16.ご飯をおいしく食べる方法










「申し訳ありませんでした!」
 今日何度目か判らない言葉を言って、私とフェイトちゃんは深々と頭を下げた。事件
から一夜明けた今日、私とフェイトちゃんは関係各所にお礼参り、じゃなかった、謝罪
参りをしています。
「指揮官ともあろうものが、
 あのような場で自分勝手な行動を取るなど、断じて許されるものではない。
 言語道断だ!」
 胃に突き刺さる言葉です。ほんままったく以ってその通り過ぎて、返す言葉も御座い
ません。顔も上げられません。ほんま、無事解決したからええってもんじゃないですよ
ね、わかってます。もうすでに10人くらいに怒鳴られました。
「はい、申し訳ありません。」
 フェイトちゃんはもう一回頭を下げた。ううん、私はもうなんかこう怒られてばっか
りだと、ちょっと耳に入ってこなくなってきてるんやけど、やっぱりフェイトちゃんは
真面目というかなんというか。
「処分などある場合には、追って言い渡されるだろう。
 もういい。」
 ラスボス、フェイトちゃんところの上司さんはそう言って、鬱陶しそうに手を払った。
私達はもう一度頭を下げると、上司さんの部屋を辞去する。自動ドアを開いて、局の廊
下に出ると、背後でまた勝手にドアが閉まって、完全に上司さんの部屋と切り離される。
そうすると、やっと肩の力が抜けた。
「はあ・・・。
 こう怒られてばっかりやと、たまったもんやないな。」
 廊下の壁に寄りかかると、冷たさがなんや気持ちええ。シャマルに随分治してもらっ
たけど、ちっさい傷はまだいっぱい残ってて、それがちょっと熱持ってるのなんのって。
ほんま痛いです。昨日はショックのせいであんまり痛いのわからんかったんやけど、あ
れやね、気づいた瞬間にささくれがじくじく痛み出すのと同じやね、たぶん。
「たまったもんじゃないのは私だよ。
 私、今回は褒められてもいいくらいだったはずなのに、
 むしろこれじゃあ減点だよ。」
 フェイトちゃんが私の隣に並んで、壁に背中を預けた。唇が不満そうに尖がってる。
「ええやん、フェイトちゃんもともと高給取りなんやから、
 少しぐらい貧乏になったって。」
 にやって笑うと、フェイトちゃんが顔を歪めた。
「そういう問題じゃないの。
 あーあ、命令無視したことあるとか、
 今後ねちねち言われるのかなあ、いやだなー。」
 はぁ、と肩を落として、フェイトちゃんは窓の外を仰いだ。時空管理局本局の窓から
見えるのは、内部に納まってる街並み一つ。そろそろ、お昼時やなあ。
「なあなあ、一緒にお昼食べにいかへん?
 私がおごるから、な?」
 そう言って左腕に抱きつくと、フェイトちゃんは肯いた。
「じゃあ、メニュー上から下まで頼んじゃおっと。」
 フェイトちゃんの肩に顔を乗せて、私は笑った。
「残さず食べられるんならええよー。」
 時刻は12時を少し回ったところ。始末書も書かなきゃならないし、外に行く時間は
ないから、暗黙の了解で食堂の方へ歩いてく。局員向けの食堂ははっきり言ってかなり
低価格。食材の値段しかとってないらしいから払えへんことはないけど、残したらいけ
ません。
「まさか、闇鍋を完食しきった人には愚問というものですよ、
 八神はやて二等陸佐。」
 フェイトちゃんが歯を見せた。いたずらっ子みたいな笑い方。らしいようならしくな
いようなそれがなんやおかしいなあ、もう。
「おーし、その勝負買ったで!
 残したら、タッパーに詰めてもらって今晩の鍋の具にしたる!」
 うっわ、最悪、とフェイトちゃんが笑った。



「結局、あれって最後、どんな作戦で突入してきたん?」
 食堂に続く通路に辿りついた所で、私はフェイトちゃんを振り仰いだ。フェイトちゃ
んは握った私の右手をふらふら振っている。食堂周りは人が多くなってるから、なんや
ちょっと人目につきそうで恥ずかしいんやけど。まあ、ええか。
「ああ、一番の問題はやっぱり爆弾だったんだ。
 向こうの世界の特殊部隊の人たちが行こうか、とか最初は言ってたんだけど、
 爆破させられたらどうしようもないし、っていうんで、
 交渉路線だったんだけど。」
 フェイトちゃんと繋いだ手が、前に振られる。そんなに大振りじゃないけど。一緒に
手で空気を切ってる感触がなんだかくすぐったい。こっちに気を取られてる場合やない
んやけど。
「でも、管理局も入ったところで、交渉決裂。
 とてもじゃないけど、飲めるような要求じゃなかったし、
 多分、元からその覚悟があって立てこもってたんだろうね。
 反応が少しでも遅れたら、死んでたと思うよ。」
 フェイトちゃんがはっきりそう呟いた。
 爆発的な燃焼いうもんが、空間をどの程度の速さで伝播するのか、数値としてはよう
知らへんけど、起爆する、と思った瞬間にはもう対処に入ってなければ多分遅い。炎か
衝撃か、いや、その両方でやられてしまうやろう。それをまあ、さすがといいますか。
雷光の名に恥じぬ働きといいますか。
「それまでに、相当な量の爆薬があるってはわかってたんだけど、
 それが何処に仕掛けられているかと、起爆方法がわかってなかった。
 だから、爆弾を無力化するっていう手段なんて取れなかったんだ。」
 魔法というものは、座標指定さえ出来れば遠隔で発動させることができる。せやから、
別に乗り込まなくても、場所さえわかっていれば、なんとか出来るっていうのは一つ魔
法の利点やねんな。でも、場所は判ってなかったって、あれ、それって。
「まさか、場所がわかっておらへんから、
 起爆方法が魔法だけやって決め付けて、
 AMFで動かないようにしたとか、そういう、死にそうなプランやった・・の?」
 山勘に命運握られてたんですか? 私達。じとっ、とフェイトちゃんの横顔を凝視す
ると、気づいたフェイトちゃんが振り返って手をひらひら振った。
「まさか、そんなこと出来ないよ。
 爆発の瞬間に、エリアサーチ飛ばしただけ。
 何をきっかけに爆破になるか判らなかったから、
 外部から探査魔法掛けられなくって、
 じゃあ、エリアサーチさんに密偵になってもらおうと。
 爆破のノイズの中じゃ、飛ばしたのなんてわからないしね。」
 はあ。
 なんつうか、無茶すんなあ、この人。しかもいい笑顔で。爆破の瞬間、同行した交渉
役の人を庇って逃げるだけでなく、エリアサーチ飛ばしてるとか何事? エリアサーチ、
なのはちゃんで言うところの、ビットみたいなもんなんやろうけど。まああれって出す
瞬間が一番気づかれやすいのは確かやし、監視の目も消えた瞬間やったから、この上な
いタイミングですけど。
「なんか、私、心配した意味あったんかな・・・。
 怪我して、事件引っ掻き回しただけで、
 損というかほんまに、なんというか。」
 あはは、とフェイトちゃんが能天気な声を上げた。
「ん、でも、はやてがあそこで注目を浴びていてくれたおかげで、
 多分、エリアサーチが見つからなかったんだと思うよ?」
 あ、なに、囮捜査官みたいな? あほか。
「フォローになってへん。」
 むっと口を噤むと、フェイトちゃんがもっと可笑しそうに吹き出すのが横目に見えた
から、握ってる手に爪を立てた。でも、フェイトちゃんは歯牙にもかけないで、上機嫌
や。
「その爆発のときに、起爆には魔法を使ってるんだなって判ったんだ。
 それで、他の人を連れてビルから外に出て、
 もう猶予はないから一刻も早く制圧しよう、ってことになって。」
 んー、あのテレビでのインタビューは先に撮ってたものやったんか、ということは。
交渉役がやられたって見せかけて、こっちは右往左往してますよ、みたいな感をアピー
ルして時間稼ぎ、ってことなんかな。
「エリアサーチの方で爆弾の個数と位置を特定してる間に、
 AMFを張る準備と、中では魔法は使えなくなるからっていうことで、
 向こうの警官隊とかに突入の準備してもらって。
 もし、仮に魔法以外で起爆させられると困るからっていうので、
 私が爆弾を包む形で作戦開始と同時に結界で包んだっていうわけ。」
 こんな感じかな、って言って、フェイトちゃんは私を振り返った。いつの間にか、食
堂への扉はもうすぐそこや。
「なるほどなあ。
 強引なんだか丁寧なんだか、よう判らん作戦や。」
 要所要所では、S+ランク魔導師としての技能に頼っているのに、わざわざAMFを
張って爆破させないことに重点を置いて、その上でまた結界で保険かけるとか、まどろ
っこしいような慎重さや。
「まあ、何はともあれ、無事に終わってよかったな。」
 食堂のドアをくぐりながら、フェイトちゃんを見上げて言う。いろいろ反省せなあか
んことだらけやけど、これだけはほんまに、心から思う。
「うん、よかった。
 みんなが無事で。」
 フェイトちゃんが私の手を、ぎゅっと握った。
「さって、フェイトちゃん、メニューの上から下まで全部たのむんやったっけ?
 ええよー、大人気なく食堂でクレジットカード使ったるから、
 お姉さんにまかしときなさい。」
 軽くショルダータックルをかますと、フェイトちゃんが首を振った。
「いいよー、はやてみたいなお腹になったら、大変だもん。」
 フェイトちゃんが私のお腹をつまみやがりました。
 ぷに、とバカ正直に言った私の腹が、にくい! せやけど、なあ!
「なにすんの!
 このアホ!」
 やっていいこととやっていけないことがあるんや!
 どん、っと思わず両手で突き飛ばすと、フェイトちゃんは「うわっ。」って声を上げ
ながら、仰向けにすっころんだ。食堂には人が沢山居るっていうのに、もう、恥ずかし
い人やなあ、もう!
「すんません、この人ちょっとすっとろくて。」
 周りで目を丸くしているお兄さんお姉さん方に頭を下げて、私はうう、と涙目になっ
ているフェイトちゃんの手を掴んだ。
「ほら、しゃんとせえって。
 怪我人に労働させんなって。」
 こちとら、いまだに頭には包帯ぐるぐる巻きで、左目の上にはでっかい絆創膏と、右
頬にはガーゼ貼ってるんよ。わかっとるの? もう。制服の下はお察しください、って
奴やねん。とりあえず酷い怪我を魔法で治しただけなんやから。
「うん、ありがとう。」
 恥ずかしそうに頬を染めて、フェイトちゃんが私の手を掴んで立ち上がった。
「今日の日替わりランチ、ハンバーグやったから、
 どうせフェイトちゃんそれでええんやろ?
 席とってどっか座ってて。」
 財布だけとってカバンをつき渡すと、フェイトちゃんが頬をふにゃふにゃにした。あ
あ、なに、そのまさにって感じのとろけるような笑顔。なんやねん、なんか、ほっぺた
熱くなるやんか。ばか。
「うん、わかった。」
 フェイトちゃんは私のカバンを抱きかかえると、ぱたぱた早足で歩いていった。長い
髪の先で揺れる黒いリボンが、妙ににくらしかった。なんでやろ。
 あれ、ていうか、怪我人に労働させんないうたんやから、この場合立場逆何やないの、
なんて気づいたのはお盆に私とフェイトちゃんの分を両方乗っけて、人を避けながらよ
うやっと、長テーブルに座ってるフェイトちゃんを見つけたときやった。
 私を見つけたフェイトちゃんも、なんや微妙に気まずい顔をしとる。あっちも、今更
になって気づいたみたいやね。ほんま、らしいわ。フェイトちゃんはさっと立ち上がる
と、私のとこまで来て手を出した。
「ごめん、私が持ってくから。」
 有無を言わさず私の手からお盆を取って、すたこら歩く。
「ありがと。
 私のラーメンやから、気をつけてなー。」
 背中に声を掛けながら、人ごみをうまいこと避けて歩くフェイトちゃんの後ろについ
てく。ちょっとひらひらしてる、執務官服の裾。あとちょっとやし、掴んでもええよね。
「へへ。」
 フェイトちゃんはさっきの席の、端から二個目にお盆を置いて、私に向かって椅子を
引いた。
「ささ、お嬢様どうぞどうぞ。」
 椅子を引いた姿勢のまま、フェイトちゃんが私を覗うようにちらっと見た。私が席に
つこうとすると、後ろから椅子を座りやすいよう差し入れてくれて、まるで執事さんか
ボーイさんやね。
「くるしゅーない、なんて、違うかな?」
 後ろに立ってるフェイトちゃんのお腹に頭を押し付けて振り仰いだ。フェイトちゃん
が目を細めて、私の頬に触れた。
「うん、違うかも、ね。」
 ぽんぽんと私の頭を叩くと、フェイトちゃんは私の隣の椅子を引いた。そんで、その
ままそこに腰掛ける。
「え、そこに座るん・・・?」
 トレーを引き寄せて、私の前にラーメンを置こうとしているフェイトちゃんが、きょ
とんとした。
「あれ、変かな。
 だめ?」
 目を丸くしたまま、小首を傾げる。くっ、こういう仕草を計算で出来るのが手ごわい
相手なのか、完璧に天然でやるから手ごわいのか。私の心臓のときめきをどうしてくれ
る。
「べ、べつにええけど。」
 言い放って、突っ立ってる箸置きから割り箸を一膳取った。誰の差し金かしらへんけ
ど、内装は近未来なのにディティールが妙に日本の食堂風で、使いやすいような使いに
くいような。まあ助かってます。
 ちら、っとフェイトちゃんを見ると、目が合った。だから、息を合せて一緒に言う。
『いただきます。』