第五話









 機動兵器の数が半分にまで減り、敵の戦列に焦りが見えてきた頃だ。地表近くの空を
舞うなのはの元に、通信が入った。なのはを追いかけるように地面を抉る砲撃を避けな
がら、なのはは応答する。ベリテで通信士を務めるシャーリーからだった。
「どうかしたの?」
 なのはが身を翻し、上空の砲撃主へ誘導操作弾を放つ。輝きが尾を引いて伸びていく。
砲撃が途切れた瞬間、なのはは上昇に転じ、逆光で黒い機影に向かってさらに魔法弾を
放つ。青空に吸い込まれるようにそれは高く上がって行く。
『拠点に突入したフェイトさんとの通信が、途切れました。』
 なのはは思わず息を呑んだ。嫌な考えが頭を突き抜け、なのはは身震いを覚えた。フ
ェイトは砲撃ばかりに傾倒しているなのはと違って、多様な魔法を操ることが出来る魔
導師だ。近接戦闘に特化しているものの、特化しているだけで、使用できる魔法はオー
ルレンジである。突入自体は単騎で行ったものの、遅れて武装局員12名も続いた。
 フェイトが負けるなど考えにくい。ましてや、落とされるなんて。たまたま、通信妨
害を受けているだけだ。それだけだ。なのはは振り切るように、魔法を解き放つ。
「ショートバスター!」
 威力と射程をある程度犠牲にし、チャージタイムを減らした直射型砲撃魔法が、軌道
上にいた複数機をなぎ払う。空気が劈かれる音が、鼓膜を揺さぶる。聴覚を解さない思
念通話は、その音に紛らわされること無く、クリアになのはの頭に響いた。
『追って入った武装局員とも連絡がつきません。
 通信が切れる前に、交戦に入ったとの報告もありませんでしたから、
 通信妨害の可能性が高いというのが合同捜査本部の見解であり、
 新たに拠点へ人員を投入する予定はありません。』
 なのはは顔を歪めたまま、旋回し、拠点とは逆に進路を向けた。戦況は大きく此方に
傾いているとはいえ、ここで戦線を抜けるわけにはいかないというのに、視界に入れた
ままにすると、命令も作戦も無視して飛び込んでいってしまいそうだった。
「そう、他に用件はある?」
 声に険が含まれそうになるのを、何とか制しながらなのはは問う。
 拠点制圧のために戦力を割いた指揮官の判断が悪かったとは思わない。一介の犯罪集
団が持てる戦力など限りがある。今までに確認されている敵戦艦の数は4隻であり、そ
のうちの3隻が揃っている現状で、傍に拠点もあることから、ここが本拠地と見て間違
いはなく、ベリテが参戦した時から新たな敵戦力の追加はない。全勢力を出し切ってい
ると判断するのは妥当であり、戦線に出ていない前回までの機動兵器が拠点内を守って
いるとしても、フェイトにとっては敵とはなりえないものだ。
 ここを抑えれば、事件解決が見えてくる。もし、安全策ばかりに目が行き、みすみす
見逃すような作戦を立てたならば、なのははそちらの方を責めただろう。
 だが、だからと言って焦らずに居られるほど、なのはは割り切れた人間ではなかった。
ショートバスターが敵機を撃ち落す。なのはは撃墜を確認せずに、高度を上げた。
『ベリテ艦長からの指示です。』
 シャーリーが最後の用件を口にする。なのはは相槌も打たずに、続く言葉をまった。
砲撃がなのはの傍を掠める。
『現在、全翼機の数は164機です。
 残機が100に到達した時点で、
 なのはさんはティアナを連れて拠点制圧に向かってください。』
 その言葉に、なのはの思考が一端停止する。先程と言っている内容に差異がある。増
援は入れないはずだ。なのはの疑問を察したのか、シャーリーが微かに笑みの混じった
声を返してきた。
『うちの艦長、総指揮官と仲悪いみたいなんです。』
 随分と私情に塗れた理由だったが、許可が下りたならそれで良い。なのはは一端飛行
速度を落とすと、爆発的に加速して雲の上に突き出た。最初の時に確認した、敵機の追
尾限界を上回る速度だった為、晴れた空の上に追いすがる影は無かった。
 見下ろすと、草原と草原を走る川と、上流に広がる森が見えた。そして、その上を覆
う黒い無数の点。その点を挟んで両極に、管理局と強奪犯の戦艦がある。
「シャーリー、今から20カウント後、局員を一端巡航艦のところまで下げて。」
 ティアナが話についていけず、うろたえているのが伝わってくる。だが、なのはは言
い切ると通信を切り、
「行くよ、レイジングハート。」
穏やかな口調で宣言した。なのははレイジングハート・エクセリオンを眼下の景色に対
し構えた。赤い玉の先に、星の欠片が集まり始める。欠片は次第に、全天の星を掻き集
めたかのように、真昼の空に輝きだす。
 カウントが20を超えた。瞬間。
「スターライト、ブレイカー!!」
 なのはの咆哮が、星を砕く瞬きが戦場を断ち切った。
 空をも染め上げる光が機動兵器も戦艦も飲み込んで爆ぜる。流石に戦艦を落とすまで
にはいかないが、機動兵器の半分は撃墜した確信がある。なのはは残光も消えやらぬう
ちに、ティアナに通信を入れた。
「ティアナ、行くよ!」
 一方的に言い切ると、なのはは急降下を始めた。