9.アイスクリームいかがっすか?










「うそ・・・、うそ・・。」
 膨れ上がった炎が、鮮やかなオレンジの炎が、真っ黒い煙を吐き出しながら、ビルを
飲み込んでいく。食い潰していく。ビルが壊れていく音やろうか、重く圧し掛かるよう
な轟音が鳴り止まない。炎がビルを舐めて、空へとビルごと飲み込んでいく。交渉中や
ったんとちゃうの? どうして、こんないきなり。どうして。なんで、爆発とか、して
んの。
「嘘や、こんなの。」
 爆弾仕掛けてるって、言うてたけど。でも、本当に爆発させるなんて、そんなの、そ
んなのあるわけないやん。おかしいよ、こんなん。爆弾なんて爆発させたら・・・。


 はやての作った料理って、本当に、なんでもおいしいよね。

 
「フェイトちゃん・・・。」
 もう一度爆音が響いて、炎と黒煙が噴き出した。
 周り中で悲鳴が上がって、空気がそれに飲み込まれる。
 渦を巻いてぐるぐると蟠って、黒々と垂れ込めて重たい水みたいで、息苦しくって、
私は胸元を握り締めた。心臓が煩い。肋骨の内側で暴れまわって、痛いよ。

 気分悪くなったら、ちゃんと言うんだよ。
 私が行ける時は少ないかも知れないけど、
 何処に居たって、私ははやてのこと心配してるんだからね。

 ビルから炎が落ちてくる。
 真っ赤な炎の塊が、ばらばらに砕け散りながら、でもあんまり遠いから、降り注ぐ前
に燃え尽きてしまう。真っ黒い灰ばっかりがひらひらと、目障りに落ちてくる。高くっ
て、ほんまに高くって手を伸ばしたら掌に納まってしまうような炎から、止め処なく噴
き出して、降り積もる。
「フェイトちゃん。」

 フェイトちゃんがにっこり笑う。
 私のことを腕で捕まえて、ちょお苦しい位に抱き締めてくれて、
 すっごい甘えた声で、
 本当に嬉しそうな声で、



 帰ってくると、はやてがいるって、



 私に、笑ってくれる。



 すごくうれしい。





「嫌やぁぁぁぁあああああああああっ!!」
 光が弾けた。
 騎士甲冑を翻し、背中の翼で大気を打ち付ける。
「フェイトちゃん!」
 滲む視界の中で輝く景色が、翼の音に引きちぎれる。粉塵に塗れた空気を叩き割り、空
を駆け上がる。降りかかる火の粉も、纏わり着く悲鳴も振り払って。
 目頭が熱い。顔が、頭が、熱い。目頭から熱いものが溢れて、頬を伝う。
 爆発の起こったフロアから、炎が噴き出してるのが見える。窓も、壁もなくなって、一
階全部が炎に包まれてる。あんな炎の中って、人間って生きていられるの? あんな炎に
巻かれたら、巻かれたらどうやって生身で助かるの? お願い、誰か教えて、お願い。
 近づいていけば近づいていくほど、噎せ返るような熱気に汗が吹き出す。私は熱を振り
払いたくって、加速すると一直線に炎を上げるフロアの中に向かって行く。
 けど、フロアの中がよう見える距離まで近づいたら、足が止まってしまった。
 爆発したフロアの中は、炎で埋め尽くされていた。吹き飛んだ窓枠と壁の穴をもっとこ
じ開けるように、炎が生き物みたいに渦巻いて飛び出し続けてる。
「・・・う、あ。」
 紅蓮の炎、地獄の業火とか仰々しい言葉でもいい。フロア一つまるまる吹き飛ばした爆
発の炎は、遠くから見たのとは違った。噴き出す黒煙混じりの、目を焦がす炎が、フロア
全体に詰まってる。あますとこなく。ドラマで見る、火災を起こしながらの修羅場なんて、
あんなん嘘や。全然、本当に、違うやんかあんなの、ボヤやんか。
 このまま飛び込んだら、バリアジャケットの耐久限界を超えてしまう。でも、氷結魔法
は使えへん。中にいたら、もし、中にまだいたら、って、そう思うと。
 フェイトちゃん。
 私はフィールド魔法を展開すると、炎の中に飛び込んだ。


 熱い。
 最高出力で張った筈のフィールド魔法が、本当に掛かってるのか疑いたくなる位に。政
府所有のビル、なんて、もう見る影もない。炎の入れ物や。炎と煙しか見えない。全部、
炎の下敷きにされてしまっている。
「フェイトちゃん!」
 炎の中、目を凝らすと、工事現場みたいやった。しかも、工期の途中にほっぽり出され
たか、うらぶれた廃ビルみたい。分厚いコンクリートの壁が破れてる。鉄筋が、ぐにゃぐ
にゃに曲がった太い鉄筋が、千切れて剥き出しになって、熱に歪んでいる。
 燃えてないものなんてない。フロア中を埋め尽くす炎の下で焼かれているのは、机か、
それともパテーションかなんかやろうか、もう、どれを見てもなんだかわからへん。全部
同じ、黒い塊やん。全部、同じ。
 燃えたら全部、同じになってしまう。
「フェイトちゃん!」
 炎の中身を見たくない。けど、もし、こんなかに倒れてたら、そうしたら、気づかず見
過ごしてしまう方がもっと怖くって、そんで。どうしてこんなことになるの。どうして、
私が、フェイトちゃんをこんな風に追い込んでるの。私が、昨日あんなことしなければ、
フェイトちゃんはもっとちゃんと魔法使えた筈やのに。私だって、もっと、ちゃんと、フ
ェイトちゃんのこと信じて待ってられたのに。
「フェイトちゃん!!」
 怒鳴っても声が響かない。返事も何処からも聞こえてこない。煙と炎を掻き分けながら、
私は奥へと進んでいく。もう視界が殆ど利かない。どうしよう、どうやったらフェイトち
ゃんのこと見つけられんの。
「フェイトちゃんどこ!?
 居るんなら返事して!」
 熱い。フィールド魔法の出力最大にしてんのに、それでも熱い。爆弾って、一瞬で爆発
するのに、これで反応遅れたらどうすればええの。一瞬でこんな火の海に叩き込まれたら、
そうしたら。
「フェイトちゃん! フェイトちゃん!!」
 私のせいだ。
 私があんな変な意地張るから、フェイトちゃんは食べたくもないもの食べさせられて、
おなか壊して、でもそれでもやらなきゃいけないことがあるからって言って出勤して、そ
れでこんなことに巻き込まれて。どうして私にこんなことになるって分かるの? こんな
ことになるって分かってたら、絶対あんなことしなかったのに、どうして。
「・・・っ!」
 時間が戻ってくれたらええのに、そうしたら、あん時、あんなことせえへんのに。させ
へんのに。お願い、もう誰でもええからフェイトちゃんのこと助けてよ。私、何回でもフ
ェイトちゃんに謝るから、ずっと、フェイトちゃんが許してくれなくたって、いくらでも
謝るから、お願い。
 フェイトちゃんをどっかに、連れて行かないで。
「・・・フェ、ト、ちゃん・・・っ!」
 叫ぼうとしたら息が詰まった。口を押さえて咳き込むと、手が濡れた。頬が濡れてた。
 フェイトちゃん。

「フェイトちゃん、どこに居んのぉぉぉおおおおおお!!」


 私の声は、炎の中に飲み込まれて、やっぱり返事はなかった。左右を見渡しても、どっ
ちに行ったらええかわからへん。もうこれ以上はフィールド魔法の効果が危ういのに、ど
うして見つけられないの。早く見つけないとあかんのに。

 背後から、強烈な冷気が吹き付けた。

 背後からの冷気は、瞬時に私の横を通り過ぎ、炎を一気に掻き消していく。現われたの
は熱にひしゃげたフロアの残骸。そして、目の前の景色が一斉に凍りついた。黒煙だけが
溜まっている、薄暗い氷の世界に切り替わる。
 氷結魔法。
 フェイトちゃん・・?
 でも、後頭部に感じたのは、硬い金属の感触だった。
「デバイスを捨てて、バリアジャケットを解け。」
 低いおっさんの声。凍りついた空気が震えるのは、チャージされた魔法の鳴動やった。
砲撃をチャージし終わったデバイスが、私の後頭部に触れている。回避はできへん。いつ
の間にか踏み抜いていたなんかの残骸に捕まって、私の右足首は凍り付いとった。この距
離、この出力なら私の頭は吹っ飛ぶ。
 私は、シュベルトクロイツを投げ捨てた。