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第十二話









 上空は、夜風が一際冷たかった。吐いた真っ白い息が、強い風に煽られて棚引いて消
える。雲間からはアルトセイムの山並みのみならず、遠く離れた海までもが見下ろせた。
 山の麓、町の方には、明かりが見えた。家々から零れる灯火。互いに、求めて、そし
て得られなかったもの。でも、それも互いに9つの時までだったと、思う。いや、思っ
ていた。
 はやては広域魔法のチャージを行いながら、低空で刃を交えるフェイトとシグナムを
見つめた。ヴィータも中距離からフェイトを撃つが、数多の機動兵器に邪魔をされて、
どちらも今一つ攻めあぐねているが、それでいい。二人の役割はフェイトへの牽制だ。
ザフィーラを盾とし、はやてがチャージを終わり次第、殲滅攻撃を行い機動兵器を一掃
する。それまでの時間稼ぎだ。その間にも、フェイトが隙を見せたならば、シャマルが
捕獲魔法を放つ。
 機動兵器は現在までの報告にあったものに比べて、性能は一段上と言ったところだが、
所詮その程度だ。一撃で9割を掃討することは容易いだろう。
 憂慮すべきは、そんなことではないのだ。
 レヴァンティンの刀身から打ち出された衝撃波が、プラズマランサーを撃ち落す。其
処へ間髪入れずに放たれた機動兵器からの攻撃を、シグナムは身を捻ってやり過ごした。
フェイトがシグナムから距離を取ろうとするのをヴィータの鉄球が阻む。足を止めれば、
シャマルが捕獲魔法を行使するということを悟っているのであろう、フェイトは追尾し
てくる鉄球を機動兵器一機を盾にして相殺した。爆発が巻き起こる。
 これがいつも通りの、魔力ダメージに限った戦闘ならば、フェイトを捕まえることは
難しいことではない。だが、今は殺傷設定で戦闘を行っているのだ。
 上からの命令だけならば、わざわざ殺傷設定で戦闘をする義理はないだろう。現在、
戦線に出ているのは自分達だけなのだ。この場に居もしない人間の言葉に従う理由はな
い。所詮こちらは地上部隊の人間だ、次元航行艦隊の間でいくら不評を買おうが、この
際知ったことではない。
 フェイトに対して、殺傷設定で使わざるを得ないのだ。数十機もの機動兵器を相手に
しながら、殺傷非殺傷をそれほど素早く切り替えるというのは非現実的であるし、そも
そも非殺傷設定では物理破壊を起こす殺傷設定に比べて、効果という意味で劣る上に、
互いに打ち消し合うことが出来ない。
 この数回で交戦した局員達は皆、殺傷設定で魔法を使用したはずだ。そのためだと思
いたい。フェイトの魔法もまた、全て殺傷設定だった。
 シグナムが剣を振るった。炎が吹き荒れる。熱風が吹き上げて、はやての頬を撫でた。
アギトとユニゾンしているシグナムは、本来ならば中距離空間殲滅攻撃火龍一閃で、機
動兵器を叩くことが出来る。
 それをしないのは、例え落とせと言われていたとしても、落とすと宣言していたとし
ても、落とさなければならないとしても。
 傷つけたくないのだ。誰も、皆、フェイトを傷つけたくない。
 そして、戻ってきて欲しいのだ。
 共に過ごした10年を、何の価値もなかったなんて、言って欲しくない。そんなこと
を思ったまま、そんな言葉を最後にして、居なくなって欲しくない。
 はやて達が家族を得た10年。
 そして、フェイトが生まれ変わった、10年を。
「行くで、リィン。」
 フェイトにだって、否定させはしない。
 はやてがチャージを終えた。ベルカ式魔方陣の正三角形の各頂点に、白銀の輝きが眩
い光を放つ。夜空が白に染まる。
 シグナムとヴィータが示し合わせたように、戦列を退く。射程内には、機動兵器の多
数と、フェイトのみになった。はやての声が夜天に響き渡る。
「響け終焉の笛―――――、」
 はやての眼前にフェイトが立っていた。
 鼻が触れるのではないかという程に近く。フェイトの笑みがはやての視界を埋める。
フェイトの背後で、はやての魔力が一際強く輝いた。逆光の中、笑顔で細められたフェ
イトの目が開かれる。仄黒い深紅の瞳が、はやてを見つめた。
「ラグナロクっ!」
 はやては悲鳴染みた声を上げて、直射型砲撃魔法を解き放ち、シュベルトクロイツを
翳した。其処へ、バルディッシュが振り下ろされる。
「――――っ!」
 魔力が鬩ぎ合い、閃光が視界を灼いた。金色と白銀が絡み合い弾け散る。フェイトの
方が力は強い。押し切られる前に、はやては魔力を放出した。
 炸裂する輝きに、一瞬視界が埋め尽くされる。はやては大きく後ろに回避を取った。
息を吐く間も無くフェイトの姿が掻き消える。次の瞬間には、頭上から金の矢が降り注
いだ。咄嗟に展開したシールドが爆発に軋む。
「ターン!」
 フェイトの鋭い声に、はやてはフィールドの横を逸れていったものがあったことを思
い出した。杖を握る右手を背後に向けて、フィールドを形成する。視野が金色という名
の暗闇覆われ、前後不覚に陥る中、弾幕を突き破り、ザンバーを振りかぶったフェイト
が姿を現す。
 避けきれるタイミングではなかった。強靭な一閃が袈裟懸けにはやてを斬り付ける、
その時。 二人の間に、一つの影が割り込んだ。
「シグナム!」
 はやてが彼女の名前を呼ぶ。レヴァンティンが炎を上げた。
「貴様の相手は、この私だ!」
 シグナムが吼え、強く踏み込んだ。その強烈な踏み込みに、フェイトの体は後方へと
押しやられる。そこへ、ヴィータの魔法が殺到する。
<< Schwalbefliegen. >>
 フェイトの体が、光に飲まれた。
 はやては少し距離を取り、視界が晴れるのを待った。息を整えつつも、背中がじっと
りと汗で濡れていくのを感じる。
「フェイトちゃん、投降して!
 今、投降して捜査に協力すれば、少しは罪が軽くなる。
 やから!」
 夜風を切り裂く叫びがこだました。足元を月明かりに照らされた黒い雲が流されてい
く。爆煙が晴れ、頭上に輝く白い月が、フェイトの姿を青白く夜空に浮かび上がらせた。
「母さんと姉さんを助けられるなら助けたいって思うことは、
 そんなにおかしいことかな、はやて。」
 フェイトの声は風に流れて届いた。その白いバリアジャケットには、ところどころ赤
い飛沫が散っている。防ぎきれなかった攻撃が、フェイトの手足を傷つけていた。致命
傷に至るようなものではない。数分もすれば、血は止まるような浅い傷。
「ただのお慰みの人形やったなんて、親やなくたって言わへんよ。
 フェイトちゃんのこと、最後まで見てくれへんかった人やよ。
 そんな人の方が、ええの?」
 そうと判っていても、はやては胸の中が熱く、ぐらぐらと沸き立つのを止められなか
った。感情の窺えないフェイトの眼差しが、揺れる自分を映している。
「10年やよ、フェイトちゃん。
 みんなのこと、大好きやったんとちゃうん?
 大切にして、守って来てくれてたんとちゃうん?
 それは全部嘘だったん!?
 お母さんの代わりだったわけやないやろ!?」
 はやての言葉に、フェイトの顔色が初めて変わった。口が皮肉気に歪む。金の前髪の
奥で、赤い瞳がはやてを睥睨した。はやては猶も言い募る。ずっと抱えていた言葉。
 もうそれ程の時を要さず、増援と称して武装局員が送られてくるはずだ。何人来るの
かは知らないが、纏まった人数が来るのは確実だ。そうなったら、もう、はやてにはど
うしようもない。
 でもそんな風には、絶対に、なって欲しくなかった。だから、叫ぶ。
「その10年をフェイトちゃんは捨てるって言うん!?
 皆と一緒に生きてく未来を亡くしてまで、
 そんなお母さんに助ける価値があるん!?」
 フェイトの目が鋭く細められ、はやてを射抜いた。嘲りを混ぜ、押し殺した声がはや
ての耳朶を叩く。
「はやてには判らないよ。」
 バルディッシュザンバーの刀身が、光を放った。刃越しに、フェイトが紡ぐ。平坦な
声を発する、その表情がどんなものなのか、
「両親の顔も覚えていないはやてなんかに、判るわけない。」
はやてには光に阻まれて、知ることは出来なかった。
 冷たい風が、フェイトの外套を大きく翻した。
「私は、何をしてでも、成し遂げる。」

 光の剣、その切っ先がはやてに向けられた。
 フェイトが叫ぶ。
「絶対だ!」

 はやては目頭に熱さを覚えた。零れそうになるものを振り切って、シュベルトクロイ
ツを握り腹の奥底から怒鳴る。
「フェイトちゃんの、あほぉ!!」
 シグナムとヴィータ、二人が同時にフェイトに攻撃を加えた。ラグナロクは管制を失
っていたため、機動兵器は想定の半数ほどしか撃墜出来ていなかったが、それでも戦力
を殺ぐ結果にはなった。
 はやては夜天の魔導書を繰りながら、声を張り上げる。
「フェイトちゃんはこれじゃあ幸せになれへんよ!
 こんなこと続けた先に、
 虚数空間なんかにフェイトちゃんの幸せはあらへんよ!
 もっと、近くに、あったんと違うの!?
 それを見失ってるだけやないの!?
 フェイトちゃん!」
 フェイトはヴィータの一撃を左腕の篭手で弾き、シグナムの剣を受け流す。命が惜し
くないとでも言うような、紙一重の防御。無理な体勢のまま、フェイトは振り返りもせ
ず、シャマルの方へ牽制の射撃魔法をぶつけて、言う。
「私は幸せになれるよ。
 だって、私が幸せになるために、やってるんだから。」
 その言葉を最後まで聞き終わらないうちに、はやての周囲に全方位型防御魔法が自動
で展開された。突然のことに驚愕を受けた瞬間、目の前にバルディッシュの切っ先が現
れた。眩いまでの光の刃は、防御壁をやすやすと叩き割る。はやての目が見開かれる。
「ライオット―――っ!」
 はやては迫るライオットザンバーの魔力刃をシュベルトクロイツの柄で受けた。シュ
ベルトクロイツが高圧力の刃の前に、一方的に身を削られる甲高い音が鼓膜を振るわせ
る。
 打ち合わされた光の剣と十字架が放つ閃光が夜空を吹き飛ばした。



 爆発の残響が、消えていった。
 魔力光の残滓が散り、大気に溶ける。暗さを取り戻した夜空に、漂う姿は一つきりだ
った。白い外套が翻る。金色の髪が、風に流れた。
「はや・・・ては?」
 ヴィータは静止している彼女に追撃を加えるのすら忘れて、その姿を見上げた。月光
の中浮かぶ、彼女の姿に目を凝らす。左手に、何かをぶら提げていた。ぼろぼろの、そ
れは。
「―――――はやて。」
 力の抜けた身体は、気を失っているようだった。手足はだらりと、風に吹かれるまま
揺れている。バリアジャケットは大きく切り裂け、上着は腕に引っかかっているだけだ
った。剥き出しの肩からは、血が滴っている。肩だけではない、足も、腕も、破けた肌
から血が溢れて、雨のように降り注いでいる。
 ユニゾンは既に解けていた。投げ出されたリィンが、呆然とはやてを見つめている。
フェイトの傷ついた左手から流れる血が、はやての顔に雫となって落ちて、汚していっ
た。閉じられた目蓋も、頬も、薄く開いた口の端にも、べったりと血が伝い、こびり付
く。
 フェイトはそんなはやての顔を見下ろし。掴んでいたはやての襟首を放した。はやて
の体が、枯葉のように、空に舞った。
「はやてぇぇぇええええええええええ!!」
 ヴィータが絶叫を上げながら、落ちていくはやての身体に追い縋る。長く尾を引く悲
鳴に、フェイトの左手が魔方陣を向ける。
「プラズマスマッシャー。」
 雷光を伴って、砲撃魔法が打ち出された。その光は、まっすぐにヴィータがはやてを
捕まえる地点目掛けて突き進む。
「貴様ああああああああああああああっ!!」
 厚い大気の壁を突き破り、シグナムの咆哮が天を穿ち、フェイト目掛けて燃え上がる
レヴァンティンが叩きつけられる。雷光を纏うライオットと、互いに身を削りあい拮抗
する。熱で大気が灼き切れる。立ち上る陽炎越しに、視線がぶつかった。
「主はやては、貴様のことをずっと気遣っておられた!
 盗賊等と徒党を組む貴様を、許していた!
 貴様の帰るべき場所を、守ろうとしていたのだ!
 それを、貴様は―――――っ!!」
 フェイトの深紅の眼差しが、シグナムを微動だにせず見つめる。眉一つ動かさず、言
う。口元に張り付いた微笑が憎い。
「はやては、やさしいからね。」
 シグナムのレヴァンティンを握り締める腕に、憤怒の力が加わった。激昂が喉を突き
破る。炎が身のうちから溢れ出る。
「貴様だけは、許さん!!」
 絡み合う雷光と炎が瞬間、爆発的に弾けた。轟音が鼓膜を破り、二人は互いに吹き飛
ばされるように距離を取って、互いに剣を構える。高い位置に飛び上がったフェイトが、
シグナムを見下ろして。
 そして、

「フェイト・・・ちゃん?」

 小さな、呟くような声が、零れるのを聞いた。その場に居る全員が振り返る。白のバ
リアジャケットと、栗色のツインテールが夜風に煽られていた。
 フェイトの口から、彼女の名前が落ちた。

「なのは。」