第一話









 艦橋に金色の魔方陣が突如として現れる。L級艦船16番艦『ベリテ』のスタッフ皆
が良く見知った色だった。雷光の名を冠する、若き執務官の帰還を意味する色だ。皆が
見守る中、光の中に人影が現れる。
 魔方陣から吹き上げる魔力が、彼女の外套を翻した。
「フェイト・T・ハラオウン、ただいま帰投しました。」
 金髪から覗く双眸は、いつに無く厳しかった。フェイトは艦長を振り返り、話があり
ます、と短く言ってから、デバイスを翳した。バルディッシュ・アサルト。管理局内で
もトップクラスのインテリジェンスデバイスだ。
 フェイトが何を言うまでもなく、バルディッシュは艦のモニタに、画像を出力する。
映されたのは、広域探索の結果らしかった。三次元に描かれたグラフは場所ごとのエネ
ルギー値を表していた。四方数十キロという広範に及び、端に添えられた誤差は1%を
切っている。確度、精度ともに高いその散布図は、一箇所にピークが在った。
「これは?」
 艦長が問い返す。フェイトは新たに別の画面に、今度は映像を出した。恐らくそれは、
この場の誰にも見覚えの無いであろう場所で、巨大な木々の生い茂る森であった。
「単独で広域探査を行った結果、エネルギーのピークを記録した地点の映像です。
 第141観測指定世界南部に広がる森林を更に探索したところ得られたものです。」
 さらにもう一つウィンドウが開き、グラフが表示される。範囲は四方1キロに絞られ、
観測の精度があがっている。計測値はエネルギーだけでなく、反射波のスペクトル、反
射係数、透過率などが色分けされて記載されている。しかし、どれも幾つかのピークが
分散してあるだけで、殆どの面積をノイズのような微小振動が占めていた。
 映像の深い森の様子も荘厳ではあるがのどかで、広域探査の方に出たのは、何かの偶
然誤差だったのではないかと思われるようなものだった。もちろん、何も知らない人間
にとってはだ。
「偽装スキン。」
 シャーリーの呟きが、機器の機動に伴う振動ばかりが響く艦橋に落とされた。フェイ
トは静かに頷くと、森の映像が光子を捉えたものから、魔力により描像されたものに切
り替わる。
 おぼろげに浮かぶ巨大な樹木の中、その一本の根元に、明らかな人工物の陰が現れる。
長方形の境界を作るそれは、高さが10メートル、幅が20メートルといったところだ。
小型の輸送機なら充分通り抜けられるだろうそれは、搬出口と呼ぶに相応しい。
 何者かが、この場に潜んでいるという証。
「過日、強奪犯らに追跡を振り切られた次元世界と、
 この第141観測指定世界は平行位置に存在しています。
 また、管理局の登録情報によると、
 この世界にはミッドチルダ、ベルカに並ぶような程度での魔法は、
 依然確立されていません。」
 フェイトは淡々と続ける。6時間前から行っていた単独での広域探査を終えたばかり
だというのに、必要な情報は全て集まっているようだった。フェイトは話にあわせて、
次々に資料を展開する。次に表示されたのは管理局から取り寄せたのであろう文書だっ
た。
「観測指定世界での魔法行使、並びに各種施設の建設には管理局の許可が必要ですが、
 当該地区への許可申請及び認可がなされたという記録はありません。」
 画面を見つめていたフェイトが、艦長を振り返った。モニタからの光が、白い頬を照
らしている。顎を引くと、顔に掛かる影が濃くなった。
「ただいまより、観測指定世界への不法介入の容疑により、
 当該施設の検挙を行いたいと思います。
 艦長、許可を。」
 反響を許さないつくりになっている艦橋において、その声はしかしよく通るものだっ
た。艦長が悠然とフェイトに向き直る。フェイトの倍以上の時を刻んできた艦長の目は、
深い皺の中にあって、鋭い意思を湛えていた。
「観測指定世界での武力を伴いうる活動は、
 魔法による戦闘行為の確認等、
 緊急を要する場合でなければ本局執務部の許可が必要である、
 とは執務官試験で問われなかったのかね。
 フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官殿。」
 彼の言葉も、視線も、態度も全てが射るようにフェイトを追及する。歴戦の勇士であ
る彼が放つ威圧感は、たとえ自分が睨まれていなくとも、同じ場にいるだけで息をする
ことすら抑圧されるような錯覚を与える。
「法を守る者が自ら法を破ってはならん。
 突入は君が持ち帰った情報を本局に送り、強制捜査の認可が下りてからだ。
 君は長時間の単独行動で疲れているだろう。
 それまで自室で休みたまえ。」
 有無を言わさぬ語気だった。艦橋が沈黙に包まれる。
 しかしフェイトはその威圧にも、言葉にも微動だにしなかった。圧迫するような艦長
の態度とは違う。意識を刻み、貫くような、脅かされない在り方。フェイトは言い放つ。
「他艦が現在までに3箇所、拠点を発見しましたが、
 いづれも許可申請期間中の逃走を許す結果になったとの報告を受けています。
 同一犯らと思われるロストロギア強奪は半年前から既に10件を数え、
 奪われたロストロギアは30を超えます。」
 それは全て事実であった。輸送中もしくは発掘中のロストロギアさえ、戦艦で強襲し
奪っていくという強引な手口による一連のロストロギア強奪事件は、半年間に渡る巡航
艦2隻による警邏ならびに調査の甲斐もなく、逮捕された犯人はおらず、幾つかのロス
トロギアが回収されるに留まっている。それとて捜査の後に見つかったのではなく、各
地に被害を撒き散らしたが故の発見であり、複数の取引を経た後に市井に出回ったと見
られるそれは、流出経路の特定が出来ず犯人逮捕への礎にすらなりえていない。
 本艦L級艦船16番艦『ベリテ』がこの事件の捜査に本格的に乗り出すことになった
のは、二週間前のことだった。二週間前、航行中に盗難されたロストロギアの暴走を確
認。ロストロギアの封印並びに被害者救助等を行った因縁から、難航している事件の捜
査を行う第三の巡航艦として参加することになったのだ。
「これ以上、犯人を野放しにするわけにはいきません。
 同じ轍を踏まない為にも、今出るべきです。」
 歳若い執務官は澱みなく、老成した艦長に意見する。
「提督。」
 彼の階級名を以ってして。
 艦長はフェイトを睥睨した。その表情は蔑む様ですらある。
「それが執務官の言葉かね。
 君は生まれつき魔導師としての素養も高く、
 今や管理局でも数えるほどしか居ないオーバーSランクが認められている。
 この間まで君が出向していた機動六課は試験運用期間ながら、
 JS事件を収め、高い評価を受けている。
 首謀者であるスカリエッティを捕まえたのは、君だったそうだね。」
 艦長はそこで言葉を切ると、ふっと笑って見せた。今まで見せていた威圧感も消え去
り、まるで世間話でもするかのように話す。
「なるほど君は優秀だ。
 だが君は、その能力ゆえに勘違いをしているのではないかね?
 一人で何でもできると思ってはおらんか。
 最終的に丸め込めれば良いとおもっておらんか。
 規律とは何の為にあると思う、法とは何のためにあると思う。
 君にとっては自分の自由な行動を妨げるものでしかないのかね?」
 静かに訥々と語られる彼の言葉に、フェイトは何も答えなかった。口を真一文字に結
んだまま、食い入るような視線だけを彼に注ぎ続けている。彼女の手の中で、アサルト
モードのバルディッシュの切っ先が、微かに震えていた。
「優秀な自分には、そのようなものは無用だと思っているのかね?」
 艦長の微笑が消える。
「黙っとらんで、答えんか!!
 テスタロッサ・ハラオウン!」
 怒号がその場に居た全てのスタッフの鼓膜を劈いた。怒りが空間の隅々まで染み渡り、
残った空気が緊張に震える。後方に位置していただけのシャーリーも、隣に控えていた
ティアナも思わず身を竦めていた。
「確かに、私の発言も取ろうとしている行動も間違っています。」
 バルディッシュの切っ先は、もはや震えていなかった。フェイトは一時たりとも、艦
長から目を逸らさなかった。彼女は答える。明朗に。
「それでも、ロストロギアによる被害を出さないで済むのなら、
 私は迷わず間違った道を選びます。」
 提督と執務官の視線がかち合う。歳と共に重ねた経験と憂いと喜びと多くのものを内
含した眼差しと、自分の意志で生き始めてやっと10年のよほど白に近い瞳が、互いの
うちを探るように向かい合う。
「それで君は、私が頷かなければ一人で行くというのかね。
 それこそが勘違いだと何故気付かないのか、
 私にはどうしても理解出来ないのだよ。」
 言いながら、艦長がフェイトの後ろに目を向ける。フェイトの背後で橙色の光が弾け
た。
<< Standby, ready. >>
 合成音が耳朶を打つ。フェイトが背後を振り返った。艦長が今度こそ、心から笑った。
「君は優秀だ。
 だが、君の副官も優秀なことを忘れて、一人で何でもしようとする。
 そこが私には理解しがたいのだよ、フェイト執務官。」
 白い装甲にクロスのシンボルを持った二挺の拳銃を模したインテリジェンスデバイス
が、真っ白いバリアジャケットに身を包んだその人物の手に握られていた。機動六課へ
の出向を終えた後にフェイトが連れるようになった、彼女の副官であり、執務官を目指
す一人の魔導師。ランクは陸戦AA。
「私も君も、減俸くらいは確定だな。」
 艦長は自嘲気味に肩を竦めて。朗々たる声を上げる。
「フェイト・T・ハラオウン執務官並びにティアナ・ランスター執務官補佐両名に、
 第141観察指定世界南部にて発見された、不法施設への強制捜査を任じる。
 当該施設は我々が日夜追っている一連のロストロギア強奪犯の拠点であると
 推察される。
 ロストロギア強奪犯の拠点であると確認され次第、武装局員20名を向かわせる。
 目標は拠点制圧並びに犯人の確保だ。
 本局への捜査許可の取得は作戦行動中に平行して行うものとする。」
 艦長が艦橋を見下ろし、スタッフ全員に向けて言い放った。
「こそ泥共に、次元航行艦隊のプライドを見せ付けろ!」