14.後味最悪!










 何あれ? 感じ悪。
 私のこと完スルーですか? 完璧にスルーしたんですかあの人? はああああ? 意
味わからないんですけどなにあれ。私フェイトちゃんのことずっと待ってたんですけど、
それなのに何あれ? マジ意味わかんなーい、って奴ですよちょっと待てこら、フェイ
ト・テスタロッサ・ハラオウン! 高級車だからって舐めとんの?
 いやね、私かて、さっきの件というかこの件でちょっとは殊勝な気持ちというか心境
になったよ? フェイトちゃんに何かあったらどうしようって思ったら怖くって、指揮
官失格もええところの大暴走を見せたのをちゃんと反省しましたよ。それをなに、あの
しれっとした澄ました態度。人質さんには笑いかけても、私には笑いかけないどころか、
なんやねん、私にかけた言葉って『はやて、立てる?』と『はやても結界の中に居て。』
だけ?
 それって、今まさに頭吹っ飛ばされそうになってた恋人にかける言葉!? あんな、
こんなぼろくそになっとるんよ私。鼻血と口切ったのでべったべたどころか、頭からす
っごい出血してるんですけど。っていうかまだ止まりきってなくて困ってるんですけど、
なのになに、立てる? だけ!?
 他の階でまだ戦闘が続いてるにしたって、それを応援しにいくにしたって、もうちょ
っとなんかあっても良いと思うんやけど。っていうか、何かあるなしに関わらず、どお
してスルーされなあかんわけなん? おかしくない?
 しかもしかも、さっきあんだけ傍に居ったのに、私のことに気づいたのって、私がお
っさんに後ろからがばーって捕まったあとやん。何、私はやっぱりあれですか、置物っ
ていうか背景? どおしてあのシチュエーションで私に真っ先に気づかへんのよ。おか
しくない?
 あ、それともあれかな、フェイトちゃん実は私のこと見たくなかっただけやったりし
て。そうやよねー、昨日、闇鍋とか食べさせてお腹ごろっぴー言わせた張本人やし。送
っていく言うて、今朝はつっけんどんに車からたたき出したし。しかも、突然事件現場
に現れたと思ったら、勝手にビルに突っ込んで勝手に人質になっとるし。ていうかその
前に管理局から辞令貰ってるとか嘘ぶっこいとるし。ものの見事にテレビ局に撮影され
て放送されてるし。相当邪魔やったろうなー、事件を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、
なんの得にもなっとらんわ私。我ながらもう呆れようもないわ。首飛ばないか不安やわ。
 フェイトちゃんは私のこの不始末に蹴り付けてくれようと頑張ったんやろうなあ。と
いうか頑張らざるをえなかったんやろうなあ。ビルに飛び込む前にフェイトちゃん! 
とか叫んだような気がするし。あれもきっと放送されちゃったんやろうしなー。そうい
えばフェイトちゃん、記者さんらに向かってなんや弁明してたな。なんやったっけ、ほ
んとあったま痛くて思い出すのつらいわ。あ、そうやそうや。八神捜査官は優秀な指揮
官で魔導師やから心配する必要はないとか、そんなん言ってたんやっけなー。
 そっか、フェイトちゃんは私のこと別に心配してなかったんか。
 別に心配して欲しいわけやないけど。あ、でも、優秀な指揮官で魔導師って思ってた
いうことは、まさかまんまと捕まってぼっこぼこにされてるなんて、夢にも思ってなか
ったってことやろうか。で、私がフェイトちゃんの期待っていうか予想を裏切って、ぼ
っこぼこになってんの見て幻滅したとか。はは。有り得るわー。
 私のことで相当後始末せえへんとあかんようなったっていうのに、本人のんきに人質
になってるとか、そらあフェイトちゃんもガン無視したなるわけやねー。ほんまに。さ
っきの瞬く間の逮捕劇っていうんかな、あれちょうかっこよかったし、ほんま出来る執
務官殿が、こんなしょーもないことに気を殺がれなあかんなんて、ストレスやったろう
な。はいはい、ごめんなさいですよえーえー、私が悪うござんしたやねん。
「八神二佐、大丈夫ですか?」
 やっぱ私って置物やったんなー。ポテトの塩加減も気にならないどころか、もーまさ
にインビジブルなレベルで置物やったんなっていうか、邪魔するあたり置物以下かなー。
私なんでこんな血塗れになっとんのやろ。タイツも穴開いてるし。白だったのにいつの
間にかマーブルやで。主に自分の血でやけど。あ、ていうか靴かたっぽ履いてへんやん。
右の靴どこやったんやろう。
「八神二佐?」
 なんや今更になって、頭がずきずき言い始めたし。左目の上も、えらい腫れぼったい。
ていうか、よう見えてへんなあ。目蓋ぜんぜん開かれへんわ。額もそういえば皮がべろ
って剥けとるし。にしても顔つっぱるなあ。あれかあ、血が乾いてんねやねえ。体も節
々が痛いにも程があるし。妙にアンダーが肌に張り付くのは汗なんかな。体中べたべた
して気持ち悪いし、血の匂いで気分悪くなるし、ほんま最低。なにこの惨めな気分。す
っごいいらいらする。
「みなさん、このビルはもう大丈夫です。
 犯人達はみな逮捕され、爆弾も無力化されました。
 なので、これより後、順次みなさんに避難してもらいます!」
 ええ声がフロアに朗々と響き渡った。フェイトちゃんや。いつの間に戻ってきたのや
ら、もう事件は終息ですか。にしてもフェイトちゃん、元気な声やなー。そらそうか、
私の妨害工作にも負けず、80年に3回レベルの大事件を大きな被害も出さずに納めた
んやから当たり前やよねー。元気にもなるわ。
 ガラスが割れるような音がして、結界が弾けた。金色の破片は床を跳ねながら、砂の
ようになって消える。金の砂の一粒が、私の足元まで転がってきて、空気に溶けた。人
質さんたちがほっとしたように肩から少し力を抜いたなー。まあ、あんな力があるとこ
ろを見せ付けてくれた人が大丈夫や言うたら、そら安心しますよね。なんてったって、
この人は優秀な執務官殿やねんから。
 執務官殿はそのまま近くの局員さんとちょっと話をすると、私の方を振り向いた。そ
んで、まっすぐ私に向かって歩いてくる。足元で揺れるマントが格好いいですねえ、な
んて? へっ。笑わせるわ。
 フェイトちゃんが私の前に膝をついて、マントに隠れたところから、靴を片方出した。
「はやての靴、見つけてきたんだ。」
 ああ、ちゃんと私の靴やんか。何処で見つけてきたんだかなあ。制服はあっても、靴
までは決まっておらへんのに、よう私のだとわかったもんやね。まあ、靴がぽんと落ち
てたらなんか判るもんかもなあ。
「ああ、そうなん。
 ごめんなあ、手間かけて。」
 そう答えたら、フェイトちゃんは靴を私の足元に置いた。そんで、私の足に触れる。
私はその手にされるがまま、靴に足を―――入れるかぁっ!!
 思いっきり足を引いて自分のもとに引き寄せて、私はフェイトちゃんの手から逃れる。
「靴くらい自分で履けるわ。
 そこまでフェイト執務官殿にやってもらわなくたって結構です。」
 いっくらこちとらぼろ雑巾に見えたって、喉元過ぎれば何とやら、落ち着いてくれば
ちゃんと立てるし歩けるに決まっとんねや。
 フェイトちゃんを一発睨みつけて、足を使って靴を引き寄せると、中に滑り込ませる。
自分の靴のはずやのに、なんか履き心地が悪い。まあ、ないよりはええ。靴を履いてれ
ばとりあえず足にそうそう怪我はせえへんしな。
「はやて、一緒に救護車に行こう。」
 フェイトちゃんの開かれた手のひらが、私の視界に滑り込んだ。目の前に差し出され
た手から辿って、私はフェイトちゃんを見上げた。私を見てくるその目が、手を掴めっ
て言うてる。
「別にええって。
 まだやること残ってんねやろ、そっち行ったら。」
 私はそう言い切って、顔をフェイトちゃんから背けた。そんで、足元のぼろくなった
フロアマットを代わりに睨みつける。
 どうせフェイトちゃんは私のこと心配してるわけでもあらへんのに、わざわざこれ以
上私のせいで時間使わせるのも忍びないしな。私これでも聞き分けあるはずやし。私、
順次避難のラストになったってそれまで待てますから、フェイトちゃんもそう思って私
のことは放っておいてくださいよ。
 あー、ほんま私なにやってるんやろー。もー人生ぶんなげたいくらいだるいわ。アホ
くさ。私ばっかりバカみたいやん。まるっきりバカやん。もう幾ら始末書かけ言われて
も一週間くらい有給振り絞ったるこなくそ。
「はやて。」
 フェイトちゃんがまた私を呼んだ。

 振り返ると、フェイトちゃんの顔が目の前にあった。

「うっわ!」
 鼻が触れるんちゃうかって近くやで顔! なんでいきなりそんなどアップになるんよ!
ちょっと! 吹っ飛ぶように私は思わず体を仰け反らせる。でも、フェイトちゃんは構
わず私に腕を伸ばして、
「うああっ!」
そのまま私のことを抱いて立ち上がった。さっきと同じ感じで一般名称横抱き、俗称お
姫様抱っこって、ちょ!
「何すんの! 放して!
 私、自分で歩ける!」
 すぐ傍にあるフェイトちゃんの顔に向かって怒鳴りつける。でも、フェイトちゃんは
さっきと同じで眉毛すらぴくりとも動かさへん。なんやねん、さっきから人のことスル
ーしてばっかなんに、人にはこんな羞恥プレイ強要するんか!
「放してって言ってるやんか!
 放さんかい!!」
しかも何百人が見てると思ってんの!? 人質さん達の視線が痛いやんか、このドあほ!
手足をじたばたさせて、フェイトちゃんから逃れようと身を捩る。肩やら胸を思いっき
り力を込めて押すけど、こいつ手の力全然緩めへん。にゃろお!
「はやて、暴れないで。」
 それどころか、感情の滲まへん声で淡々とフェイトちゃんはまたも私を見ないで言う
て、そのまま歩いていく。なんなんやねん、そんな私のこと鬱陶しい? 私のぼこぼこ
な顔なんて見たくもないってこと? へーへーそうなんや! なんやねん! むっかつ
くわあ!
「放したら暴れへんわ!
 ええから、さっさと仕事に戻らんかい!
 うっとうしい!」
 横っ面を腕で突っ張る。でも、フェイトちゃんは私にシカトぶっこいたまま、フロア
の端、割れた窓ガラスの前に立った。
 そんで、フェイトちゃんは空中に向かって足を一歩踏み出した。

 て、自殺!?
「きゃっ!」
 下を見下ろすと車さえ米粒にも見えへんのに! とうとう闇鍋の毒が頭に回ったか!
と思って思わず抱きついたら、フェイトちゃんはふわっと宙に立つように浮いた。そん
で、ゆっくり空中を歩くように進んでいく。あ、そうや、空飛べるやん。うわ、恥ずか
し。
「すぐに、手当てしてもらえるから。」
 そう呟くように言ったフェイトちゃんの横顔が、すぐ目の前にあった。ほんの5セン
チ近づくだけで、キスできちゃうような距離。
 って、するかそんなもん!
「自分で行けるからええって!
 どっかそこらへんのビルの上でええから、さっさと下ろして。」
 腕を解いて、私は思い切ってさっきより暴れてやる。
 置物は置物らしくそこらへんに放置せえや! もうほんまに嫌。横っ面を今度は両手
で押してやると、私の指の間から、フェイトちゃんの左目が私を見た。何その目。私が
そんなに気に食わへんのやったら、なおのことそこらへんに置いてってくださいよ。ど
うせここには、もう、守ってやらなあかん人質さんも、模範的な態度を見せなあかん新
人さんもおらへんのやから、捜査の邪魔してむかつくって、言えば?
 どうせ私のことなんてなんとも思っておらへんねやろ!
 睨み付けてやったら、フェイトちゃんが唇を動かした。
「はやて。」
 思いっきり両腕で横っ面をどん、と押したら、フェイトちゃんが苦しげなうめき声を
あげて、首を反り返らせた。空を首だけで仰いだまま、フェイトちゃんが掠れた音を出
した。
「はやて、わかったからお願い、暴れないで。」
 その腕が、私を抱きしめる力を強めた。
 眩しい日差しが降り注ぐ中、遥か街並みを見下ろすまさに絶景を足元に、フェイトち
ゃんが舞い降りていく進路が変わる。いま出てきたビルの周りにある、模型みたいなサ
イズのビル群の一つに向かって降りていく。ちゃんと判ってくれたみたいやから、とり
あえず突っ張ってた腕は緩めてあげる。
 あるビルの上空につくと、フェイトちゃんはゆっくりと垂直に下降を始めた。白いマ
ントが風に翻る。
 とん、と軽い音を立てて、フェイトちゃんがどっかの屋上に降り立った。