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第二話










 楽しい時は一瞬で過ぎてしまう、ということにヴィヴィオはなんとなく物足りなさ
を感じていた。2週間ぶりぐらいに帰ってきたフェイトと、すごく幸せそうななのは
と一緒に行った遊園地はすごく楽しくって、この楽しい日が終わってしまうのが嫌で、
ベッドに入っても寝たくなかった。
 でも、いつの間にか寝てしまったらしい。気付けば部屋は電気も消えて真っ暗で。
「う・・・っ。
 ・・・あ、・・あっ。」
 目を開くと、薄っすらと差し込んでくる月明かりが物の輪郭を曖昧に区切っている
だけで、何もはっきりとは見えなかった。室内に響いている、微かな呻き声だけが、
やけに鮮明だった。ヴィヴィオは眠たい目を擦りながら、身体を起こす。空調は利い
ておらず、毛布から出てしまうと少し肌寒かった。霞掛かった頭で、ヴィヴィオは声
に引っ張られるよう、そちらを振り向く。
「・・・フェイト・・・まま・・?」
 それは、普段の彼女の様子からすると、信じられないものだった。いつでも、どん
な時だって微笑んでいて、判らないことや困ったことがあると、やさしく教えてくれ
て。よく抱きしめてくれる。腕はいつも温かい。そんな人が、
「・・・・・く・・。
 はっ、あぁ――――っ。」
今は寒く暗い中で、シーツを固く握り締め、噛み殺した声を唇の隙間から漏らしてい
る。長い金髪を、汗でべっとりと肌に貼り付かせ、体を丸めて。
 ヴィヴィオは思考を失って、フェイトを見つめた。互い違いの色をした丸い目いっ
ぱいに、フェイトを映している。
 ふ、とフェイトの唇が震えた。
「――――――。」
 音もなく、僅かな動きでは、なんと言ったのか判らなかった。人の、名前だと思え
た。そう思えた瞬間、ヴィヴィオの背中を、さっと寒気が駆け上った。同時に得体の
知れない焦燥が、腹の奥底から巻き起こり、喉を突いて競り上がる。
「フェイトまま!」
 咄嗟にヴィヴィオはフェイトに縋るように手を伸ばし、彼女を包む毛布を掴んだ。
そのときだ。
「ヴィヴィオ。しーっ。」
 潜めた声がして、ヴィヴィオは後ろから抱きすくめられた。振り仰ぐと、いつの間
に起きたのだろう、反対側に寝ていたはずのなのはが口に人差し指を当てて、ヴィヴ
ィオを覗き込んできた。
 そして、「大丈夫だよ。」と微笑んだ。
「ヴィヴィオはフェイトちゃんの手を握ってあげて。」
 ヴィヴィオはこっくり頷くと、シーツを握り締めるフェイトの手に、触れるように
手を重ねた。なのははフェイトの顔を見つめながら、頭を撫でる。子供をあやすよう
な、そんなやさしい手つきで。
「大丈夫だよ。
 みんな、傍にいるからね。」
 なのはがフェイトに語りかける。ヴィヴィオは触れた手に、きゅっと力を込めた。
なのははぱらぱらと、フェイトの上に言葉を降り積もらせる。優しい言葉は、ずっと、
愛と一人ではないよと慈しみを込められて。
 ヴィヴィオはフェイトの手が、微かに開かれたことに気付いた。荒く乱れていた息
遣いはいつの間にか穏やかになっていた。
「フェイトまま。」
 ヴィヴィオが零した呟きが、ぽつりとフェイトの頬に落ちた。
 金色の長い睫が震えた。薄っすらと、目が開く。目蓋の隙間から、星明りの暗さで、
昏い影の差した赤い瞳が二人を見上げた。焦点がすっと合う。
「・・ヴィ、ヴィオ・・・。
 なのは・・・?」
 喉の奥まで乾いた様な、擦れた声だった。しかし、その声を聴いた瞬間、ヴィヴィ
オの目がじわっと潤んだ。
「フェイトまま!」
 半分涙声になりながら、ヴィヴィオがフェイトの首に抱きつく。
「大丈夫? おなか痛いの?
 すっごく苦しそうだったよ!?」
 何処にも行かせないとでもいうかように、固く抱きついてフェイトの肩に顔を埋め
るヴィヴィオ。そんなヴィヴィオに、憔悴した様子だったフェイトは、くすぐったそ
うに微笑んだ。
 ヴィヴィオは顔を上げ、フェイトの笑顔を見る。それだけで、ヴィヴィオの不安は
吹き飛んで、咲き初める花のような笑みに変わる。フェイトの笑顔には不思議な力が
ある、となのはは贔屓目でなく思う。フェイトの笑顔を見ると、それだけで幸せにな
れる。胸が少し、熱くなる。
 でも。
「ヴィヴィオばっかりフェイトちゃんといちゃいちゃしちゃって、ずるいなー。」
 そんなことを言って、なのはは唇を尖らせた。すると、ヴィヴィオがフェイトに抱
きついたまま、なのはを振り仰いだ。相変わらずの、屈託の無い笑顔。
「だって、ヴィヴィオ、フェイトまま大好きだもん!」
 その返事に、なのはは自分の顔が、自然と綻ぶのを感じた。
「なのはままのことはー?」
 いたずらっぽく笑うと、ヴィヴィオは喜色満面で答えた。
「なのはままも大好き!
 ヴィヴィオは、フェイトままとなのはままのこと大好きだよ!」
 なのはの瞳が煌いて、次の瞬間には、なのははフェイトとヴィヴィオを抱きしめて
いた。二人を腕に収めて、ぬくもりを感じて、なのはは言った。
「私も、二人のこと、だーい好きだからねっ。
 ずっとフェイトちゃんとヴィヴィオの傍にいるから。」
 ね、となのははフェイトに笑顔を向ける。フェイトははにかんだように頬を染めて、
目を細めた。目尻に少し溜まった雫が、零れ落ちることはなかった。フェイトもまた、
二人を抱きしめ返して囁くように言った。
「私も、なのはとヴィヴィオのこと、大好きだよ。」
 フェイトは震える声で、繰り返す。
「大好き・・・だよ。」
 3人ぺったりくっつくと、すごく温かかった。






 窓から差し込む真っ白な光と、冷えた空気が目を覚まさせる。なのははやっぱり今日
も一番に起きた。しかし、お湯を沸かし終わって、朝食の用意をし終わっても、ヴィヴ
ィオすら起きてくる気配が無かった。
 これから起こすわけなのだから、勢いよく開けても良いのだが、なんだかそれも憚ら
れて、なのはは極力音を立てないよう、そうっとドアを開いた。カーテンも開けていな
い、薄暗い室内は静かで、二人分の寝息が聞えた。足音を忍ばせ、なのははベッドに近
寄る。
 昨日の夜の翳りなど、朝の光の前に溶けて消えてしまっていた。
 二人は仲良く寝ていた。起こすのがもったいないような寝顔だった。フェイトはヴィ
ヴィオを抱きしめて、安心しきった表情をしていた。力の抜けた眉尻が、少し垂れてい
る様に見えて、大人になって前よりよほど落ち着いて凛とした表情も増えて、でも寝顔
だけは相変わらずだと思ったら、妙に嬉しかった。
「ヴィヴィオー、学校遅刻しちゃうよ。
 フェイトちゃんも、起きてー。」
 声を掛けると、ヴィヴィオが「うぅん。」と小さく寝ぼけた返事をして、薄っすらと
目を開いた。
「なのはまま・・・・、おはよう。」
 目を擦りながら、するするとフェイトの腕の中から抜け、身体を起こす。
「おはよう、ヴィヴィオ。
 顔洗っておいで。」
 なのはがそう言うと、ヴィヴィオは素直に頷いて、部屋を出て行った。可愛らしい足
音が洗面所に向かう。しかし、フェイトはヴィヴィオを抱いていた腕がベッドの上に落
ちても、目を覚ます気配が無かった。
 今日は休みだと言っていたから、寝かしておいてもいいのだけれど、でもそろそろ出
勤しなければならない自分としては、一度、起きたフェイトと言葉を交わしたい訳で。
そんなことを思いながらも、なのはは肩を揺さぶるでもなく、フェイトの頬に手を伸ば
しただけだった。
 朝の白い光に晒される頬に指先を滑らせて、広がる金髪を梳く。金色の睫が、淡く透
けているようで、綺麗で。ずっとそうして居たかった。
 けれど、時計を見上げると、そういうわけにもいかなくって。
「フェイトちゃん、起きて。」
 そう言って、なのははこの時間の終わりにと、フェイトの頬に口付けた。
 肩を揺さぶるとフェイトは睫を少し震わせて、やがてゆっくりと目を開いた。赤い瞳
がなのはを見上げる。フェイトが手を伸ばして自分の肩に触れるなのはの指に絡めた。
「なのは、おはよう。」

 食卓では既にヴィヴィオが三人分の牛乳を注いでいて、フェイトが起きてくるのを待
っていた。ヴィヴィオは昨日からずっと上機嫌で、笑みが絶えない。
「フェイトまま、おはよう!」
 ヴィヴィオは椅子から飛び降りると、フェイトに駆け寄って抱きついた。寝てる間中、
ずっとくっついていたのに、起きてもべったりだ。
「おはよう、ヴィヴィオ。」
 挨拶を返すフェイトの声も甘かった。ヴィヴィオを抱きしめる腕も、頬も喜びに満ち
ている。
「フェイトちゃんは、今日どうするの?」
 あまりよくない意味で長いお休みを得てしまったフェイトに、なのはは本日の予定を
訊く。はやては確か、何か任務に就いていたはずだし、謹慎というからには、シグナム
辺りを呼び出して、堂々と模擬戦をやるわけには行かないだろう。
 フェイトはしばし逡巡して、答える。
「一応、持ち帰った資料とかあるし、
 謹慎中だからって、
 報告書まとめとか全部ティアナとシャーリーに任せるもの悪いし。
 家でちょっとお仕事して、あとはヴィヴィオの書いた作文とか読もうかな?って。」
 牛乳を飲んでいたヴィヴィオが、作文、という言葉に反応する。
「フェイトまま、ヴィヴィオが作文書いたことどうしてしってるの?」
 航行任務中に通信は何度も入れているが、ヴィヴィオは一度だって、作文の話をした
ことは無かった。
「執務官をやってる、私のこと書いてくれたんだって?」
 ヴィヴィオは首を何度も振って頷いた。お仕事というテーマで書く、ということだっ
たから、いつも忙しく任務中はあまり帰ってこないフェイトのことを思って書いたのだ。
なのはも、先生も褒めてくれた会心の出来だ。だが、恥ずかしくってフェイトには言え
ないでいたというのに。
「ヴィヴィオのことは、なんでも知ってるんだから。ね。」
 フェイトはそうやって微笑むと、ヴィヴィオの口の周りに出来た、牛乳ひげをハンカ
チで拭った。なのははその様子を心の中にしっかりと刻む。
 こんな時が、いつだって、一番大好きだ。
 なのははコーヒーの入ったマグカップを両手で持って、
「それじゃあ、今日の晩御飯は、
 フェイトちゃんのお手製を期待しちゃってもいいのかな?」
と期待に満ちた視線をフェイトに向けた。隣に座るヴィヴィオが瞳を輝かせ、なのはの
真似をして同じ視線をフェイトに送る。首を傾げる角度まで一緒だ。二人とも、こうさ
れるとフェイトが断れないということを、よく判っている。困った親子だ。
 フェイトは照れ笑いを浮かべながら、二人に尋ねた。
「じゃあ、二人は何を食べたいの?」
 二人は勢い良く右手を挙げた。
「ハンバーグ!」
「お好み焼き!」
 フェイトがまた、困ったように笑った。
「二人とも、もうちょっと打ち合わせしてよ。」