私とはやて







「ほら、じゃあ確認するで。」
 エプロンを身につけ、台所に仁王立ちする八神はやて料理長が、同じくエプロンを身
につけ、横に並ぶ私、見習い料理人フェイト・T・ハラオウンに告げた。
「了解!」
 私はぴっと敬礼を返す。
 はやては頷くと、指でプリン生地の材料を指した。
「まずはプリン生地を作り、型に流し込みます!
 カラメルはさっき作ったんやよね?」
「はい、その通りです料理長!」
 敬礼を崩さぬまま私は答えた。砂糖60gを水大さじ1杯で溶かして、火にかけ色が
変わるまでお鍋で煮詰めたら完成。それを、バターを塗って置いた18cm丸型の型に
流し込んで置くっていうのを、はやてがレシピを確認している間にやっておいたんだ。
 それも、ちゃんと、はやてに言われたとおりに、底が抜けなくて、背の低い型を選ん
である。プリン生地は液体だから、底が抜けるやつじゃあ流れて行っちゃうからね。
「よろしい。
 じゃあ、プリン生地の材料を確認するで。」
 言ってはやては手元のレシピへと視線を移した。
「卵4個ある?」
 私は置かれた4つの卵を手に取り確認する。
「大丈夫です。」
 はやてはまた一つ頷く。
「よろしい。
 次、砂糖70g、牛乳400cc、
 あと、バニラエッセンス。」
 砂糖70gは計っておいた。レシピにはグラニュー糖って書いてあったけど、はやて
が言うには、そんなん大差あらへんそうなので砂糖。そういえば、プレーンヨーグルト
についてくるのはグラニュー糖だから、あれ使ったら駄目なのかな。でも出来上がった
ときにがりがりしちゃうかな、粒大きいし。
 牛乳400cc。2カップだ! 多分。これも大丈夫。バニラエッセンスの瓶も出し
て置いたし。
「準備ばっちりです!」
 報告をすると、はやてはポンと手を打った。
「よーし、じゃあ、プリン生地作るで!」
 突き出された握り拳に、私も拳を軽くぶつけて声を上げた。
「おーっ!」
 はやてはボウルを出して来て、私に手渡した。
「じゃ、まずフェイトちゃんは卵と砂糖を混ぜてな。
 私牛乳温めとくから。」
「わかった。」
 答えると私は卵4つをボウルに割り入れる。はやては格好よく片手で卵を割れるんだ
けど、私はなかなかうまく出来ない。それに、一回握り潰しちゃって、はやてにすごく
怒られたことがあるから、片手割りへの挑戦に私は慎重だ。というより、あれから一回
もやってないかな。
 なんて考えているうちに、卵4つは綺麗に割られてボウルの中へ。そこに上から砂糖
をかけていく。眼下の大地を白銀に染めよ! とか口に出したら変な顔をされちゃうか
ら、心の中でだけ言っておく。
 混ぜるやつ、攪拌器っていうんだっけ、を取り出して、卵と砂糖を混ぜていく。砂糖
のざらざらした感触がなんか面白い。
「混ざったー?」
 牛乳を温めていたはやてが、ミルクパンを片手にやって来た。牛乳を温め終わったみ
たい。牛乳は確か50度くらい、ちょうど指を入れるとちょっと熱いなぁ、っていうく
らいの温度まで温めるらしい。
「うん、混ざったよ。」
 はやてはボウルの中身を確かめると、よしよし、と呟いて口角を歪めた。これから、
卵と温めた牛乳を混ぜるんだ。でも、牛乳が熱すぎると駄目なんだって。なんでも、6
0度だったか70度だったかを超えると、温泉卵になっちゃうらしい。
 私がへらを取り出して、牛乳を注ぐ準備をしていると、はやては何か考え事をしてい
るみたいだった。口元に手を当てたまま、ボウルを睨んでいる。
「はやて?」
 呼びかけると、でもすぐに返事はなかった。しばらくそのまんま固まって。それから
真剣な表情で顔を上げた。
「フェイトちゃん、その卵の二つに分けてくれる?
 やっぱり二回焼こう。」
 言うや否や、はやては温めた牛乳から200ccをより分け始めた。
「え?」
 突然のことについていけなくて、私はへらを手に持ったままはやてを見つめた。2回
焼くってどういうことだろう。ケーキ型の下半分にプリン生地を、上にスポンジ生地を
流し込んで焼けば、一度でプリンケーキが焼きあがるね、ってこの前は作ってたと思う
んだけど。
「ほら、もう、何フェイトちゃん停止しとんの。
 口開きっぱなしやで。」
 呆れたはやてが私の顎を下から持ち上げて、開きっ放しだったらしい私の口を閉めさ
せた。そして、私の手からへらとボウルを取って、自分で2等分し始める。
「はやて、二回焼くって?」
 同じ大きさの器に分けて、きちんと等分しようとがんばっているはやての背中に問い
かける。首の後ろにかけられたエプロンの白い紐が髪の隙間から覗いている。
「前に作ったのって、下がスポンジ、上がプリンの二層式やったやんか。
 あれじゃあ嫌やねん。
 ケーキって感じせぇへんやんか。」
 ボウルに薄く残った卵をへらを使って移しながら、はやてが言う。まあ、言われてみ
れば、スポンジの上にプリンが載ってるだけって感じだったと言えなくもないけど。
「ケーキって言うたら、
 スポンジの間にもクリームがあって、
 周りも綺麗にデコレーションされとらんとあかんの。
 なのに、あれじゃあただプリンとケーキが一緒にいるだけで、
 プリンケーキとは認められへん。」
 うまいこと分け終わったはやては、温めた牛乳200ccと等分された卵をボウルで
あわせ、バニラエッセンスを1、2滴落としてから泡だて器で混ぜ始めた。そうだ、攪
拌器じゃなくて泡だて器だ。
「だから、分量の半分ずつで二回焼いて、
 下からスポンジ、プリン、クリームでスポンジ、プリンでデコレーション、
 て言う風にしようと思って。」
 生クリームで飾り立てられた、真っ白いホールのケーキ。切ると、プリンとスポンジ
とクリームが層を成している。焼いたプリンはやわらかくてなめらかで溶けちゃいそう
で、スポンジはふわふわなんだ。それがクリームと一緒に口の中に広がる。
「おいしそう。」
 思わず呟くと、はやてはうれしそうに頷いた。
「そうやろ?
 絶対、そっちの方がええって!
 時間もいっぱいあるし!」
 うん、手間は増えるけど、その分おいしくなるんだったら、そっちの方がいい。安静
にしてるように言われてはいるけど、2週間もあって何もしないなんてもったいない。
こういうときに、思いっきり時間を使って、やりたいことを思いっきりやるのってすっ
ごく楽しい。
「フェイトちゃん、ザル持って。」
 混ぜ終わったらしいプリン生地が入ったボウルを持って、はやてはケーキ型を用意し
ていた。ザルで漉してあげながら、ケーキ型に生地を流し込むんだ。私は棚からザルを
取り出して、ケーキ型の上に翳した。
「入れるで。」
「いいよ。」
 卵と牛乳の混ざった、薄い黄色の液体がカラメルの敷かれた型の上に流し込まれてい
く。これがしばらくしたら、プリンになっちゃうんだ。お菓子を考えた人って、本当に
すごい。
 ボウルに残ったのも、ちゃんとへらで入れてあげる。少なく見えても、残ってるのっ
て集めてみると結構多いからこういうことはちゃんとしなきゃいけないらしい。
「よーし、プリン生地かんせーい!」
 はやてが笑みを浮かべた。
 あとはスポンジ生地を作れば、プリンケーキの一層目が出来ちゃうんだ。
「ほーら、フェイトちゃんそんなにやけるの早いで。
 まだプリンの生地が出来ただけやのに、
 なに満面の笑顔浮かべとんの。」
 はやてが私の頬を抓りながら、可笑しそうに言った。
 次はスポンジ生地作りだ。
 だけどその前に、そろそろオーブンの予熱をしておかなくちゃいけない。スポンジは
生地が出来たらすぐに焼かないと駄目なんだって。次の日とかになったのを焼くと、ク
ッキーとケーキの間みたいな、固いものができあがっちゃうらしい。固めのパンみたい
な。とにかく固いんだって。
「さて、何度で何分間焼くかが問題やな。
 プリンケーキはたいてい170度で40分くらいらしいけど、
 スポンジはいつも作ってる奴のほうが好きなんよね。
 そうすると、155度で50分やし。
 しかも今回、分量が半分やからなあ。」
 うーん、とうなり声を上げながら、はやてはオーブンレンジのつまみをくるくる回す。
「170度で40分の3分の2・・・26分くらいにしとこうかな。
 失敗したら、全部フェイトちゃんが食べるし。」
 あれ、なに、今の最後の一言。
 疑問を感じつつも口には出来ない私を尻目に、はやてはオーブンの予熱を開始した。
「じゃあ、スポンジを作ろっか!」
 有無を言わさぬ勢いのある笑顔で、はやては私を振り返った。
「う、うん!」
 失敗しませんように!
 おいしいプリンケーキをはやてと一緒に食べられますように!
 私、そのためだったらなんだってするから、台所の神様お願いします。心の中でそう
お祈りしながら、私はハンドミキサーを取り出した。はやてはいつも使っているスポン
ジようの古いレシピを取り出しながら、今度はスポンジ生地の材料の確認をする。
「いつもの半分の量やから、えっと。
 フェイトちゃん、材料確認するでー。」
 私は用意したハンドミキサーを台の端において、さっきと同じように敬礼をした。
「了解であります。」
 料理長は少し胸をそらして、大仰に口を開いた。
「薄力粉50g、砂糖62.5g。」
 0.5gはうちの秤じゃ計れないんだけど、四捨五入してもいいかな。いいよね。と
独断で63gの砂糖を計り取り、私は料理長を仰ぐ。
「用意完了です。」
 はやては了解を示すと、次の材料を読み上げる。
「溶かした無塩バター大さじ2分の1と卵2個。
 卵は常温に戻してあるな?」
 言われて私は卵を確認する。午前のうちに冷蔵庫の外に取り出しておいたから、大丈
夫そうだ。無塩バターも用意出来ている。
「全部用意できてるよ!」
 答えると、はやてはハンドミキサーを手に取った。
「じゃあ、さっそく取り掛かるで。
 あ、スポンジ生地も二回焼くから、
 これから使うのも今言った分量の半分やね。
 生地、40分も作り置きしとかれへんしな。」
 そうだった。えっと、じゃあ、これから使うのは、薄力粉25g、砂糖30g、卵1
個にバター大さじ4分の1か。混ぜにくそうだけど、はやては器用だから大丈夫。
 卵を卵黄と卵白に分けて、まずは卵白のほうからメレンゲを作る。塩を少しだけ入れ
てからミキサーで角が立つくらいまでしっかり泡立てる。
「ミキサーの音って、なんとなく怖いよね。」
 ボウルと当たって立てる低い音がなんとなく怖い。台所に悪そうな音だし。
「そう言うても、ちゃんと泡立てないと全然膨らまない可哀想な塊になるだけやで。
 泡だて器でやるのもたいへんやし。」
 慣れた様子でボウルを傾けながら卵白を泡立てていくはやては、この音にも慣れてい
るみたいだ。すっごく様になっていて、見てるだけでなんとなくうれしいっていうか、
はやてってそうだ、私の彼女なんだよなあ、って実感してしまう。エプロンも凄く似合
ってて、少し楽しげにお菓子作りを私のためにしてくれてる。はやてが私のために。
「フェイトちゃん、人のこと見ながらにやにやしとらんで、
 砂糖を半分、ふるい入れてくれへんかな。」
 はやてが若干白い目で私を見上げていた。
「うわぁっ!
 見てたの!?」
 今、絶対、顔にやけてたのに。変な顔してるのはやてに見られちゃったよ、どうしよ
う。ああ、もうどうしてこう、はやてには変なところばっかり見られちゃうのかな。俯
き気味にしながら、私は砂糖を半分ふるい入れる。
 メレンゲの上に降り積もる砂糖と一緒に、奇妙な沈黙も降り積もる。
 沈黙を蹴散らすのは、もう一回起動したハンドミキサーの奏でる重低音で。砂糖を足
したメレンゲをもう一度、角が立つまで泡立てる。ミキサーがなかったらとてもじゃな
いけどケーキなんて作れる気がしないなあ、って私はこれを見るたびに思う。
「メレンゲ完成ー。
 次は卵黄やね。
 フェイトちゃんやる?」
 卵黄の入ったボウルに、塩を一つまみと砂糖の残りを入れながら、はやてが尋ねた。
「うん、やる。」
 私は二つ返事でうなずくと、ハンドミキサーを手に取った。今度はこれをマヨネーズ
みたいになるまで混ぜるんだ。ミキサーを中に入れて、怖いから強さは弱でスイッチを
入れる。はやてはいきなり強でやっちゃうけど、本当に、私これ、怖いから、うん。
 ハンドミキサーはあんまり軽くない、というか振動もあるし、弱でやる以上、それな
りな時間使わなくちゃいけないので、少し腕がだるくなる。それなのに、はやてって、
なんでもそつなくやっちゃうからすごい。
「フェーイトちゃん。」
 はやてが明るい声が私を呼んだ。さっき横に立っていたはずのはやては見当たらなく
て、首をめぐらせると、はやては後ろから私に抱き付いてきた。
「はやて!」
 手を私のお腹の辺りに回して、ぎゅっとしがみ付いて来る。
「んー、なにー?
 私やることあれへんから、ちょお休憩。」
 背中の辺りでくぐもった声を出されるとくすぐったい。思わずちょっと身を捩ると、
はやてが腕に力を込めた。
「今日のフェイトちゃんは活きがええですねー。」
 にやにや笑いながら、はやてが息を吹きかけるようにしゃべる。
「く、くすぐったいよはやて!」
「えー、なにがー?
 おしゃべりしとるだけやんかー。」
 すっとぼけるけど、はやてが笑ってるのが伝わってくる。ちょっと、後ろで震えられ
ると、手元がぶれちゃうんだけど、まだマヨネーズにならない。ら、卵黄さん、もっと
頑張ってよ。
「えへへ。
 もう、フェイトちゃんはいちいちかわええなあー!」
 言いながらはやてはおでこを押し付けてくる。ど、どうしよう、すっごくどきどきし
てきた。はやての顔の位置、ちょうど心臓の後ろくらいなのに、聞こえちゃうよ。だっ
て、はやての胸がどきどきしてるのだって、背中越しに伝わってくるのに。
 あれ?
「はやても、すっごくどきどきしてる?」
 はやてが動きを止めた。
 ハンドミキサーの立てるけたたましい音が台所に響く。
「・・・し、仕方ないやろ。
 好きな人に抱きついてて、どきどきせえへん人なんて、おらん。」
 はやてがか細い声で囁いた。
 私は一つ喉を鳴らした。
 どうしよう、私、多分今、顔真っ赤だ。
 何か言ったら声も何も震えてしまいそうで、私は黙ったまま、卵を混ぜ続けた。マヨ
ネーズみたいなものが出来るまでの時間はものすごく長くて、ものすごく短かった。
「さ、じゃあ、さっきのと、混ぜようか?」
 マヨネーズみたいなのになったのを確認すると、はやてが卵白と混ぜ始まる。その顔
をまじまじと見ることが出来なくて、私は顔をそっぽに向けた。でも手持ち無沙汰で、
だから今までに出た洗い物をし始める。
 卵白と卵黄を混ぜる音と、水の流れる音が重なって、台所は物音で賑やかだけど、私
たちは黙ったままだった。

 あの日、私は転移先の指定をしなかった。
 はやてが転移先の指定を私に委譲していることはわかっていたけど、それだけのこと
をする余裕が私にはなかった。ひたすらに、分散していこうとするはやての魔力を一点
に集中させる、そのことにだけ力を注いでいたから。それに、転移先は自分を原点に据
えた球座標を張るのが一般的だけれど、あのロストロギア自身がどこにあるかなんてわ
からない以上、指定は無意味だった。
 結局、私たちが見つかったのは、第97管理外世界の地球、日本国の海鳴市で。それ
で、ありえないような偶然なのか、それとも私の帰巣本能なのか、私たちが倒れていた
のは、はやての家だった。
 はやては病院で気がついた後、いやあ、これは、フェイトちゃんが私のお嫁さんにな
りたいっていう積極的なアピールやろうか、とかなんとか言ってたけど。でも、私の神
がかった場所指定も、家の中の何処、っていうのまでは及ばなかったみたいで。私は、
なんでもリビングのソファに足を投げ出して、テーブルの方に首から上を引っ掛けて挟
まってたっていたらしい。それを見つけたときの局員さんの反応はどんなのだったろう、
とか悩んじゃうけど。ちなみにはやてはというと、私のお腹の上に載っていて、すっぽ
りソファとテーブルの間にうつぶせに挟まってたらしい。私たち、隙間が好きなのかな。
 それで、病院にお見舞いに来た母さんから聞いた話なんだけど、その、見つかったと
き、私とはやては、

「ほら、フェイトちゃん、薄力粉混ぜるのやってみたかったんとちゃうの?」
 はやてが私を呼んだ。
 ミキサーで卵黄と卵白を混ぜ終わったらしいはやてが、ミキサーの混ぜる部分を取り
外しながら手招きをする。
「うん、やる。」
 私はうなずき、洗ったへらを手に取った。薄力粉とベーキングパウダーをほんの少し
ふるいにかけて、生地の上に半分ほど落としていく。空気を含んでふわふわに膨らんだ
卵の上に積もっていく薄力粉は砂糖よりもやわらかそうで、手で触ってみたくなるけれ
どそこは抑えてへらを握り締める。
「フェイトちゃんええ?
 切るように混ぜるんやで。
 折角ふわふわになった気泡をつぶしたりとか、
 やたらとこねったりしたら絶対だめやで。
 切るように、ええね?」
 はやてが真剣な眼差しで私に言い聞かせる。ここが一番重要で、はやては今まで一度
も私にやらせてくれなかった。けど、今日こそはやらせてもらえる。はやてがへらを持
つ私の手を握った。
「失敗したら、フェイトちゃんに一人で食べてもらうで。」
 そんなの嫌だ。
「頑張る。」
 私は今まで見たきたはやてのやり方を思い出しながら、生地にへらを立てた。大体、
1、2、3回くらい縦に生地を切ったら、器の周囲に沿うようにへらを走らせて、半分
くらいまで行ったら手首を返して生地をひっくり返す。潰さない様に、練らないように
そしてあんまり時間をかけすぎないように、リズムよく混ぜていく。多少、かさは減る
けどそれはそういうものらしい。
 はやてが私の手元を覗き込んだ。
「お、上手やんか。
 その調子その調子。」
 大体混ざったかな、というところで私の手を止めさせて、はやてが残りの薄力粉を入
れた。切るように混ぜる、っていうのをやっているときの音が気持ちがいい。手ごたえ
もやわらかいし、何よりケーキ作りの大切な工程で、これをやっているはやては格好よ
かったからやってみたかったんだ。
 薄力粉がちゃんと混じったかな、ってなったので、はやてが完了のサインを出した。
「よし、スポンジ生地作りも終了!
 あとは型に流し込んで焼くだけやね。」
 そのとき丁度よく、予熱が終わったと電子音が知らせた。
 プリン生地の上にゆっくりとスポンジ生地を流し込んでいく。プリン生地の上に、ス
ポンジ生地が浮いちゃうから、マーブルの怪しい物体になる心配はない。最初にはやて
がやってるのを見たとき、慌てて止めに入ったのも今となってはいい思い出。
 170度に温まったオーブンをあけると、熱が顔を襲った。
「はいはい、どいたどいたー。」
 両手で型を持って、はやてがオーブンの中にプリンケーキ・生を入れる。それから、
お湯を天板に張って私がオーブンのドアを閉めると、はやてはスタートボタンを押した。
「170度、26分間。
 スタートっ!」
 オーブンが電子音で短く返事をした。