第五話









 なのはとティアナは長い通路をひた走っていた。以前の拠点と同じく、一切の部屋や
通路がその途中には存在しなかった。天井は高すぎて闇に呑まれ、視認は不可能だ。違
いは、入ったところにすら分かれ道が存在しなかったことと、機動兵器が襲ってくるわ
けでも無ければ、何の気配もしないところだった。
 外の喧騒とは裏腹に、静寂が染み渡るその空間には、二人分の足音さえ些末なもので
しかない。
「ティアナ、まだ通信は使える?」
 周囲に探索魔法をかけているなのはは、ティアナに通信の可否を問う。特に、空間に
圧力がかけられていないことはわかっていたが、念押しだった。案の定、ティアナは肯
く。
「はい、大丈夫です。」
 なのははその返事を聞くと、探索魔法を切った。別段異常はなく、また周りに隠し通
路の類があるわけでもなかった。本当に、単純な一本道なのだ。
 150年前の建築の流行が、こんなものだとは聞いたことが無かったが、地域色とい
う奴なのか知れない。元より観測指定世界に対してというのは、管理局は不干渉を決め
ている。その理由は様々だが、基本的には魔法文明の有無に拠る。この第148観測指
定世界は果たして、魔法文明が存在しないから故に観測指定世界となったのか、なのは
には与り知らぬ所ではあるが、この遺跡がどういったものであるかによっては、分類が
変わってくる。そういった意味では大きな問題だった。
「奥に、誰かいませんか?」
 なのはの思考を遮り、ティアナが声を上げた。なのはは暗がりに目を凝らす。近づい
ていくと判る。武装局員だ。突き当たりにある大きな扉の前に、2名の武装局員が立っ
ている。
「何があったんですか!」
 なのはとティアナは彼らの元に駆け寄った。立っている2名を残して、他10名は意
識を失っていた。爆発があったのだろう、地面は煤け、局員達はやけどを負っていた。
残りの二人も満身創痍といった風体で、壁に寄りかかることでなんとか立っている状態
だ。
「我々にも、何があったのか。
 ここまで何の襲撃もなかったのですが、
 扉の前に来ると突然何処からか魔法が襲って。」
 魔法、という言葉になのはは違和感を覚えた。魔法を使えば、その空間には断片化さ
れた魔力が残るはずである。だが、ここにはそんな力は感じられない。とはいえ、周囲
を見渡したところで、爆発物の残骸らしきものも存在しない。
「それで、フェイト執務官は何処へ?」
 なのはが尋ねると、その局員は扉を指差した。材質もよく判らない、分厚くも大きな
扉を示す。
「爆発の時に、中に引きずり込まれました。」
 なのはの顔色が瞬く間に変わった。唇が引き結ばれ、見開かれたように鋭い目付きが、
扉を映す。
「ティアナ、倒れている局員の怪我の状態を確認しておいて。」
 扉を見つめたまま、なのははティアナに告げた。開閉用コンソールのようなものは無
い。防音設備は良いらしく、中の様子を窺い知ることは出来なかった。奥に居るという
フェイトに念話を試みるも、繋がる気配は無い。なのははレイジングハートを構えた。
「ドアを打ち抜くので、衝撃に備えてください。」
 なのはがそう言い放ち、魔法の起動を始めた時だ。
 破裂音にも似た、空気の圧搾音が響いて、目の前の扉が開いた。薄暗い通路より、さ
らに暗い室内から、体を引き摺るように人が覚束ない足取りで出てくる。皆の間に緊張
が走る。
 だが、その人物が誰か判った瞬間、それはすぐに解かれた。
「フェイトちゃん!」
 なのははレイジングハートを下ろし、フェイトに駆け寄った。体を見るが、何処にも
怪我した様子は無い。疲れた様子ではあるが、それだけだ。なのはが安堵して、改めて
フェイトと向き合うと、フェイトも微かに顔を上げて、なのはを見た。
「なの、は・・・。」
 震える唇が、微笑もうとしたのか少し形を変えて。でも、その表情は、とても笑顔な
んて呼べるものではなかった。額には脂汗が滲み、長い髪が首筋に張り付いている。声
も肩も震えている。なのはが思わずその頬に触れると、フェイトは彼女の肩に頭を埋め
た。か細い息が、乱れていた。
「・・ごめん、ね―――――。」
 搾り出すような声が、なのはの耳朶を叩いて。フェイトの体から力が抜けた。なのは
は咄嗟にフェイトの身体を抱きしめる。
「フェイトちゃん!」
 いくらフェイトが細身とはいえ、自分より背の高い、しかも弛緩した人の身体は重い。
どう抱え直そうと、ずるずると落ちていってしまうフェイトの身体を手繰り寄せながら、
なのはは叫んだ。
「ティアナ、艦に連絡を―――!」
「はい!」
 鋭い一喝に、呆然としていたティアナは覚醒し、艦へと通信を開始する。なのはは消
え入るようなフェイトの呼気を近く感じながら、儚い彼女を一層強く抱きしめた。
「フェイトちゃん。」