10.スパイスはたっぷりめで










「管理局は舐めてんのか、
 こんなガキ寄越しやがって!」
 怒鳴り声を上げて、お兄さんが手近に在ったデスクを蹴り飛ばした。金属のひしゃげ
るけたたましい音が響き渡った。私じゃとても動かせないようなデスクがひっくり返っ
て、書類も機材も全部薙ぎ倒される。
 握り締めた掌に、汗がじっとりと滲む。さっきの炎の中で流れていた汗とは違う。で
かいおっさんやお兄さんに囲まれて、私の足はもう震えてしまいそうやった。
「名前、所属、階級、魔導師ランク全て話せ。」
 さっきの魔導師のおっさんが、デバイスを私の首筋に突きつける。金属が食い込んで、
私は否応なく顔を上げさせられた。おっさんの目は、ほんまにぎらぎらと光ってる。油
の滾った水面みたいに。
 私の階級は、言えない。
 嘘を吐くことになってしまけど、二等陸佐だなんて、そんなの。
「時空管理局地上部隊所属、八神はやて一等陸士です。
 魔導師ランクは空戦A。」
 何とか吐き出した私の声は、震えていた。
 おっさんが鼻を鳴らした。見下してくる目を見ていられなくて、私は顔を背けた。爆
発のあったとこより10階以上のぼったフロアの、そんな広くないこの部屋におるのは、
全員犯人さん達や。しかも、全員が全員、がたいのええ、いかついおっさんお兄さんで、
みんなデバイスやなんかで武装して、私を見据えている。私はシュベルトクロイツを取
り上げられて、バリアジャケットも解かれて、手にもポケットにもなんも持ってなくて。
 怖い。
 どうして爆破させたのかとか、交渉役の人はどうしたのかとか、フェイトちゃんはと
か、どうにかして聞き出したいって、さっきまではそう思っとったのに、いざ囲まれる
と唇を噛んでないと、震えてしまう。
 私、なにやってるんやろう。
 こんな風に考えもなしに突っ込んで、勝手に捕まって、フェイトちゃんがどうなって
るかもわからない。もっと考えれば、あんな風にかっとなって突っ込まないで、冷静に
なって考えていれば、もっとずっと、確実な方法があったかも知れへんのに。ちゃんと
フェイトちゃんを助けるために動けたはずなのに。
 フェイトちゃん、ごめん。
 私、フェイトちゃんになんにもしてあげられなくて、それどころか、私のせいで。本
当に、ごめん。ごめんなさい。
 それでも、お願いや。
 フェイトちゃん無事でいて。
「ただの下っぱか。」
 呟いたおっさんの声に、私は目蓋を押し上げた。鈍く光るおっさんの目の奥底で、な
んかが鈍く揺らめいとるのが判る。おっさんが哂って、突きつけられていたデバイスで、
私は後ろに突き飛ばされた。
「―――っ。」
 よろめいて後ろに倒れ掛かると、誰かが私の背中を支えてくれた。
 振り返ってみると、それは、さっき机を蹴り飛ばしとったお兄さんやった。お兄さん
は笑みを浮かべて私を見下ろして、私の肩に手を置く。分厚い、靴底みたいな手。
 もう片方の腕が動いた。

 とんでもない音と衝撃が、頭の中で弾けた。
「―――っ!」
 真後ろに倒れそうになるのをどうにか踏みとどまる。
 痛い。頭が、ぐらぐらする。口の中に液体が溢れ出した。変な味の液体が口の中に溜
まってくる。苦くて、妙に喉に絡む味。左頬がじんじん熱くって、腫れあがって来とっ
た。ほっぺたを押さえると、掌が冷たい。私、いま、何されたんやろう。妙に床が歪ん
で見えるのは、なんでなんかな。わからへん。
 お兄さんが私の目の前に立ちはだかった。お兄さんの顔見上げてるだけなのに、天井
まで視界に入る。お兄さんは、さっきとおんなじ顔で笑っとった。ちょっと爽やかだけ
ど、なんかが惜しい表情。
 お兄さんは笑顔のまんま、腕を振り上げた。

 咄嗟に翳した両腕を突き抜けて、お兄さんのパンチが顔面に入った。
 鼻から嫌な音がした。
 しかもなんかが流れてくる感じがして、私は両手で鼻を抑えた。鼻水とちゃうんかな、
やたらさらさらしてて、そのくせ手がべたべたに濡れてでも止まらへん。やたら熱い液
体は鼻から垂れて、顎まで一気に伝い落ちてってしまう。指の隙間から染み出して、掌
から零れたりしてだらだら流れて、制服が汚れる。なんや、これ。鼻水これだけ出ると
か、花粉症のサラブレットかなんかですか私は。
 もうハンカチでも使わんと埒があかん。片方の手を引っぺがして、私は掌を見た。
「うわ・・・。」
 左手は血塗れやった。
 火サスの犯人並とは言わへんけど。こんないっぱい、鼻血が出るなんてあるんや。口
の中いっぱいに広がっとるこれってじゃあ、やっぱり血の味なんかな。
 私、そうや、自分で犯人さん達の中に、飛び込んできちゃったんや。
 なに今更実感してんねやろ。思いっきり、二発もぶん殴られた後で気づくとか、どう
かしてるんちゃうか。血、止まらへん。こんな鼻血出るなんて、骨とか折れた? どう
しようこれ、どうすればええの。怖いよ。
 お兄さんがけだるげな風に、私に向かって歩いてくる。目だけが充血してて、爛々と
光っている。その握り締められた骨ばった手には、血がついていた。
「・・・あ、う。」
 足がじりじりとしか、後ろに下がれへん。それなのに、お兄さんは大またで進んでき
て、どんどん間が詰まってしまう。何処に逃げればええの? 周り、おっさんたちに囲
まれてて、後ろにだって、居るのに。逃げたらきっと、お兄さんの方に突っ返されてし
まうだけや。
 お兄さんが迫ってくる。ま、魔法で、防御することくらいは、できる、デバイスがな
くたって。でも、刺激するとかいうことになっちゃうんやないかな、どうなん、私、ど
うしたら。
 お兄さんの腕が、私に向かって伸びてきた。丸太みたいな腕が、こっちに向かって。
 私は思わず後ろに身を翻した。
 途端、何かにぶつかる。なんかわからへんけど、慌てて離れようとしたら、腕を掴ま
れて思わず顔を上げた。そこにおったのは、ストレス溜まってそうな、おっさん2やっ
た。おっさん2は笑ったまま、片腕で私を思いっきり後ろに突き飛ばした。胸に掛かっ
た重い衝撃で息が詰まる。思わず何歩か後ろにふらついて。
 とん、と背中が何かにあたった。後ずさった先、そこに居るのは、