白い、白い世界だった。
吐く息すらも、染まりゆく。
青い髪の青年が、苦痛に満ちた声で告げた。
「この命…主のために…」
そして、地に崩れ落ち、顔が雪に埋まる。
「ザフィーラ!!」
彼の背中に守られていた少女が、彼の名を呼んだ。
けれど、彼は答えない。
既に事切れていたからだ。
「許さへん…許さへんで…なのはちゃん!」
夜天の主、八神はやての憎しみのこもった視線をまっすぐに受け止めて、なのはは答える。
「私は、勝つためならなんでもするよ。はやてちゃん、受けてみて、私の全力全開!」


魔法少女リリカルなのは   ――― 裏切りの彼方に ―――


足を踏み出すと、さく、と音が鳴った。
はやての周りには白い力が溢れ、集う。
真っ白なこの世界で、まるで世界と同化してしまったかのようにも見えた。
向かいあうのは、かつての仲間。
旧知の仲であった相手を睥睨する瞳には、鈍い光がたゆたっている。
そして、声を高らかに上げた。
緊迫した空気を切り裂く声。
「遠き地にて、闇に沈め。デアボリック・エミッション!」
襲い来る力を前に、なのはのの腕をフェイトが引いた。
真剣みを帯びたフェイトの声は、小さくけれど、はっきり通る。
「ラウンドシールド」
「フェイトちゃん!」
びっくりした様子のなのはに、フェイトは振り返りもせず、はやてを見つめたままだった。
なのはのチャージは、はやての攻撃によって中断を余儀なくされていた。
間髪を入れず、フェイトは砲撃を放つ。
スピードを生かした、彼女得意の攻撃。
「サンダーレイジ!」
「なんのこれしき!!」
けれど、怒りに目のくらんだ様子のはやては、あっさりとかわし不敵に笑う。
「響け終焉の笛、ラグナロク!」
なのはは、詠唱を聞き、慌ててフェイトの手を取った。
「守護する楯、風を纏いて鋼と化せ。すべてを阻む、祈りの壁。
 来たれ我が前に……ワイドエリアプロテクション」
はやての大型の攻撃を逃れ、なのはとフェイトは一息をついた。
手を祈るように握り、フェイトはなのはに告げた。
「私が前に出る。だから、なのは。スターライトブレイカーを」
しっかりと、頷いてなのははチャージを再開する。
「ありがとう、フェイトちゃん! 気をつけてね?」
心配げにフェイトの顔を覗き込むなのはに、フェイトは微笑みを返した。
なのはには、チャージを進めてもらわなくてはならないから。
彼女を集中させなくてはいけない。
集中を乱させないよう、不安を取り除くことをフェイトは優先した。
「はやて、私からもいくよ。」
攻撃の止んだところで、フェイトは前に一歩を踏み出した。
「こっちもや、フェイトちゃん!」
フェイトを見据え、はやても構える。
「彼方より来たれ、やどりぎの枝。銀月の槍となりて、撃ち貫け。
 石化の槍、ミストルティン!」
ひゅっと音を立て進み来る攻撃の一つが、ガードをすり抜け、がつっとフェイトの頭部へと当たった。
つーっとフェイトの頬を、額から鮮血が伝い、白銀の地を赤く染める。
「はやて…雪玉に石、入れたでしょ…」
低い声で、伝う血を手でぬぐいながらもフェイトははやてを睨んだ。
「ごめんなぁ。でも、これくらいしないと石化っぽくないやろ?」
あとでシャマルに回復魔法かけさせるからーと謝ってみせるはやては、誰からみても誠意に欠けていた。
「最低だよ…はやて」
言いながらも、フェイトの雪玉を握る手には力がこもる。
せっせと作った小さな雪玉を大量に手にして、フェイトは叫んだ。
「フォトンランサー!」
全力で投げつけられる無数の雪玉を避けるために、作られた雪の壁にはやては駆け寄る。
「パンツァーシルト」
壁の後ろに隠れきったはやてに、追撃の声が上がった。
それは、さきほどからずっと…落ちた雪玉をかき集めていた高町なのはの声。
まさかと壁の端から覘きみると、そこには巨大な雪玉を手にした姿があった。
大きく振りかぶり、声を上げる。
「スターライト…、ブレイカー!!」
まるで雪だるまの頭かと思えるような大き目の雪玉が、ぐしゃっと大きな音を立てた。
数メートルと飛ばず、地面へとの墜落。
「なのは…だめだよ…、目標を見て投げないと飛ばないよ」
フェイトに注意され、なのはは目を開いた。
「あ、つい目を閉じちゃった。」
てへ、とかわいらしくなのはは笑って見せる。
そこへ、隙を見つけ出したはやてが、大きめの雪玉を4つ投げつけた。
「響け終焉の笛、ラグナロク!」
「なのははワイドエリアプロテクションを!」
思わず凍り付いてしまうなのはの前へ向けて、
フェイトが走り寄りながらも大きめの雪玉と、小さい雪玉二つを投げ叫んだ。
「トライデントスマッシャー!」
ラグナロクの4つの内一つを相殺するが、残り3つは相殺しきれず、小さな二つははやてに届かない。
もう一撃をと思っているうちに、走る足元を先ほどなのはが投げ損ねた『スターライトブレイカー』に取られた。
体勢を整える暇もなく、ズシャーッと派手な音が響かせ、
フェイトの体は数メートルの距離を滑っていく。
ようやく止まったフェイトの体の上に、まるで狙ったかのようにはやての放ったラグナロクの残り3球が落ちてきた。
フェイトとしては、なのはがワイドエリアプロテクションで体を隠すのが視界の端に入ったので、良いかとも思えたが、
「おっ、でたなっ! フェイトちゃんのソニックムーブ!
 見えんかった! 見えへんかったよ!」
きゃいきゃいと笑うはやての言葉に、フェイトは暗く沈む。
そんなはやては雪の壁に隠れたままだ。
ちなみに、はやての盾にされ敗北を喫したがために足元に転がっているザフィーラは、
ルールに従って沈黙を保っている。
「さすがオーバードライブやね!」
悲しげに座り込むフェイトを見て、なのははワイドエリアプロテクション―かまくらから足を踏み出した。
「見ていて、フェイトちゃんの仇は討つから!」
手元に大きな雪玉を持ち、なのはははやてを見つめた。
上に両手を掲げ、そして、投げつける。
「ディバインバスター!」
なのはの放った雪玉は、けれどはやての目前に据え付けられた壁によって防がれる。
「そんな…。でも、諦めないんだから」
ぐっと手を握り、なのはは決意を固めた。
けれど、雪玉を作るための時間を稼ぐために、
雪をかきあつめてかまくらに入ったなのはは、信じられないものを見る。
ワイドエリアプロテクションを貫くその手。
「シュヴァルツェ・ヴィルクング!」
はやての声とともに、目前に現れた手を見て、なのはは抗議した。
「酷いよはやてちゃん! あとで一緒にここでお鍋しようって言ってたのにー!」
なのはの言葉は、はやての心には響かないようだった。
ふふ、と暗く笑ったはやては、かまくらから逃げ出したなのはの後ろへと迫る。
「これで最後や! 仄白き雪の王、銀の翼以て、眼下の大地を白銀にっ?!」
詠唱の途中、突如としてはやてが足を取られ、雪中に墜ちた。
足元には、見え辛いが穴が掘られていたことにはやては気づく。
くすっと笑ったのは倒れているフェイトだった。
「ライトニングバインド、仕掛けておいたんだ」
「なんやて! こんなことにひっかかるなんて…!」
がばっと起き上がったはやての前には、なのはが居た。
「ごめんね、はやてちゃん」
手元には大きめの雪。
「これで、終わりにしよう。ディバインバスター!」
はやての上に、雪玉が落ちた。


雪合戦を昔の映像、とか言われて見せられた機動6課新人4人は、
はー…とそろったようにため息をついた。
「なんていうか、はやてさん、汚いですね…」
「エースオブエース、なのはさんが、運動が苦手だなんて信じられないなぁ…」
「フェイトさん、大丈夫だったんでしょうか」
「あの…、凄かったです…」
それぞれ4人がささやいた言葉を、リインフォースUが聞いて、くすくす笑っていた。
「今度、雪が降ったらやってみようよ!」
あれほどまでに熾烈な戦いを見せられたあと、元気一杯提案するのはスバルだけだったのは言うまでもない。