13.メインディッシュが拍子抜け!?










 いくら待っても砲撃は飛んでこなかった。
 代わりに上がったのはおっさんの悲鳴染みた声やった。
「な、消えただと!?」
 硬く瞑っとった目を、ぎゅっと丸めとった体を慎重に解いておっさんを伺う。おっさ
んは振り上げたデバイスを見て目を丸くしとった。その先にチャージされていた魔法が
掻き消える。結合を解除された魔力が崩れて、まるで水を零したみたいにさっと広がっ
て、空気の中に溶けて。
 それと共に感じる、肌が震えるような緊迫した空気。私の手を縛っていたバインドは
いつの間にか解けとる。これは、
「AMF!」
 魔導師のおっさんが叫んだ瞬間やった。
 金色の障壁がおっさん達と人質を隔絶するよう立ちはだかった。
 金色の閃光。よく知っとる魔力光。ずっと、ずっと待っていた、光。金色の障壁は人
質さんを守るように聳え立ち、AMFに削られながら迸らせる輝きがフロアに満ち溢れ
る。弾け続ける眩い金色の光に影が真っ黒く灼きつけられて、景色が燃え上がる。
 その中で、靴音が一つ、鳴った。
「あ、ああ・・・。」
 光の中心、人質を守るように、白い外套が翻る。長い金の髪が透けるよう煌き、端正
な顔立ちを影が彩る。その手にするのは金の宝玉を抱く、斧を模った黒いデバイス。バ
ルディッシュアサルト。
「管理局です。
 今すぐ武装を解除し、投降してください。」
 良く通る声が形の良い唇から紡がれる。
 赤い瞳をおっさん達にまっすぐ向けるその人は、その人は、―――――!
「さもなくば、
 直ちに実力を以って排除する!」

 フェイトちゃん!

 テレビの中でもない、幻でもない。フェイトちゃんが来てくれた。そんで、フェイト
ちゃんがめっちゃかっこよく、おっさん達に立ち向かってくれてる。待ってた。ずっと、
待ってたんやよ、フェイトちゃん。
「とうとう痺れを切らして、一斉突入を開始したというわけか。」
 おっさんが苦々しく言いながら、わずかに後ろに下がる。デバイスは下ろされたまま、
魔法を展開する気配は無い。たぶん、このおっさんにはこんなに強いAMFの中では魔
法を使うことは出来ないんやろう。
 ううん、たぶん、ほとんどの魔導師はこんなに強いAMFの中じゃあ、魔法なんてま
るで使えへんはずや。私やって、どれだけ使えるかわからへん。
「これ以上あなた達の好きにさせるつもりは、
 この世界の政府にも、私たち管理局にもない。」
 フェイトちゃんの背後で、障壁の光が一層激しく弾ける。高濃度のAMF内で広領域
をカバーする防御魔法を維持し、なおかつ戦闘を含む作戦に参加するなんて、並大抵の
魔法制御技術で出来ることやない。
 フェイトちゃんが鋭く言い放つ。
「さあ、今すぐデバイスと武器を捨てて、両手を壁につくんだ。」
 射撃魔法が待機状態になっているんが空気を伝わってくる魔力の振動でわかる。これ
は多分わざと。自分の方が力があることを暗に見せつけとるんや。フェイトちゃんが水
平に構えたバルディッシュ越しにおっさん達を睨み付けた。
「今すぐだ。」
 もうおっさんにとってはなんの意味も持たなくなったデバイスが空を掻いて揺れた。
魔導師に対して、容易に携帯できるほど小型の銃火器はあまり意味を持たへん。魔法も
使えなくなったおっさんに、もう打てる手立てはないんやろう。
 でもおっさんは鋭く舌打ちをして、左手をポケットに滑り込ませた。滲む気配がなん
や変わる。このおっさん、やばいものでも持ってるんじゃ。
「AMFだけで起爆を止められたと思ってるのなら、大間違いだ。
 最初から、こちらには死ぬ覚悟があるんだ!」
 怒号を張り上げ、おっさんが左手に力を

 フェイトちゃんが低い、脅すような凄みの在る声を這わせた。
「今すぐ、全員に投降するよう伝えるんだ。」
 おっさんがフェイトちゃんによって床にねじ伏せられていた。
「な・・・。」
 おっさんが呆然とした声を漏らす。私にもまったく見えへんかった。この距離で使う
ソニックムーブは、もう瞬間移動の域に達しとる。捻り上げたおっさんの左手からライ
ターくらいの大きさの何かが転がり落ちる。フェイトちゃんはそれを拾い上げると、バ
インド魔法でおっさん魔導師を拘束した。
「か、管理局がふざけやがって!
 俺のほかにも起爆できる奴は居るんだ!
 引っ込むのはそっちのほうだ!
 全員死にたくなかったら、今すぐお前らこそ武器を捨てろ!!」
 地面に這い蹲ったままおっさんが張り上げた怒鳴り声はひび割れとった。血走った目
がコールタールみたいにどろどろ揺れる。爆弾自体は質量兵器やけど、起爆装置は魔法
で作動するってことを、さっきの爆発の時に多分フェイトちゃんは知ったんやろう。せ
やからAMFを展開してから突入してきた。でも、おっさんの手から落ちたのは、魔法
による起爆装置やなくって、電波かなんかにより作動させるためのものなんやろう。二
つの起爆機構を持った爆弾だなんて。
 防御魔法じゃ、そんな装置の作動までは止められへん。他におんなじものを持ってる
人がいるんやとしたら、このビルは。
 立ち上がったフェイトちゃんがおっさんを見下した。
「あなた達の誰にも、このビルは爆破できないし、
 させたりなんかしない。」
 フェイトちゃんが淡々と宣言した。構えるでなくおろされたバルディッシュの宝玉が
静かに淡い光を宿しとる。冷静なフェイトちゃんの眼差しに、その居住まいが重なる。
これが、執務官として任務に就いとるフェイトちゃんなんや。いつも、隣やったり、後
ろやったりしたから、フェイトちゃんのこんな顔知らへんかった。フェイトちゃんのこ
んな声知らへんかった。
 フェイトちゃんがこっちに背を向けて、もう一人の方に振り返ったそのとき、それま
で呆然と突っ立っていた男の一人が、踵を返して私に向かってきた。
 逃げたいでも、足が動かないっ。
 瞬く間に襟首を掴み上げられて無理やり膝立ちにされて、頭に何かが押しつけられた。
「―――っ。」
 硬い感触。見えないから分からへんけど、たぶん、私を一発で違う世界にふっ飛ばし
てくれるものやってことだけは分かる。おっさんの手のひらが、妙に熱い。
「バリアジャケットを解いて、デバイスを捨てろ!」
 男が叫ぶ。
 フェイトちゃんが私たちを振り返った。
「・・・はやて。」
 唇から私の名前が零れた。
「フェイト、ちゃん。」
 フェイトちゃんの視線と、私の視線が交わる。見開かれた赤い目が、まっすぐに私を
映してくれてる。私の首にかけられた腕に拍子、力が加わった。
「ぐぅっ。」
 首が絞まって、喉から変な音が勝手に出た。苦しい。おっさんも必死やから、力加減
とかぜんぜんない。首が折れるんちゃうかってくらいに。目の前が暗くなる。おっさん
が頭上で絶叫する。
「デバイスを捨てろ!!」
 それと同時に、おっさんの腕の力がもっと強くなって、押し付けられた金属か何かが
頭を抉りそうな位で痛い。おっさんの腕を引っ掻くと、逆にもっと苦しくなる。
「っ、ぅ・・・。」
 息が出来へん。勝手に目蓋が閉じていってしまう。視野がどんどん狭くなる。せっか
くフェイトちゃんに会えたのに、見えなくなってしまう。そんなの嫌や。
「その手を離せ。」
 フェイトちゃんの声が聞こえる。声だけじゃなくて、フェイトちゃんのことを見たい
よ。塞がりかけた目蓋を無理やり押し開けて、でも黒ずんで擦れて、滲んで、よく見え
ないよ、フェイトちゃん。
 どうしてこんなにすぐ傍に居るのに、言葉も交わせへんの。姿も見えなくならなきゃ
あかんの。もう嫌やよ、フェイトちゃんの姿が見えないのも声が聞こえないのも、どこ
に居るのかわからないのも。こんなに怖いのも痛いのももう嫌や。
 どうしてさっきからずっと遠くに居るの、
 どうして私のとこにまっすぐ来てくれへんの。
 他の人の傍にじゃなくって、
「捨てろっつってんだよ!
 聞こえねーのか!!
 ぶっ飛ばすぞ!」

 私の傍に居てよ!
 フェイトちゃん!!

「その手を、」
 フェイトちゃんの声が耳元でした。
 息が触れるんちゃうかってくらい近くに、フェイトちゃんの気配を感じて、私はゆっ
くりと目を開いた。いつの間にか体が軽い。おっさんの腕もない。見下ろすと、足元に
拳銃が一丁落ちていた。まだぼやけて曖昧な視界。私は首を巡らせて、背後を振り返っ
た。そこには、男を床に引き倒し、バルディッシュに金色の刃を灯すフェイトちゃんの
姿があった。
「離せって、言ってるんだ。」
 激しい放電の音が空気を叩き割った。おっさんが体を跳ねさせてそのまま沈黙する。
フェイトちゃんはそのまま顔だけ横に向けると、最後の一人に目を向けた。その横顔の
傍に、スフィアが三基展開する。
「あなた達を、逮捕します。」
 最後の一人は、声を上げることも出来ないまま、フォトンランサーに貫かれて床に突
っ伏した。
 フェイトちゃんは全員を一箇所に集めると、バインドをした上で、取り出した手錠を
その手に掛けていく。唯一まだ意識のあった魔導師のおっさんももう諦めたのか、床を
睨んだまま大人しくしとる。
 そして、フェイトちゃんは私を振り返った。私のことを見つめて、こっちに歩いてく
る。フェイトちゃんは私の前に片膝をついて座った。目の前にフェイトちゃんの顔があ
る。相変わらず綺麗な睫とかまでよう見える。
「はやて、立てる?」
 フェイトちゃんの指が私の顔に伸びて、額に触れた。手袋越しの感触やけど、よく知
ってる指や。なんや妙に柔らかくって、やさしい。指先が私の前髪を額から剥がす。前
髪まで血で張り付いてるなんて、すごいなあ。
「はやて?」
 フェイトちゃんが首を傾げると、金髪がさらっと流れた。光を集めたみたい。触りた
いなあ。
「あ・・・。」
 私が伸ばした左手は、血塗れやった。爪が割れてるのかどうかも、よくわからへんく
らいに乾いた血がこびり付いてる。これで触ったら、フェイトちゃんの髪が汚れちゃう
な。
「はやて。」
 フェイトちゃんが私を呼んだ。右手が私の手を包み込んでくれる。
「フェイトちゃん・・・。」
 呼ぶと、フェイトちゃんは頷いて手を放した。それから、膝の裏と背中に腕が回る。
一瞬の浮遊感があって。私はフェイトちゃんに抱き上げられていた。子供みたいに、す
っぽり腕の中に納められてしまっとる。なんや恥ずかしいなあ、これ。何百人って人が
見てるんやで。それなのに、抱き上げられてその上運ばれてるなんて。
 でも、なんかこうされてると、フェイトちゃんがあったかいのが判って、ええなあ。
フェイトちゃんの肩に頭を預けたら、フェイトちゃんの匂いがした。
「フェイトちゃん。」
 顔を上げて、フェイトちゃんの横顔を仰ぎながら、名前を呼んでみる。でもフェイト
ちゃんは前を見たまま、少しも表情を変えなかった。目配せ一つくれないどころか、顔
の何処も動かさない。
「フェイトちゃ、」
 もっかい呼ぼうとしたとき丁度、障壁の前に着いた。フェイトちゃんは無言でそれを
緩和すると内部に足を踏み入れた。それで、適当なところで私を床に下ろす。
「はやても結界の中に居て。」
 フェイトちゃんは私を見もせず、そうあっさり言うと、すっと立ち上がって、人質さ
ん達を見渡した。そして、笑みを浮かべて朗々と告げる。
「みなさん、安心してください!
 現時刻より突入作戦が開始されました。
 もうみなさんは大丈夫です!」
 自信満々な笑みは、さっきの瞬く間の快進撃と併せて、随分と格好良く見える、けど。
なんか、あれ、今私、軽くスルーされた気がするんやけど、気のせいかな。
「犯人確保並びに安全が確認され次第、すぐにみなさんを避難させます!
 ですからそれまで、もうしばらくの間、ここで待っていてください。」
 フェイトちゃんの力強い言葉に、疲弊してた人質さん達の間に安堵が広まる。フェイ
トちゃんは大きく頷いて、目を輝かせた。
「私達が、必ずみなさんを、助けますから!」
 金の光に縁取られて、その姿はえらい格好良くて。それこそ、この中に何人、今フェ
イトちゃんに惚れた人がいるんやろうかと考えるのがちょっと怖いくらいな格好良さや
ったのは認めるけれど。なんか、なんやろう・・・。なんかもやもやする。
「フェイトちゃん。」
 すぐ傍に立ってるフェイトちゃんを見上げる。けど、フェイトちゃんは私を見ず、こ
のフロアに続いている階段の方を見た。そこには、今まさに駆け込んできた管理局員の
姿があった。
「フェイト執務官!
 執務官が何故―――?」
 局員の兄ちゃんが駆け寄ってくるのに合わせて、フェイトちゃんがそっちに足を踏み
出してってまう。するっと結界を抜けて外へ。
「フェ、」
「私は今から、突入班の応援に行って来る。
 ここに居る人を頼むね。」
 フェイトちゃんは局員の兄ちゃんにそう言うと、振り返らずにフロアを出て行った。