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 栗の素朴な甘みが口に広がり、仄かな香りが鼻を抜ける。はやては銀のフォークを掴ん
だ手をぐっと握り締めて、お腹から声を上げた。
「おいしい!
 中の生クリーム甘さ控えめやし、タルトのサクサク感もたまらへんなっ!
 さすが桃子さんや!」
 グルメリポーターよろしく、はやてが試作モンブランのおいしさを実況中継する。一口
ごとに違うことをいうのだから、その道に転身すれば引く手数多かも知れないな、等と思
いながらなのはは紅茶を舌の上に広げた。最近、仕入れ先を変えたというダージリンは今
までよりも高い等級の茶葉を使っている、というだけあって、深みのある豊かで香ばしい
セカンドフラッシュの匂いが心地いい。それに引き換え、ティーバッグやペットボトルの
紅茶しか知らない人は不幸だ。紅茶というものを飲んだことがないのだから。
「栗の渋皮煮からうちで作ってるからね。
 丸二日掛かるんだから、味わって食べてよねー。」
 話し言葉にすら混ざるようなマスカットフレーバーに包まれるなのはの隣で、リンディ
が角砂糖を三つ紅茶に落とした。そこに流し込まれたミルクは底に沈むと、複雑な模様を
描き赤く透明な液体の中に雲を作り出す。
「なのはさんも、下準備とかをお手伝いするの?」
 リンディがその紅茶を傾けた。
「ええ、3キロくらい栗の皮を剥かされました。」
 リンディさんと紅茶の趣味だけは判り合えないな。呆れが滲みそうな顔をどうにか繕い
ながら返すと、リンディは感心した様に幾度か頷いた。
「3キロもだなんて、すごいね。
 おいしいよ、なのは。」
 フォークを咥えたフェイトが嬉しそうににっこりと微笑んだ。半分程減ったモンブラン
の頂きでは、金箔を載せたマロングラッセが鎮座している。
「ありがと、フェイトちゃん。」
 なのはは自分のケーキを大きな栗ごとフォークに取ると、口を大きく開いて食べた。栗
の香りが広がって、ほのかな甘みが解ける。
「なーなー、フェイトちゃん。」
 はやてがフェイトの袖を引っ張った。振り返るフェイトの頭の天辺で、癖のある髪がぴ
んと跳ねる。
「なぁに、はやて。」
 はやてのケーキ皿には4分の1に減少したモンブランが未だに凛々しくそそり立ってい
る。しかしながら、そこにはマロングラッセの姿は無い。この場に存在するマロングラッ
セはただ一つ。
「栗さん、ちょーだい。」
 フェイトのだけだ。
 フェイトは満面の笑顔で手を差し出すはやてと、自分のケーキ皿を二回見比べた。そう
して、一言。
「やだ。」
 きっぱり言い切られた台詞に、はやてが唇を突き出した。
「えー!」
 フェイトはすすっと自分の皿をはやてから離すと、平素より幾分眉毛に角度を付けてみ
せる。はやてはその顔を見ると、口の中で小さく「くそ、かっこええな。」と悪態を吐い
た。状況を鑑みると、一周回って格好悪い顔だと思うけどなあ、となのはは自分のケーキ
を口に運ぶ。
「ええやん、一個くらいー。フェイトちゃんのケチー。」
 フォークをお子様握りして、はやてが不満を上げると、フェイトが困った様に眉根を寄
せる。
「一個くらいって、元から一個しか無いんだけど。
 いつも途中で食べたくなるんだから、栗とかイチゴとか最初に食べなければいいのに。
 お子様だなぁ、はやては。」
 言っているうちにおかしくなったのか、フェイトは口を綻ばせた。あんまり穏やかに自
分を見つめるものだから、はやては急にこそばゆさを感じて顔を背ける。
「ほっぺたにクリーム付けてる人に言われたくありませんー。」
 磨かれた窓ガラスの向こうに、黄葉したユリノキが揺れている。その表面に映ったフェ
イトが大慌てで口許を覆った。
「え、うそ、ついてる?」
 長い指で唇の端を拭う、その仕草がおかしくってはやての肩は自然と震えた。
「ねえなのは、取れた? 取れた?」
 なのはの顔を覗き込み、フェイトが心配そうに肩をすぼめる。応えるなのはの楽しげな
様子も窓ガラスに流れ来んで、秋晴れの空の彩りが鮮やかに塗り変わる。リンディの零す
微かな笑い声もそう。
「うん、元から付いてないからね。」
 なのはが微笑んだ。
 フェイトの動きが停止した。首だけが錆びた音を立てはやての背中を振り向き、そして。
「はやてのいじわるっ!
 トイレ行って来る!」
 泣いている振りもそうそうに、フェイトは席を立つと踵を返し、店内を奥へお手洗いの
方へ駆けて行った。黒いリボンが弾む後ろ姿をはやては見送り、軽く手を振る。
「いってらっしゃーい、夕飯までには帰ってくるんやでー。」
 フェイトはドアの把手を掴むと、一度だけ肩越しにはやてを振り返った。どんな表情を
したかはよくわからなかったけれど、首を据えてみせる仕草がかわいくってはやては目を
細めた。覚えておきたい一瞬がまた一つ増えた気がした。
「ふーん、フェイトちゃんって、はやてちゃんにはあげないんだねー。」
 含みのある口振りがはやての肩を叩いた。
「なんよ。やぶからぼうに。」
 嫌な感じがしたけれど、はやてはしぶしぶなのはに向き直る。なのはは肘をテーブルに
つき、花のように広げた両掌の上に顎を載せて、はやてをじっと見つめていた。まるく大
きな目が瞬きを忘れたみたいにはやてを捉えている。
「私には、言うとくれるよ。」
 なのはがフェイトのケーキを一瞥した。背中に変な汗が噴き出しそうになるのを感じな
がら、はやては眉間に力を込めて言い返す。
「べ、別に、本当に欲しくて言った訳やないし。
 なんだかんだ言うて、くれる時も・・・あるよ?」
 ふーん、なのはの目が弧を描く。たまに見せるいたずら好きの悪い顔に、はやては吹け
もしない口笛の振りをしながらフォークを掴んだ。なのはの視線と同時に、リンディの微
笑みの気配すら受ける肩身は狭い。テーブルに視線を投げると、窓の形をした光の中で、
自分の上にぼんやりと陽炎のようなものが揺れているのが見えた。
「そうなんだぁ。へぇー。」
 なのはがじりっと、5センチメートルくらい近づく。
「そ、そうなんよー。」
 はやてはぐぐっと、5センチメートルくらい身を引いた。
 そのとき、カウンターの方から明るい声が飛んで来た。
「あ、はやてちゃんだー!」
 ケーキのショウケースの横からヴィヴィオが走り出た。明るいレモンイエローのワンピ
ースの裾を翻し、ヴィヴィオは一目散にはやての隣の席に飛び乗った。
「お、久しぶりやなぁ、ヴィヴィオ。
 元気にしとった?」
 赤と緑のオッドアイに、ユリノキが切り取る陽光が輝いている。ヴィヴィオは大きく首
を縦に振ると、絶好調な大声で返事をする。
「うん、元気だったよ!
 ねえねえ、フェイトままは? フェイトままも来てるんでしょ?!」
 ぽん、と椅子の上をお尻で跳ねて、ヴィヴィオがなのはを振り仰ぐ。
「来てるよ。さっきトイレ行っちゃったけど、そろそろ」
 なのはの言葉尻まで聞かず、ヴィヴィオは勢いよくソファから飛び降りた。そうして、
トイレに向かって一目散に駆けて行く。
「おトイレ行って来る!」
 言うが早いか、腕を大きく振って走り去る我が子の背中を、なのははなんとも遠くに見
つめた。あの歳で後追いかぁー、かわいいけどいいのかなぁ、なんていう不安な気持ちが
湯畑のごとくふつふつと浮いて来る。
「思い立ったら走って行っちゃう所、なのはさんにそっくりね。」
 紅茶のカップを傾けて、リンディがなのはに目配せをした。はやてが口の端を吊り上げ
ると、なのはは耳まで顔を赤くして、明後日の方を向いた。色づいた街路樹に止まった雀
が、首をくるくる回してなのはを眺めていた。
「ちょとつもーしーん、が信条やもんねー。
 撃ち落とした人間は星の数を超えるとか超えないとか。」
 なのははテーブルの端に置いてある使用前のお手拭きウェットティッシュを取ると、は
やてに向かって投げつけた。ティッシュは音も立てずにはやての肩にヒットする。
「まだ3桁には行ってませんー。」
「いつかいくんか。」
 ティッシュが膝に落ちるのと同時に、はやてのため息もぽろっと落ちた。きっと、ガジ
ェットなどの非生物をいれたら三桁も中盤に差し掛かっているのだろうけど、と胸中でだ
け付け足して、はやてはケーキの最後の一欠けを口に入れる。
「あら、ヴィヴィオさん、フェイトは?」
 リンディの声に、はやては体を90度捻った。店の奥からヴィヴィオがとぼとぼとした
足取りで戻って来ていた。不安げに目を彷徨わせ、紅葉のような手が胸元で縮れる。笑顔
の影が消え失せた頬に、なのはは思わず身を乗り出した。
「ヴィヴィオ、どうかしたの?
 フェイトままは?」
 明るい店内で、ヴィヴィオが足元に引き摺る影が暗い。リンディが立ち上がり道を譲る
と、なのははヴィヴィオの元に歩み寄った。しゃがんで目線を合わせると、色違いの瞳の
上に同じ感情が揺れている。
「あのね、フェイトままがなんだかね・・・、なんだか困ってるみたいなの。
 おなかはいたくないのに、ぜんぜん出て来てくれなくって。」
 はあ、と鈍い疑問を吐き出して、はやては首をひねった。なのはも同じように、よくわ
からないと言った風に首を傾げる。
「困ってるって、どういうこと?」
 問い返すと、ヴィヴィオはますます体を小さくして、「よくわからないの。」と呟く。
「トイレットペーパーがないとか、鍵が壊れたとかやなくって?」
 ヴィヴィオは小さく頭を振った。はやては後頭部に腕を回し、店の奥にあるトイレのド
アを眺めた。観葉植物の葉に隠れるよう鎮座するトイレのドアは、閉ざされたまま沈黙を
保っている。
「紙を詰まらせちゃった、とかじゃなくって、出て来ないの?」
 膝に手をつき、身を屈めてリンディがヴィヴィオを覗き込んだ。
「うん、どうしてってきいても、答えてくれないの。」
 俯くヴィヴィオに、なのはは益々首を傾げた。何か困ったことがあったなら、普通は真
っ直ぐ駆けつける所だけれど、場所は所詮トイレだ。人には言えない理由で籠ることもあ
るだろうと考えると、なかなかドアをぶち破ってヒーロー参上をするわけにはいかない。
むしろ惨状に登場するはめになってしまうだろう。正直、それは可哀想だ。
「うーん・・・どうしたんだろう。
 別に、念話とかメールとか来てないよね。」
 なのはに尋ねられ、はやてとリンディは揃って首を振った。ヴィヴィオには言えないけ
れど、なのはたちになら言えるという理由があるわけでもないようだ。そうなると、益々
人には知られたくない密室の秘密があるのかしれない。時々、頭の中に妖精さんが住んで
いるような言動をするフェイトだけれど、ボディは人間なのだから、センシティブな部分
もあるだろう。
「ただちょっと、調子が悪いだけやないんかなぁ。
 少し、外から様子伺うだけでいいんちゃう?」
 はやてはそう言い、席から立ち上がろうと足を伸ばした。
「それじゃだめだよっ!」
 そのとき、ヴィヴィオが堪えきれないとばかりに手を握り締め声を荒げた。三人の顔を
見回し、なのはを真っ正面から見据えると、背伸びをして訴える。
「だって、フェイトままの声、ぜんぜんだいじょうぶじゃなさそうなんだもん!
 なのはまま、フェイトままを助けてあげて!」
 静かさが残る店内に、ヴィヴィオの大きな声が反響した。桃子がカウンターの裏から何
事かと顔を出し、店のドアを挟んで反対側にある席に座っていた他の客が振り返る。
 なのははヴィヴィオと同じ目線の高さで、ヴィヴィオの目を見つめた。射る様に真摯な
眼差しは、なのはの眼球の奥を焦がそうかというくらいに熱い。
「そうだね、フェイトままを助けに行こう。」
 ヴィヴィオの手を握り、なのはは大きく頷いた。ヴィヴィオの暗かった顔に、一条の閃
きが過る。
「トイレくらいで大げさやなぁ。」
 はやては歯を見せて笑うと、デニムのスカートを直し立ち上がった。リンディは手を繋
いで立ち上がったなのはとヴィヴィオの一歩後を歩き始めた。おうとつのない、なめらか
な表情をしている。
 はやては歩いて行く三人の背中を、背もたれに片手を付いたまま眺めた。一呼吸の間だ
けで、直ぐに後を追って床を蹴る。せいぜい良いとこ、お腹の調子で籠っているであろう
人のところへ押し掛けるなんて、当人にとってはテロ以外の何でもないだろうけれど、と
考えるとこの行軍が少しだけ可笑しかった。
 ヴィヴィオに手を引かれるまま、なのはとはやては翠屋の女性トイレ前に立った。一歩
後ろでは、リンディがやや眉を引き攣らせながらも動向を見守っている。Ladyと描かれた
タイルが一枚貼られたドアを引き開けると、暖色のライトが灯る中にもう一枚のドアと手
洗い場が現れる。
「あれ、改装したん?」
 淡いオレンジのリノリウムが敷かれた明るい印象のトイレを見渡して、はやてはそう呟
いた。クリーム色の壁紙には中程に藍彩タイルが並べられていて、可愛い雰囲気を作り出
している。
「うん、先月。」
 簡潔に応え、なのはがトイレの扉の前に立つ。狭い小部屋の中では隣に並ぶことは出来
ないから、肩越しにはやては様子を伺った。陶器の洒落た洗面台の傍に貼られた鏡に映る
リンディの姿は、角度の問題ではやてには首の所までしか見えなかった。
「フェイトちゃん、なんか困ってるって聞いたんだけど、どうかしたの?」
 ドアを三度ノックし、なのはが扉に向かって声を掛けた。奥に開く扉は無口だったけれ
ど、個室の中から返事はちゃんと飛んで来た。
「あ・・・なのは。
 えっと、その・・・どうしたってわけじゃ、ないんだけど。」
 端切れの悪い口調が、ドアに遮られた為に余計にくぐもってしみ出して来る。ああ、な
にかあったんだな、となのはもはやても胸中でため息を吐いた。何処をとってもフェイト
はわかりやすくて困る。
「お腹壊した訳でも、トイレが詰まったんでも、鍵が壊れたんでもないんやよね?
 だいじょうぶなら、出て来てくれへんかな。」
 数秒の静寂が返って来た。
 なのはとはやては顔を見合わせると、もう一度声をかける。
「え、私達にも言えないことなの?
 そんなに深刻なことなら、私達は出てリンディさんと二人っきりになる?」
 お母さんになら、どんなに微妙な話でも言えるだろう。なのはが肩越しに振り返ってみ
れば、リンディは常の微笑も追いやって、真剣な顔をしていた。
「・・・出て行きたいのは、その、やまやまなんだけど・・・。」
 ようやくトイレの扉がしゃべったのは、そんな一言だった。
「ようするに、出て来られなくなった、ってこと?」
 はやてが木製の扉に問う。狭い室内では抑えていても壁に跳ね返って、妙に大きく聞こ
えた。数秒の間があった。なのはもはやてもヴィヴィオもリンディも息を殺して待つ空間
に、躊躇いがちな返答が響いた。
「うん・・・。」
 鍵が壊れた訳ではなく、平穏な近頃だからドアが地震で歪んだわけでもない。それにも
関わらず、出て来たいのに出て来られない事情なんて、一体何があるだろうか。はやては
片手で顔を半分覆い頭を捻ってみる。
 5秒考え、10秒考え、15秒考え。
 浮かんだ物はただ一つ。
「さっぱりわからんわ。」
 頭の中に満ちた真っ暗闇か真っ白い平原かもわからない、トイレに潜んだ恐るべき危険
性余地の結果を頭を振って吹き飛ばすと、はやては口許に手を添えてフェイトに問い掛け
る。
「フェイトちゃん、トイレ流した? パンツはいた? ズボンもはいた?」
 はやてはヴィヴィオの肩に手を置く。細く小さな体は強ばって、じっとそり立つ扉を見
上げている。
「え・・・うん、そうだけど。」
 その返事に、ふーん、と口の中で相槌を打ち、はやてはなのはに目配せした。トイレも
流してパンツもズボンも穿いて、改装したばっかりのトイレのドアは絶好調で動く筈なの
にどうして出て来られないのかやっぱり全く持って理由はわからない。だけど、一つだけ
はっきりしていることがある。
「私ね、ヴィヴィオに言われて、フェイトちゃんを助けに来たの。
 だから、」
 なのははスカートのポケットから昨日、おつりで貰った一円玉を取り出して、ドアの把
手を握った。把手の上には、10円玉程の大きさをした鍵穴が嵌っていて、真ん中にはど
んなマイナスドライバーにも対応しそうな太い溝が走っている。
「フェイトちゃん。
 ドア、開けるね。」
 躊躇いがちにフェイトは頷きかけ、
「え、うん・・・。
 開けるの!!!? そもそも外から鍵が開くの!!?」
驚愕の叫びで以て曖昧な返事を打ち消した。目を真ん丸にして驚いている表情が脳裏に浮
かんで、はやては口角を吊り上げた。なのはは何を今更、とでも言い出しそうな平坦な態
度で答える。
「うん、小銭で開くよ。」
 そうして、なのはは一円玉を鍵の溝に嵌める。
「ちょっとまって、本当に待ってなのは!
 私ほんとうにだいじょうぶだから!」
 悲鳴に近い叫びがトイレの中に響き渡る。はやてはヴィヴィオの肩に置いた手に力を込
めた。トイレも流しパンツもズボンも穿いていれば、開けてフェイトが恥ずかしい姿を晒
すということはないだろう。自力でトイレの外に出て来ることが出来ないにも関わらず、
それでも扉を開けられることにここまで抵抗する、その理由はわからない。ただ、胸のあ
たりに溜まる気持ち悪さを、はやては唇を引き結んで耐えていた。これだけ活きの良い声
を張り上げて入るけれどフェイトのことだ、気を遣わせるまいとそう振る舞っているだけ
か知れない。もし、思いも寄らない惨状が広がっていたらどうすればいいだろうか。はや
ては硬い唾を飲み込み、なのはが押し開く扉の先を凝視した。
 乾いた音を立てて、鍵が開く。千切れたフェイトの呻きが耳に触れる。はやては開いて
いくトイレの中を覗き込んだ。
 なのはがトイレの扉を開け放つ。

 フェイトがトイレの中に嵌っていた。

 なのはは沈黙したまま、扉を閉じた。はやてとヴィヴィオとリンディを振り返り、三人
の凍り付いた表情を確認すると、自分の目を強く擦った。そうして、もう一度トイレの扉
を開く。思いも寄らぬ惨状の中、苦しんでいる筈のフェイトを助ける為に。

 フェイトがトイレの中に嵌っていた。

 なのはは両目を手で押さえると、真っ暗闇の中、5秒程俯いてもう一度顔を上げた。皆
が来る前に掃除したばかりの清潔な洋式トイレがそこにはある。貯水タンクも改装をした
ばかりで真新しく、橙色のランプが純白の表面に照り映えている。トイレットペーパーホ
ルダーもインテリアメーカーの木製で品のいい物が据え付けられていて、几帳面に切り取
られたトイレットペーパーが納められている。奥に嵌る採光用の窓の上では、四季を模し
たステンドグラスが華やかな色をトイレの床に散らしている。
 そのトイレの真ん中。
 便座の真ん中。

 フェイトがトイレの中に嵌っていた。

 便座の中にお尻が綺麗にきっちり収まって、地面に届かなくなった足が宙に浮いている。
腕は立ち上がろうとしていたのか、便器の縁を押しているけれども、とても力は入りそう
にない無理な角度がついている。さながらお風呂に入っているかのようなポーズで、フェ
イトがトイレに嵌っていた。
 光沢のある金髪の奥、真紅の瞳がなのはとはやてを見つめる。白磁の肌に嵌った硝子玉
は、不純物のない硬質な存在を保っている。程よく筋肉の付いたバランスの良い体型は、
そこらへんの雑誌のモデルより整っているだろう。笑えば愛嬌のある顔も、黙っていれば
冷たい美人だ。
 そのフェイトはトイレに嵌ったまま、なのはとはやてを見つめている。
 ドアの把手を掴んだままのなのはと、顔をトイレに突っ込んだはやてもまたフェイトを
見つめ、互いの瞳に映る互いの姿を確認し合い。
 柳眉に僅かに力を込め、フェイトが厳かに片手を掲げた。
「や、やあ。」

 刹那。

「なにそれぇぇぇええええええええええええっ!!」
「ぶあっひゃぁはははははははははははははは!!」

 なのはの絶叫とはやての爆笑がトイレの空気を吹き飛ばした。