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第八話









「よし、それじゃあ今日で私の授業は終わり。
 後は体調管理だけ気をつけてれば、ティアナなら絶対大丈夫だよ。」
 なのはがそう言って、ティアナを見ると、ティアナは何か思索に耽っているようで、
返事をしなかった。何処とも無い虚空を目に映している。
「最近、事件が大変なんだって?」
 事件という単語に反応して、ティアナがなのはを振り返る。ティアナは先程のなのは
の言葉を聞き流してしまったことに気付いて、慌てて頭を下げた。
「すみません!
 私ったら、つい考え事をしてしまって。
 ありがとうございました!」
 高高度飛行魔法の適正試験に向けて、この一週間余りどんなに忙しくても毎日欠かさ
ず練習に付き合ってくれたなのはにこんな態度を取ってしまったことを、ティアナは恥
じた。
 しかしなのはは、いいんだよ、と首を振る。
「フェイトちゃんも今週はほとんど真夜中に帰ってくる位だし、
 ちょっとぼーっとするくらい、仕方ないよ。」
 昨日、一昨日は結構早く帰ってきたんだけど、それ以外は本当に遅くて、ヴィヴィオ
が拗ねちゃって大変だったんだよ、となのはは呆れたように笑った。それを聞いて、テ
ィアナの頭はますます上がらなくなる。
「ホント、私なんかの為に、こんなにしてもらって。
 フェイトさんにも、なのはさんにもなんてお礼を言ったらいいのか。」
 この事件の最中、フェイトがティアナの分の仕事も請け負ってくれたために、ティア
ナは飛行魔法の練習に時間を当てることが出来たのだ。ベリテ捜査主任でただでさえ忙
しいというのに、フェイトはそれゆえに、ティアナですらろくに会えないほどに複数の
部署を行き来しているようだった。シャーリーに聞いたところによると、技術部と執務
部と無限書庫を回った後で、現場に出たりしているらしい。
「お礼なんて良いんだよ。
 私もフェイトちゃんも、ティアナに夢を叶えて欲しい。
 そのための手伝いが出来て、うれしいくらいなんだから。」
 朗らかになのはは言う。
 その言葉は明瞭で、ティアナの胸中に蟠っていた歯痒さや焦りなど、あっさりと押し
流してしまう。なのはの周りにはよく自然に人が集まるけれど、それは当然のことに思
えた。きっと皆、なのはのこういう人の気持ちを簡単に明るくしてしまう所に、惹かれ
るんだろう。
「まあ、フェイトちゃんに会えないのが寂しくないって言ったら、
 嘘なんだけど。」
 なのはは照れたように続けた。
 何処がどう、とは上手く言えないが、フェイトのことを話すなのはは、他の時と違う
とティアナは感じる。はにかんだ微笑を浮かべるなのはに、ティアナは尋ねる。
「なのはさんとフェイトさんって、小さい頃から一緒なんですよね。」
 なのはは懐かしむように目を伏せた。
「うん、そう。
 もうあれから10年も経っちゃったんだね。
 出会った頃のフェイトちゃんて、
 いつもすごく寂しそうで、全然笑わなかったんだよ。」
 想像できる? となのははティアナを降り向いた。ティアナはフェイトを頭に描く。
フェイトは微笑んでいた。任務中に真剣な顔をすることはあっても、いつも何処か、柔
和な空気を持っている。それが絶えたのを見たのは一度きりで、だから、ティアナには
そんなフェイトなどなのはの言うとおり、想像できなかった。まったく笑わないフェイ
ト。なのはは伏せた目蓋の裏に、あの頃のフェイトを映す。
「フェイトちゃんは、お母さんの為に本当になりふり構わず、
 必死でジュエルシードを集めてた。」
 それは、今でも鮮明に思い出せる瞬間だった。振り仰いだ先、佇む一人の女の子。
 長い金髪が、梢の中で棚引いていて。
 斜のある赤い瞳は、見たことの無い色だった。
 果ての無い世界がその奥にあるような気がして、飲み込まれるみたいで。
 纏う空気が違った。
 凛と澄んでいて、冷たくて。
「でもね、それでも私は、フェイトちゃんの中に、
 何か光を見たって、思ったんだよ。
 誰にも消すことの出来ない、確かな光。」
 高い天井を仰ぐなのはが立つのは、殺風景な訓練室ではなかった。煌く青空の下、吹
き抜ける風の中になのはは居る。
「星屑の人。
 控えめだから、皆を照らし出すなんてしないけど、
 私をいつも導いてくれる。」
 人をそういった風に評価するということ。
「私、フェイトちゃんのためなら、なんだって出来るよ。」
 気負いの無い微笑み。例えば、呼吸をするのと同じようなものなのだろう。なのはに
とって、フェイトを想うというのは、それだけ当たり前のことなのだ。
 それが、一体どういう感情から来ているのか、一概に言えたことでもなければ、言葉
で説明し尽くせるようなことではないと判っているけれど。
「なのはさんって、本当にフェイトさんが好きなんですね。」
 ティアナがそう零すと、なのはは肯いた。
 降り注ぐ春の日差しの中、満面の笑顔が咲き初める。
「うん、大好き。
 この世界で一番幸せになってほしいって、本当に思ってる位に。」







 ティアナは後ろ手に誰もいない執務官室の扉を閉めた。
 無言で自分の席まで歩き、コンソールを指で弾いて端末を起動させた。立ち上がりを
待つ間、もう少しで技術部から戻ってくるフェイトと自分の分のコーヒーを淹れようと、
ケトルで湯を沸かす。
 3日後に迫った高高度飛行魔法の適正テストに向けての練習が、無事に終了したこと
に諸手を挙げて浮かれていたいところではあったが、そうも言っては居られなかった。
 このところの、事件の発生率は異常だ。
 最初の事件が発生してから半年の間に起こった強奪事件は13件で、盗まれたロスト
ロギアは合計で32個。およそ一月に2回くらいの頻度であった。それが6日前の定例
捜査会議の2日後、3日後にまたもや立て続けに強奪事件が起こっている。
 そのどれもが、その前の週の2件と同様、出現から20分以内に盗み出されるという
異例の事態となっている。倍に跳ね上がった事件の発生率と被害状況に、いよいよ、内
通者の存在が声高に叫ばれ始め、情報管理及び行動制限が各員に付きまとうようになっ
ていた。
 私用の通信は自粛。情報の持ち出しは艦長の許可を必要とし、記憶デバイス内の全て
の情報提示が義務付けられている。退出時間のみならず、業務時間内については各時刻
毎に就労場所並びにその時分の業務内容をその日の報告書に記載せねばならない。それ
ゆえ、当然の如く単独捜査活動は禁止されている。
 この状況に、仕事にならないと甚く憤慨している様子のシャーリーを、フェイトが内
通者が見つかるか事件が解決するまで仕方ない、早く解決できるように頑張ろう、と宥
めるのは、ここ数日見慣れた朝の光景となっている。
 ティアナがフィルタとカップの用意を終えたのとほぼ同時に、ケトルから真っ白い蒸
気が噴出した。スイッチを切り加熱を止め、少量の湯でフィルタを濡らし紙の匂いを落
とす。棚からコーヒーの缶を取り出して中を見ると、残りは少なかった。ティアナは僅
かに逡巡し、多目ではあるが中身を全て使うことにした。
「内通者、か。」
 ティアナは呟いて、お湯をコーヒーに注ぎ始めた。香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
 徹底した人員統制にも関わらず、内通者が誰であるのか未だに特定がなされていなか
った。自分のような下士官が気を揉んだ所でどうしようもないということは自覚してい
る。漏れたと目される情報は全て、各艦の捜査副主任以上の者でしか知りえないことで
あり、どれだけティアナが頭を捻ったところで事態は好転のしようがない。だが、それ
でも焦りを感じずにはいられなかった。
 フィルタからコーヒーが落ちるのを眺める。そうしていると、普段は少しは気が治ま
るのに、水滴が起こす波紋が目に焼きつき離れなかった。漣が鼓動を侵す。
 そのとき、メールの受信音が部屋に響いた。
 ティアナは湯を継ぎ足すと、ケトルを置いて端末に向かう。振り分け先は共有フォル
ダ。ティアナはメールを開くと、差出人名を見て首を傾げた。移送部という、技術部の
中でも主にトランスポーター等輸送機器の管理を行っている部署からのものだった。次
元航行艦隊勤務のティアナ達には、普段あまり関わりのない部署でもある。
「長距離個人転送用機の無断使用に関する苦情・・・?」
 思わず口にして、色濃く漂うその言葉の不似合いさを噛み締めた。誤送信の可能性を
疑いながら本文を開く。淡々とした業務用の文面は、しかし確かにこの執務室の人間に
対して当てられたものであった。
 曰く、フェイト・T・ハラオウン執務官により長距離個人転送用の転送ポートが複数
回に渡り無断で使用されたことについて、説明を要求するとのことだ。
 この2週間近くに渡り無断で使用しているらしいが、転送先は皆、被害地域の隣接世
界だ。時刻は夜半であるし、恐らく係員がいないなりなんなりで、届出を提出できなか
ったのだろう。
「捜査のため、かな。」
 呟いて結論付け、ティアナはシンクに戻る。抽出の終わったコーヒーをカップに分け、
席に戻ろうとし。唐突に、その結論が内含する矛盾が思考を射抜く。
 単独捜査活動は禁止されているのに、何故、フェイトは単独で、しかも転送ポートを
無断使用してまで、現場に出ているのか。
 閃いた嫌な考えに、掌に汗が滲む。違う、こんなことを考えるのは裏切りだ。誰より
も懸命に捜査に励むフェイトのことだ、うっかり単独行動に出てしまうこともあるだろ
う。自分は、フェイトの副官として、フェイトを傍で見てきて、限られた時間の中では
あるが、フェイトの人となりをそれなりに判って来たつもりだ。そして、そのフェイト
を信頼しているのだ。
 疑うところなんて、何も無い。
「気のせいよ。
 私の、気のせい。」
 コーヒーの水面が震えていた。
 ティアナは席に着き、事件の報告書を探した。事件の日取りと、無断使用のあったと
される日付を比べてみれば、一目瞭然のはずだ。フェイトは捜査の為に使ったのだ。捜
査の為に。
 共有フォルダの中に、報告書はあった。
 無意識に唾を飲み込んで、ティアナは報告書を開いた。そして。
「うそ・・・。」
 唇から、声が零れ落ちた。
 無断使用があったのは、全て、事件発生の前日だった。
 自分の目を信じることが出来ず、ティアナは何度も二つを見比べる。しかし、どれだ
け目を瞬いてみようと、その文字列は変わらなかった。
 ティアナの頭の中を、閃光のように無数の言葉が駆け抜ける。
 パンセ艦長が机を叩いて立ち上がる。
『捜査班の中に、情報をリークしている者がいるというんですか!?』
 夜半過ぎ、警備の交代時間を突いて現れた戦艦。
 散発的に夜空を染め上げる色取り取りの魔力光。光の奔流に呑まれた後に、完全に沈
黙する発掘団。破損し煙をあげる機材と、折り重なるよう倒れる人々の姿。不鮮明な画
像の中で輝いた、黄や白のような明るい色調の魔力光。
 合同捜査本部長官が低い声を響かせる。
『複数の強奪犯らが徒党を組むなど早々あることではないにも関わらず、
 本件は特定のロストロギアが狙われ、
 発掘現場すら襲われ、あまつさえ警備の隙を突かれているのだ。
 内通者の存在を疑うのは、可笑しいことではない。
 裏で手引きする人間がいるとの推測も、当然視野に入れておくべきことだ。』
 漏れたと目される情報は全て、各艦の捜査副主任以上のものでしか知りえないことだ
った。
 違う、そんなわけがない。
 蒼穹を身に纏った人が微笑む。
『ティアナ、私はね犯罪に巻き込まれる人を助けたいんだ。
 それが出来るなら、
 ちょっとくらい嫌なこと言われたって、構わないんだよ。』
 力強い眼差しが、ティアナを見つめる。
『だからティアナ、こんな私だけど、
 事件解決の為に力を貸してくれるかな。』
 触れ合わせた拳の硬い感触は、確かに手に残っていた。
 そうだ。溢れかえる熱気と炎の中、揺らめいた赤い眼差しをどうして忘れることが出
来る。ティアナは拳を、掌で包み握り締めた。
 第一、転送ポートなどを使っては、このようにすぐに人にばれてしまう。やましいこ
とがあったとしたらなおさら、そんなことをするはずが無いのだ。この2週間で強奪被
害にあった全ての世界に、事件前日に行っていたことも、交戦中の映像に似た魔力光の
固有色が見えたのも、漏れた情報は捜査主任であるフェイトならば知りえたことである
のも、全て、偶然だ。 
 偶然、だ。そもそも、フェイトがそんなことをする理由が無い。既に流出したロスト
ロギアによる被害も複数件出ている以上、主犯は次元犯罪者として数百年間の懲役に科
せられることは確実と言わしめるほどのことをする強い理由が、フェイトの何処にある
というのだ。
 犯罪者に身をやっするだけの、

 なのはが目を伏せる。
『フェイトちゃんは、お母さんの為に本当になりふり構わず、
 必死でジュエルシードを集めてた。』

 価値を持つもの。


 何を捨てでも叶えたい願望。
 フェイトの母のことは、多少ではあるが漏れ聞いて知っている。稀代の魔導師プレシ
ア・テスタロッサ。アルハザードを求めて、虚数空間に消えた人。
 幼い頃に両親とは死別したティアナには、一般に母親に対して抱く感情がどういった
ものなのか理解出来なかった。ただ、兄から聞かされた話の中で、両親と言うのはやは
り漠然とではあるが欠くことのできない存在だと感じていたし、皆が家族の話をする姿
は多少の愚痴を交えつつも、何処にも緊張は無く安堵しきったものだ。臆面も無く言い
たいことが言えて、それでも許しあえる、そういうものなのだろう。
 無条件で、愛情を注いでくれる存在。
 誰もが、助けられるなら一番に助けたい相手なのではないだろうか。家族と言うもの
は。
 だが、助けようがないのだ。
 確かに、死んではいないのだろう。虚数空間の中を、魔法が消去される空間の中を、
永遠に落ち続ける。それは、死んでいるのと変わらない。だから、やはり、フェイトに
は、理由など存在しないのだ。
 そう、どれだけのロストロギアを集めたところで、魔法を使用するのならば。魔力を
使用するのならば。
 技術部の人間が起立し、会議室に声を張った。
『この魔導式は魔力を用いるのは主にシステムの起動であり、
 主立って運用されるエネルギーは魔力ではないということです。』

 魔力を使用するのならば。

 時が止まった気がした。呼吸の仕方を忘れる。目がモニタに釘付けになり、指先すら
動かせない。突飛な考えだ。馬鹿げている。自分はただ、根拠のない憶測を並べている
に過ぎない。
「フェイトさんが、そんなこと――――。」
 ティアナは前髪を握り潰した。
 その背に、澄んだ声が掛けられる。
「私がどうかした?」
 弾かれたように振り替えると、ティアナの後ろにはフェイトが立っていた。いつも通
り微笑み、首を傾げるフェイトに、ティアナは息を呑むことしか適わなかった。