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太陽の放つ光が、雲を突き抜けて黄金に輝く。
消えていく日差しが広げる空は、淡い水色をしていた。
遠くの方で、子供の帰宅を促す町内放送がこだましていた。
踏み切りの警報が鳴り出し、犬の声も、駆け回る子供が交わす別れの挨拶も。
その中で、
彼女の長い髪が、風に弄ばれて立てるぱらぱらという音ばかりが、耳に残った。
夕日の中で、金の髪は光に透けて綺麗で。

あの日、輝かなかった言葉を、

私は、








			0
				歪曲を受け入れる







『はやてちゃん、大丈夫ですか!?』
 軽い衝撃が全身を襲った。気付けば、はやては地面に倒れていた。五体満足で生きて
いるあたり、リィンが飛行魔法を自動展開してくれたのだろう。
「あ、りがと、な・・・。」
 息も絶え絶え、はやてが礼を口にする。魔法は非殺傷設定だ。外傷は無い。だが、急
激に手足の先が冷えていく。それは魔力を急激に消費した時の感覚と似ていた。違うの
は実際に魔力が漏れ出ているわけではないことだ。
 封じられていっているのだ。
 成す術もなく機能が停止していく。こんなことは普通起こりえないことだ。こんなに
容易く能力制限が掛けられてしまうなんて。思ううちにも、使用可能領域が狭まる。あ
の一撃を受けてから10秒。守護騎士システムへの出力が維持できなくなった。みなの
動きが悪くなっていく。
 晴れた煙の中から、魔導師の姿が現れた。ヴィータは既に倒れていた。残るシャマル
はあっけなく退けられる。残った魔導師のうち、手甲をしたものはダメージを受けた様
子だったが、もう一人は無傷だった。二人ははやての方に歩み寄って来る。
 はやては這い蹲ったまま、閉じそうになる目を必死に開いて、彼らを睨めつける。
 ユニゾンしているがリィンは魔力制限を受けていなかった。ならば、使える手は一つ
だがある。彼らとの距離を読み、リィンがカウントを始める。
 脂汗が首筋を伝う。
 彼らは一歩一歩、勝ち誇ったかのようにゆっくりと進む。
 その足が5メートルの境界を踏み越えた。
 はやてがユニゾンを解除し、リィンが躍り出た。その掌中には既に、起動された拘束
魔法がある。リィンはそれを解き放つ。
「Frierenfesseln!」
 設置型ではなく高速展開へと書き換えられた凍てつく足枷が、空気中の水分を昇華さ
せて二人の動きを封じ込める。
 いや、封じ込めようとした。
 水は氷にはならず、液体のまま、地面に撒き散らされるに留まった。はやてとリィン
の目が驚愕に見開かれる。その無防備になった間隙を突いて、砲弾がリィンを襲った。
小さなリィンの体が、数十メートル後方まで転げる。
「な、んやと・・・。」
 愕然となるはやての視界を、男の靴が踏みにじった。這って逃げることもままならな
い。はやてはされるがまま、胸倉を掴みあげられた。光の矢はいつの間にか消えていた。
それと同時に、自分では魔力をまったく制御出来なくなっていた。
 茶色に戻ったはやての髪が頬を滑った。はやてが出来るのは、男を睥睨することだけ
だった。だが、男はそれをまるで意に介さず。
 男の手甲を嵌めた拳が、はやての胸部に食い込んだ。手首までが体内に埋まる。傷つ
けられているわけではない、重なっているだけだ。
「なにを、」
 はやてが顔を歪めたとき、そこから突然、膨大な量の数字がはやての中に叩き込まれ
た。そのプログラムははやての中にある夜天の魔導書のセキュリティを突き破り、内部
を書き換えながらなだれ込んで来る。
「や、め――――っ!」
 男の腕を掴むが、非力なはやての手ではびくともしない。
 全てが瞬く間に塗り替えられていく。自分が自分ではなくなる感覚に、はやては叫び
だしたい衝動を覚えた。だが、襟に喉が圧迫されて掠れた呼気を漏らすことしか出来な
い。
 瞬く間のことだった。
 抵抗らしい抵抗も出来ず、はやては送り込まれるもの全てを受け入れた。胸部を刺し
ていた手が抜かれ、胸倉を放される。解放されたはやての体が力なく地面に倒れた。
 一度に押し寄せた情報の多さに、何をされたのか判らなかった。解析をかけようとす
るが、アプリケーションはどれ一つとして動かない。
 そのうつ伏せたはやての背に、今まで何もしなかった、最後の一人の手が触れる。は
やては身じろぎ一つ返せぬまま。背中に当てられた手が、熱を帯びた。
「あ、あああああああああっ!」
 新たに入り込んできた異物感に、はやての身体が大きく跳ねた。
 単純な魔力の塊ではない。捩じ込まれたそれは、途端に内部を蹂躙する。はやては今
度こそ、絶叫を上げてのたうった。
「はやてちゃん!」
 リィンが飛んできて、はやての身体を揺さぶった。しかし、はやては口を割って溢れ
てくる悲鳴を止めることが出来なかった。胸を掴み背を丸め、内臓を引っ掻き回す力に
耐える。
「あああああああああ!」
 融合事故を起こした時に似ている。ただ、融合事故よりも遥かに強引に、リンカーコ
アが干渉を受け、制限を掛けられていく。自分の体が、自分のものでなくなる感覚。は
やてはコアの出力を最大にすることで、それを無理矢理引き千切ろうと足掻く。
 ここで組み伏せられてはいけないと、直感が警鐘を鳴らす。
 明け渡したら、
 きっと私は、―――――。
「うああああああああ!!」
 プログラムが一段階移行し、さらに圧力を掛けてくる。
 乱れるはやての髪の一房が、滲んで色を変えた。ユニゾン時の淡いクリーム色に。
「え?」
 驚くリィンの目の前で、しかし髪は確かに色を変えていく。リィンは瞬間、悟った。
はやてに入れられたものが何なのか。リンカーコア。しかも、ユニゾンデバイスの様に
それ自体に既に何らかのシステムが組み込まれている。
 それがはやてのコアを蝕み、強制的にユニゾン状態を作り出そうとしている。そのコ
ア同士の重ね合わせが、外面に影響しだしているのだ。
「はやてちゃん!」
 リィンフォースUがはやてにアクセスを開始する。中から排除できないなら、外から
取り除く。だが、リィンフォースUのアクセスは即座に弾かれてしまった。アクセス制
限を掛けてくるプログラムは、夜天の魔導書だった。
「そんな、どうして!?」
 夜天の魔導書の残した能力は、身体的感覚であると同時に数字で記述されたプログラ
ムだ。その使用権限は、主であるはやてのみが持つはずだ。なのに、何故弾かれるのか。
 狼狽するリィンを尻目に、はやては歯を食いしばり、額を地面に擦りながら、さらに
コアを解放する。色の変化が止まる。力が拮抗しあう。喘ぐように背中を引き攣らせな
がら荒々しく呼吸をする。大きく開けた口の中に、頬を伝って汗が入った。脂汗が服と
髪を肌に張り付かせる。
「―――っ。」
 はやては霞む目を開き、魔導師の姿を探した。見下していた視線が何処かに消えてい
た。リィンがはやての肩に縋りついているのに気付いたが、反応をしてやる余裕が無か
った。泣いているリィンのその向こう。十数メートル離れた場所に、彼らの姿はあった。
 彼らはこちらに背を向けて、何事かやりとりしている。何をしているのか、はやてに
知りよう筈もなかった。ただ、二人の間に、磔にされたフェイトが見えた。男の一人が、
意識のないフェイトに向かって手を伸ばす。
 はやての中で、何かが焼き千切れた。

「フェイトちゃんに、」
 衝動が意識を吹き飛ばし、白い光がはやてから滲み出す。

「触らないでぇぇぇええええええええええええ!!!」

 咆哮が大地を貫き、光が岩盤を破壊して突き進む。それは振り向いた魔導師を、展開
したシールドごと打ち抜いた。紙くずのように二人の体が吹き飛ばされる。瓦礫の山に
突っ込み、彼らは動かなくなった。身を起こしたはやては肩で息をしながら、立ち上る
土煙を睨んでいる。
「はやてちゃん・・・。」
 リィンがはやての名を呼んだ。その声にはやて振り返らなかった。横顔にはもう苦痛
の色はない。風に吹かれ肩口で揺れるはやての髪は、全て色が落ちていた。碧の目が、
滔々と鈍い光を湛えている。
「リィン、一足先に戻っとってくれへん?
 なのはちゃんと、シャマル、ヴィータを連れて。
 いっぺんに転送できる人数もそんなもんやったろ?」
 先程まで上げていた絶叫が嘘のように、静かな声で、はやてはリィンに言う。リィン
は何か言いたそうに口を開いたが、小さく頷くと、すぐに倒れているシャマルとヴィー
タの回収に行った。
 管制室との回線は一向に復活しなかった。はやては顔を上げて、遠くの気配を探る。
まだ、シグナムたちはどうにか応戦しているようだった。他にも魔導師の残りは居るは
ずだが、こちらに誰も来ないのは、作戦が成功していると思っているからだろう。
 それが判ると、はやては膝に力を入れて立ち上がった。全身を虚脱感が支配している。
だが、その足取りは確かなもので、はやてはまっすぐに歩いていった。ほんの十数メー
トルの距離はすぐに埋まった。
 はやては彼女の前に立つ。
 意識を失ってなお、大切な人の前に立ちはだかる彼女の前に。
「フェイトちゃん、よう頑張ったな。」
 フェイトの様子は酷いものだった。足元には飛び散った血液が模様を描いている。そ
してその背後には、座り込むなのはの姿がある。頬は血で汚れていたが、なのは自身の
ものではない。
 身を捨ててでも、守りたかった人。はやてはいつの間にか微笑んでいた。

 私は、私を見ない彼女が好きだった。

 微笑みながら、はやてはフェイトを打ち付ける光の刃に手を触れる。今しがた、自分
に書き込まれたものと、構成の癖が似ている。簡単に壊せそうだった。

 きっと、こういうところに惹かれたからだと思う。

 人に簡単に優しく出来てしまうところとか、
 みんなを大切にしているところとか、
 一途で真摯なところとか。

「なのはちゃんも、もう少し待ってな。
 リィンがすぐに避難させてくれるから。」
 はやてはなのはに話しかけた。なのはに聞えているかどうかは判らない。
 だが、じきに気付くだろう。フェイトが意識を取り戻して、微笑みかけた瞬間にすぐ
に自分を取り戻すなのはの姿を思い描くことは容易かった。二人で幸せそうに笑いあう
姿が、当然のように脳裏に浮かぶ。

 私以外の大切な人を守り抜くところとか。

「まったく、二人の愛の深さには恐れ入るなあ。」
 はやては軽く笑い声を上げた。誰も聞くことの無い声。

 いつでも、彼女の視界の中心に居た人。
 その人を、いつまでも大事にしていってくれればいいと、思っていたから。

 バインドの解析が終了する。破壊プログラムを組むのは簡単だった。はやては腕に力
を込める。掌から放たれた力が、フェイトを射止める光を砕いた。

 だから、

 音を立てて、欠片が飛び散る。

 私は、私を見ない彼女が好きだった。