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第十一話









 なのはは、はやてが先程まで映っていた空間モニタの在った場所を、変わらず見つめて
いた。光の無い室内は、全てが溶けて混じり、薄く差し込む月明かりだけが、おぼろげに
いくらかのものの輪郭を青く照らし出している。
 フェイトが犯罪に加担しているということは、もう否定しようの無いことだった。虚数
空間すら航行できる戦艦というキーワードによって導き出される彼女の動機には、みな一
致した推測を与えていた。
 すなわち、フェイト・T・ハラオウンは虚数空間での航行能力を手に入れることによっ
て、かつてその狭間に消えた母、プレシア・テスタロッサとその娘アリシア・テスタロッ
サの亡骸を取り戻し、アルハザードを目指そうとしている。
 なのはは目を閉じた。
 10年前の、崩れ行く時の庭園の中をなのはは飛んでいた。
 なのははプレシアが虚数空間に飲まれていくところは見ていなかった。なのはが見たの
は、静止するアルフの声すら耳に入っていない様子で、その底すら見えない空間を見つめ
続けている、危なげな、か細い後姿だけだった。
 彼女が消えていきそうで、そんなことだけは嫌で、必死に手を伸ばした。腕がつりそう
だったことを、今でも覚えている。
『フェイトちゃん、飛んで!』
 この手を掴んでくれた、あの時のフェイトの顔は、まだ現実を飲み込めず、涙も流せず、
ただ突然訪れた喪失を、呆然と抱えているだけの顔だった。
 プレシアは、実質的に死亡扱いとなった。
 しかし、思い返せば、フェイトは一度だって、プレシアを弔ったことなど無かった。
 フェイトの中で、プレシアの死が受け入れられないことなのか、それともまったく違っ
た心の機微なのかは、なのはには計りかねたし、フェイトが抱き続ける深い愛も、何処ま
で理解できていたかは自信が無い。それぐらいにフェイトの事情は特殊と言えた。
 ただ、確信を持っていえることは、フェイトが今でも、プレシアを変わらず愛している
ことだった。一途に。
 私には、フェイトちゃんの気持ちは、判らない。
「フェイトちゃん、寂しかったのかな。」
 ぽつりと、口から言葉が零れて。でも、それも、なんだか違うような気がした。

 10年間。
 それが、フェイトと共に過ごした時間だ。
 彼女の微笑を見るだけで、幸せになれた。嬉しかった。
 寂しそうな横顔も、決意に満ちた双眸も、何もかも。

 同じくらいだった身長も、中学に入るころには開きが出て、なのははフェイトを見上げ
ることばかりになった。一緒に歩いているだけで、すぐ隣にあった顔が、少し遠くに行っ
てしまったことが、最初不満だった。自分の背は彼女に追いつくまで伸びそうにもなかっ
た。
 でも、見上げた視界の中、青空を背負って笑う彼女の赤い瞳が、日の光に煌くのが綺麗
で。
 夏が大好きになった。
 木枯らしに吹かれて、風に乗る木の葉に手を伸ばしている彼女を見ると、少しの寒さな
ど忘れてしまった。彼女は色づいた落ち葉を一枚、私に見せて、落ちる前に拾ったんだよ、
と自慢げに笑って、その葉っぱを私の手に載せた。
 秋が大切になった。
 息が白く凍って、歩いていても寒くて、指先が悴んだ私の手を、彼女の手が優しく包ん
でくれた。彼女の手も、同じくらい冷たかったけど、手を重ねていると、だんだん触れ合
った部分から温かくなって、手を離すのが惜しくなって、分かれ道で手を繋いだまま、二
人して立ち尽くしてしまった。
 冬が暖かくなった。
 桜の花びらが降り積もっていた。
 木の下に座っていたら時は止まって。
 彼女は私の髪に手を伸ばして、ついていた花弁を取ってくれた。そして、零れるような
笑顔を、私に向けてくれた。
 なのはが、好きだよ。
 春が特別になった。

 彼女が居れば、どんな世界の、どんな景色だって煌いていた。
 砂漠の塵だって、星の輝きに変わり、吹き荒れる嵐だって、満場の喝采に聞えた。

 これが恋というものなら、もう、彼女に恋をしていない自分には戻れないと思った。


 大怪我をしたとき、彼女は変わらずに居てくれた。翳ることのない太陽だった。心配や
気遣いでなく、ただひたすらに受け止めてくれた。焦りも、不安も、恐れも、それが日常
の些末なことであったかのように、何気なく。
 彼女の存在が、私に安心と言うものを与えてくれた。

『なのはは、特別だよ。
 私に、始まりをくれた。』
 いつか、彼女はこんな風に言っていた。夕暮れだった。小高い丘から、ビルの隙間に落
ちていく真っ赤な太陽を見ていた。
『リンディ母さんも特別。
 私に、家族を教えてくれた。
 私を大切に思ってくれてる。』
 彼女の口から、たくさんの人の名前が零れた。
 アルフ、はやて、すずか、アリサ、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ、クロ
ノ、エイミィ、スバル、ティアナ、キャロ、エリオ、シャーリー、ヴィヴィオ、
 それは、およそ彼女が今までに出会ってきた、全ての人だった。
 全ての人を挙げて、彼女は言うのだ。
『私は、みんなが特別だよ。
 私に関わって、私といっしょに生きて、
 そして、今の私を作ってくれている。
 みんなが、私、大好きなんだよ。』

 私は自分の中に、彼女への愛を確かに認めた。

 優しくて、強くて、可愛くて、世界で一番の人だった。
 私はみんなのことが大好きな彼女が大好きだった。
 私を好きだと言ってくれた彼女が好きだった。
 恋も、愛もひっくるめて、私は彼女が好きだった。


 なのに、目の前の記録はまったく違うことをなのはに告げていた。それは、一つの決定
的な事実で、そして、否定する要素を、なのはは見出すことが出来なかった。
 ―――――フェイトが、皆を捨てて、母唯一人の元へ行ってしまった事。
 なのははこの件に関して、干渉する権限を与えられていなかった。辞令も無く捜査を行
うことは、戦技教導官としては越権行為に当たる。戦力的な応援としてなら、呼ばれるこ
ともあるが、今回に限って言えば、その可能性はない。
 なのはは、フェイト相手には近すぎるのだ。
 そしてそれゆえに、管理局は未だになのはに対して懐疑的であることを確信していた。
流石に自分が犯罪を行ったわけではないので、監視がついていたり、行動制限があるわけ
ではないが、不審な行動を取ったりすれば、身柄を拘束されるであろうことは確実とみて
間違いなかった。
「フェイトちゃん・・・早く、帰ってきてよ。」
 ここから動けない自分がもどかしく、思わず口から漏れた言葉は、自分でも驚くほどに
弱く。そして、気付いてしまった。

 彼女は、帰ってこられるのだろうか。

 はやてが上手く身柄を確保したところで、フェイトは犯罪者だ。しかも、明確に自分の
意志で以って行っている。何年、獄中にいることになるのだろう。昔のように手錠をされ
て、狭い部屋に閉じ込められて。
 いったい、いつ、自分は彼女の微笑みに触れることができるのだろう。
 はやての先程の言葉が蘇る。
『フェイトちゃんに対する、非殺傷設定の解除が許可されたんよ。』
 何百年待とうと、彼女の微笑みに触れられなくなる未来が、あった。
「フェイト・・・ちゃん・・・。」
 彼女を失うなんて、想像するだけでも怖くて仕方なかった。

 彼女が居れば、どんな世界の、どんな景色だって煌いていた。
 砂漠の塵だって、星の輝きに変わり、吹き荒れる嵐だって、満場の喝采に聞えた。

 私はもう、彼女が居ない世界には戻れないと、思った。



 なのはは立ち上がった。日が昇るには、まだあと3時間はあるだろう。簡単に身支度を
して、明けぬ夜空を見上げた。テーブルの上には、ヴィヴィオへの置き書きを残す。なん
てことはない、朝御飯用意できなくってごめんね、学校頑張ってね、それだけだ。
 なのはは、首に提げたレイジングハートを握り締めた。
 バリアジャケットを展開させると、髪型がサイドテールからツインテールに変わる。な
のはは手中の杖を握り締めた。

 フェイトの望みは、もう皆と生きることではないのかも知れない。
 フェイトの幸せは、もうここにはないのかも知れない。
 そもそも、ここにはなかったのかもしれない。

 でも、勝手かもしれないけど、
 フェイトの幸せは、皆と共に生きることだと、思う。


「私は、何をしてでも、フェイトちゃんを止めるよ。」


 あなたが自分で、自分の帰る場所を壊さないように。

 たとえあなたを、傷つけたとしても。