音が混じっている。早く手当てをしなければならない。シャマルはバインドを解除す
るため、その光の刃に触れた。

「シャーリー、リアルタイムで魔導師全員の座標をこっちに送り続けて。」
 手短に通信し、はやては大きく上空へ舞い上がる。シャリオは即座にデータの転送を
開始する。すでに2人落としたようだ。残り18人。ティアナとシグナム達は既に合流
していた。現在5人と交戦中だ。他はそれぞれの空域に散っていて、こちらに来るには
まだ掛かる。
「リィン、大きいの行くで。」
 シュベルトクロイツを高々と振りかぶり、はやては夜天の魔導書を手中に現出させた。
『了解です、マイスター。』
 脳裏にリィンフォースUの声が響いた。
 遥か下方ではヴィータが3人の魔導師を相手に大立ち回りを演じている。杖を持った
者が主に戦闘を行い、手甲がその補助だった。残りの一人は逃げ回るばかりで考えが読
めない。だが、何か魔法を展開させている気配もなかった。未知数だが、やられる前に
叩き潰せば良い。
 夜天の魔導書の頁が勝手に捲られていく。そこから溢れ出す魔力が、はやての中を駆
け巡る。リィンフォースUが照準と威力の管制を行い、はやてはその力の制御と発動だ
けに意識を集中させる。
『主はやて。ティアナの確保に成功しました。
 敵魔導師三基撃墜。
 今より、残りの引き付けを行います。』
 シグナムからの思念通話が頭の中を流れる。返事はしない。答えなくても伝わる。
 東の空に炎が上がった。シグナム達が10人近くと刃を交える。
 応援部隊の到着予定時刻まで後8分44秒。それまで耐え切れば勝ちだなどと、気の
弱いことは言わない。それまでに叩き潰す。絶対だ。私達にはそれが出来る。ベルカの
騎士に、打破できない戦況など存在しない。
 数人の魔導師が、シグナム達の手を掻い潜ってこちらに向かってくる。だが遅い。は
やてのチャージが完了する。はやては力ある言葉を解き放つ。
「響け終焉の笛、ラグナロク!」
 足元に環状魔方陣が開き、眼前には巨大な盾のように正三角形の魔方陣が形成される。
暴力のように魔力が吹き荒れ、空間を軋ませる。各頂点でチャージされた砲撃のうち、
一発を下方の魔導師三人へ、二発を飛来する残りの魔導師へ向けて放った。砲撃は着弾
と同時に威力拡散し、広域攻撃へと姿を変え、景色全てを白く塗り潰す。
 轟音が頬を叩いた。
『全弾命中。
 ヴィータちゃん達はちゃんと攻撃対象から外れてます。』
 リィンが告げる。吹き荒れる魔力の残滓に計器が乱れている為だろう、管制室からの
座標捕捉が一時途切れる。こちらに向かって来ていた数人の魔導師が落ちていくのが見
えた。三人の魔導師の姿は、煙に巻かれていて見えない。
 はやてはビル群を見下ろしながら、爆煙が晴れるのを待つ。
 足元の魔方陣を透かして、ビルの少し上辺りを飛ぶヴィータの姿が見えた。はやては
視線を更に下へと送る。シャマルがフェイトのバインドに解析と強制介入を掛けていた。
開始から2分経っている。シャマルがこうも手こずるとは随分硬いバインドなのだろう。
 そして、その隣で自失したまま座り込むなのは。
 フェイトが守りたかった人。
 フェイトの大切な人だ。
 はやてはシュベルトクロイツを強く握り締めた。
「フェイトちゃんの大切な人は、私が必ず守るからな。」
 呟きが、空高くを駆ける鋭い風に呑まれた。

 煙が徐々に吹き払われていた。杖を持った魔導師が倒れている。
 残り二人の姿が現れるのを待つはやてに向かって、一条の矢が煙を突き抜けて現れた。
その矢は、視認と同時に大気を切り裂いてはやてに肉薄する。
「Panzerschild!」
 反射的に左手を翳し、その先に魔方陣を展開する。力が鬩ぎあうが、仄白い矢の出力
は低い。この程度では、はやての魔力は削られない。はやてはその一撃を弾こうと力を
込めた。
 瞬間、急速に接触面から魔方陣が侵食され始める。魔法の構成が変更され、魔力の結
合が解除される。慄く間すら与えず。
 バリアが掻き消える。
 遮るものが無くなった空間を、矢が駆ける。身を捻ることも適わない。目蓋を閉じる
ことも出来ず、目だけがその軌跡を追った。

「は、あっ!」
 光がはやての胸を貫いた。
 身体を突き抜けた矢が、背中の黒い羽を飛び散らせた。視界が黒に埋め尽くされる。
 半ば本能で、突き刺さった刃を引き抜こうと、はやては身を折り、霞む思考の中でそ
れを掴む。平衡感覚がなくなる、形成していた足場が泥のようにやわらかくなる。はや
ての体がそのまま前のめりに沈み込んだ。
 落ちる。地面に吸い込まれるように、一直線に落下する。
「はやて!」
 ヴィータの悲鳴が聞えた。直後に爆音が大気を揺るがす。世界が回転する。
『はやてちゃん!』
 頭の中でリィンフォースUの声が鳴り響く。でも誰の姿も見えない、自分の体がどう
なっているか判らない。強い風が全身にぶつかってくる。空と地面が交互に目の中に飛
び込んでくる。
 空が遠くなる、ビルが近く。
 地面が、