第九話









 なのはは本局に着くと、わき目も振らずフェイトの執務官室へと飛び込んだ。しかし
やはり、そこには望んだ人は居なかった。代わりに、良く見知った違う人物が佇んでい
る。
 なのははその10年来の親友を見つめた。彼女はなのはの顔を見るなり、駆け寄って
その肩を掴んだ。
「はやてちゃん。」
 フェイトが居なくなった事、家宅捜索を受けたこと。なのはの脳裏に昨晩、怒涛の様
に押し寄せた事柄が駆け巡る。これら全て、はやてに説明しなければならない。そして、
フェイトに掛けられた嫌疑が全て誤解であったと、間違いであったと証明をしなければ。
「あのね、フェイトちゃんが―――!」
 なのはが上げた声を、はやてが平素にはない強い口調で遮る。
「なのはちゃんは、フェイトちゃんがこないなことしてるとか、
 全然知らへんかったよな!
 そうやよね!?」
 両眼を見つめ、切迫した様子で捲くし立てるはやての余りの剣幕に、なのはの踵が僅
かに後ろに下がる。それと引き換えに、頭が急に冷静になる。なのはの思考はははやて
の質問への答えよりも、疑問で埋め尽くされた。
「え、そ・・・な、なんではやてちゃんがここに?」
 入った瞬間は気が動転していたが、何故、地上部隊の人間である筈のはやてがフェイ
トの執務室に居て、そしていかにも自分より事情を知っているような口ぶりで、こんな
にも必死に自分の肩を揺さぶるのか、気付けば不可解な点が多い。なのはは上手く答え
られず口ごもる。
「ええから答えて!」
 しかし、はやてはなのはの困惑など目に入っていないようで、声を荒げる。
「八神はやて特別捜査官、
 そんな質問の仕方では聴取にならんよ。」
 齢を重ねた深みのある声が、はやての背中の方からした。はやての腕が硬直し、なの
ははそこでようやく、部屋の中を見渡す。前に来たときより、部屋は随分閑散としてい
た。およそ人の居た気配というものが抜け落ちた、机があるだけといった風体の室内中
央に、二人の老齢の男が立っている。はやてに静止を促した方はなのはも知っている。
フェイトの乗る船、ベリテの艦長だ。部屋の隅には、守護騎士ヴォルケンリッターが居
並び、はやてとなのはを見ていた。
「君が高町なのは教導官かね。
 フェイト・テスタロッサと同居しているという。」
 ベリテ艦長の隣に立つ男が、なのはに尋ねる。なのはが彼のことが判らず眉を顰める
と、はやてが念話で囁いた。はやては既になのはを放し、彼らに向き直っている。
『フェイトちゃんが追ってた事件の合同捜査本部の長官で、
 XV級大型次元航行船第4番艦『フォルス』の艦長やよ。
 今回の総指揮官ってとこやね。』
 なのはは姿勢を正し、総指揮官に向かって改めて名乗る。
「時空管理局本局武装隊一等空尉高町なのはです。」
 彼は肯くなり、なのはを見る。上から下まで、観察するかのような批判的な目つきに、
なのはは居心地の悪さに苛まれた。ベリテ艦長が先ほどのなのはの疑問に答える。
「八神捜査官は本件の指揮官として急遽召集されたのだよ。」
 なのはが振り向くと、はやては沈鬱な表情のままゆっくりと肯いた。
「私が地上部隊で確保したロストロギアの中に、
 この事件で中心となっているものと、
 同一の魔導形式を持つものがあったって言うのもあるんやけど。
 空戦S+ランクのフェイトちゃんに敵うだけの魔導師って言ったら、
 ほとんどおらへんから。」
 自分より背の低いはやてが、どんな表情をしているのか、なのはには見えなかった。
だが、紡がれた言葉に、なのはの顔が歪む。怒りが口を割って出る。
「はやてちゃんまで、フェイトちゃんが犯罪に荷担したなんていうの!?」
 荒く叩きつけられた罵声に、はやてが弾かれたように顔を上げた。
「私かて信じたない!
 でも、しゃあないやん!」
 なのはは憤慨した。ここで、仕方ないなどと口にするはやてが信じられなかった。
「だからって――――!」
 なのはが上げた声を、はやてが塗り潰す。なのはを見上げる目は、怒りに歪んでいた。
叫びが耳を劈く。
「フェイトちゃんはティアナを倒して行方不明!
 長距離転送ポートの無断使用履歴を消去しようとした痕跡も見つかっとって!
 フェイトちゃんのアカウントの中には、
 今回の事件では見つかってなかった筈のロストロギアのソースと、
 技術部で出したよりも仔細な解析結果!
 そして、
 第148観測指定世界の遺跡内に保管されていたと見られる戦艦のデータが
 一部入っとった!
 これで、どうやって、フェイトちゃんのこと擁護しろって言うん!?
 擁護出来るなら、なのはちゃんが私にその方法教えてくれへんかな!?」
 言い切ったはやては、肩で息をついていた。その目尻に涙が浮いているのを見て、な
のはは目を逸らし俯いた。
「ごめん、はやてちゃん。」
 怒鳴り声の残響に飲み込まれ、沈黙が落ちる。
 技術部が件のロストロギアの解析を全て終了したのは、フェイトが出て行く30分前。
丁度、フェイトはその解析を待ってから、出て行ったことになる。また時を同じくして
無限書庫での検索も完了していた。
 なのはは突きつけられた事実に、ひたすらに黙するよりほかなかった。動機すら目の
前に揃えられて。
「アルハザード。」
 10年の時を経て、再び眼前に立ちはだかったその名を、なのはは呆然と口から零し
た。
「虚数空間に落ちた母親を救う為、というところなのだろうな。」
 ベリテ艦長がため息の様に深く長い息のもと漏らす。
 第148観測指定世界の遺跡内捜査とフェイトの持っていた情報を併せて、強奪犯ら
はL型級よりワンランク小さな戦艦を盗んだ物と断定されていた。そして、魔導式の解
析結果と無限書庫の報告より、戦艦に使われている魔法技術は『質量魔法』と仮に名が
付けられた。
 名の通り、まさしく質量をエネルギーに変換し、魔力の替わりに用いるという魔法で
あり、150年前、丁度管理局の設立時に消え入った数多の質量兵器と運命を共にし、
歴史の中に消えていった技術である。無限書庫の記録によると、退廃期にほとんどの戦
艦が大破。完全な状態で残っているものはないだろうとされ、管理局も動乱期にあった
ことから、看過されたロストロギアだった。
 それゆえ、前回盗まれたものは残された戦艦の内でも外殻がしっかりしていたもので、
それに散在しているパーツたりえるロストロギアを集めて修復しているであろうとの推
察が各艦捜査班の共通した認識だった。
「虚数空間の中では魔力は使えへん。
 でも、魔力を阻害するものは、魔力と同種のものの筈やから。
 魔力が遮蔽出来る物である以上、その力も遮蔽出来る。」
 はやてはなのはから顔を逸らしたまま説明する。
 静止質量エネルギーは質量をm、光速度をcとすると、mc^2と記述される。c=2.997924
58×10^8m/s。これは途方もない数字だ。人間一人の肉体から、核弾頭を遥かに凌ぐエネ
ルギーを得る事が可能な魔法。
 この莫大な力によって、戦艦と言う巨大な物体ですら次元転送が可能になる。あの遺
跡内部の抉れこそ、そのためのエネルギーとして取り込まれた部分であると見て間違い
なかった。それは、内部だけでなく外部からですらエネルギーの供給を受けることが可
能である、ということを示している。すなわち、あの戦艦は際限なくエネルギーを使用
することが出来るのだ。小型で、管理局の船を遥かに上回る機動力を有しながら。
 そして、その戦艦が持つ、他の船との明らかな隔絶。
 はやてが息を吸い込んで、吐き出した。
「アルハザードに行くことは、もう夢物語やないんや。」

「その様子では、高町教導官は本当に何も聞かされていないようだな。」
 それまで黙していた総指揮官の声に、なのははようやく自分が呆然とただ目を見開く
ばかりであったことを自覚した。頬に触れると硬く引き攣っている。
「まあいい。」
 総指揮官は捨てる様言い放つ。
「教導官はもう下がってもらえないかね。」
 言われても動けないでいるなのはの腕を掴んで、はやては執務官室を出た。
 なのはが来る時には気付かなかったが、気にしてみれば廊下にはいつもよりずっと人
が多く、はやてに引き摺られるようにして歩くなのはのことを皆が注視している。
「なのはちゃん、早う歩いて。」
 はやてがなのはに言う。喉の奥から無理矢理出しているような苦しげな声に、なのは
は気がついてはやての隣を歩き出す。無言のはやてについてしばらく歩き。はやてが立
ち止まったのは人気のない通路の隅だった。
 はやてがなのはを振り仰ぐ。
「あんな、ここまで来るともう本局のお偉いさんも黙ってなくてな。
 上から直々に、指令が出たんよ。
 一つはもちろん、管理局の威信にかけて盗賊団の拿捕せよ、言うん。
 それともう一つは、」
 いつになく顰められ、静かなはやての口調に、なのはは喉の奥から気持ち悪さが競り
あがって来るのを感じていた。背中を冷や汗が伝う。はやてが告げる。
「フェイトちゃんの撃墜なんよ。」