窓の外に、雲の踊る空がある。
まばらに朝降った雨の残りだろう、透き通る青空を背負って低い雲が幾つも浮かんで
流れて、その奥には立ち上るような真っ白な雲が太陽を受けている。
 嵐の前の静けさ、そんな言葉が浮かんだ。
 近頃、ガジェット等の報告も途切れ落ち着いている。恐らく向こうも、仕掛けて来
るために何事か備えているのだろう。どれだけのことを企んでいるのか、未だ全容は
見えない。けれど、何が起ころうと、私には動じるつもりなどない。全てを懸ける覚
悟はすでに出来ているからだ、だから、
「はやてぇええええええっ!!」
 絶叫と共に駆けてきた彼女の姿を見た瞬間も、失神してしまいたい! とか、うお
おおお夢から覚めろマイ・アイズ!! とかは思わへんかったから! ゼンッ然思わ
へんからな! だって、ただの働き過ぎによる疲れ目に決まってるんやから! そう
考えてみれば、眼福ってことですませられるもん! そうだもん!
「はやてぇっ! 助けて!」
 ずだだだだ、なんていう効果音を周りに書いてあげたい勢いで、機動六課の長った
らしい廊下を走りながら、その子が涙目で叫ぶ。うわぁ、やっぱり、声もまんま見た
目通りの幼い五歳児の声です、よく出来た夢や! あ、ちゃうわ、疲れ目や! せや
疲れ目なんやから、声はちゃんとしてなきゃあかんもんね、あれでも、ちゃうやろ、
十九歳の大人の声を耳は聞いてなきゃあかんとちゃうん? ん?
「はやてっ! なのはが、なのはがぁっ! うあああああっ。」
 腕で滲んだ涙を拭いながら、その子は両腕を広げて私に縋るように駆け寄ってきま
す。あー、見れば見る程、高性能な疲れ目や。金髪の一本一本も綺麗に再現されとっ
て、頭の天辺のくせ毛がぱたぱた揺れるのも、おでこに前髪が汗で張り付いてるのも
ようわかる。子供っぽくまるい目も、涙は湛えているけれどちゃんと見慣れた赤色を
しとる。困った感じに下がった眉毛とか、今にも泣き出しそうだけど我慢しとる顔と
か、かなりよく似とるんやないやろうか。
「はやてぇっ! 私だよ、フェイトだよぉっ。」
 あ、ほら、やっぱり疲れ目や。
 本人がちゃんと本人宣言したで。
 うん、じゃあ、十九歳の筈のフェイトちゃんが五歳に見えるのはまあよしとしよう
やない。ただちょっとようわからんのが、あれやね、五歳の筈のフェイトちゃんの頭
の天辺に三角形の黒い猫耳がぱたぱた揺れとって、お尻から真っ黒の猫しっぽが風に
なびいていることやろうか。
 なんやろこのオプション、私の願望? そうなの? そうやったの? 私はフェイ
ト・テスタロッサ・ハラオウンという長ったらしい名前の女の子に、猫耳と尻尾がつ
けばいいと心の底では願っていたの? それがいま、疲れ目という力を備えたことに
よって具現化されたわけ? しかも見た目五歳児?
 それともあれ? フェイトちゃんって、大人になったら猫耳と尻尾が落ちるとか言
う人種やったっけ? いや、なんていうか、耳と尻尾がぴろぴろと五歳児のフェイト
ちゃんの頭とおしりで揺れとるのもかわええんやけど、おかしくない?
 だって、フェイトちゃんに猫耳と尻尾って、おかしくない? おかしくない? で
も、めっちゃかあいいし、ええんやろうか。可愛いは正義って言うやん? ってこと
は、おかしいのはこれをおかしいって感じる私の頭の方?
「はやて! はやてってばぁ!!」
 フェイトちゃん五歳児猫耳尻尾付きが、私の足に絡み付いてきた。うわ、背ぇちっ
ちゃ! 頭が私の太ももの所やで! 黒い耳がぷるっぷる震えとるし、スカートにし
がみついてくる手もむっちゃ小さい! ヴィヴィオより小さいやん、この子!
「はやて! はやて! だから助けてよぉっ!」
 ちっこい手でどっかどっか叩いてくるけど、ぜーんぜん痛くあらへん。つーか涙目
でかわいいんやない? なんかちょお自分が変態に思えてくるけど、疲れ目様々って
ことでここは一つ、一瞬の幻想を楽しんだらええんやないかな、うん。部隊長って疲
れるやん? やっぱり。
「フェイトちゃん、居たー!!」
 廊下の奥からぶっとんできたのは、なのはちゃんの声、やねぇ。しかもすっごい足
音。マジ走りしとる。
 いやあ、しかし、廊下を走る教導官の颯爽とした姿たるや、機動六課の誇りやねぇ。
白い制服に、胸に抱えた黒い服がよう映えとるわ。
「うわぁっ! なのはぁっ!」
 なんて思っとったら、フェイトちゃんが私によじ上り始めました。何この子、超器
用。五歳とはいえ、やっぱりちょっと重いんですけど。まあ、えっかぁ。視覚ってよ
く、人間が受け取る情報の7割だかを支配するっていうんがようわかるなぁ、19歳
のフェイトちゃんやったら流石によじ上られたら腰が折れるけど、ぜんぜんそんなこ
とあらへんし。
「はやてちゃん、フェイトちゃん捕まえておいて!」
「あいよー。」
「うわぁあああん!」
 駆け寄ってくるなのはちゃんの要請に、私は律儀に首筋に捕まってきたフェイトち
ゃんを腕でがっちりロック。なのはちゃんとどうなっとるのかはわからへんけど、私
が仲間やないとわかったのか、フェイトちゃんがちょう暴れとるけど、5歳児には負
けへんよ。
 しかしあれやねぇ、ちょうぷりっぷりしたおしりですね。
「ちょっ、はやて、やめてよ!」
 あ、上擦っとる。かっわいー。耳元で叫ばれてもこれなら全然かまへんな、うん。
しかしあれやねぇ、なんでフェイトちゃんはぶっかぶかな執務官服の上だけを着てる
んかなぁ。首周りのしまったアンダーウェアだってがばっがばやし、上着なんて半分
肩からずり落ちてるやん。ほんま、疲れ目半端ないわぁ。
「フェイトちゃん、もう逃がさないんだからね!」
 なのはちゃんが走るのをやめて、肩を怒らせながら来る。その腕の中にある、黒い
制服がなんなのか、10メートルとないこの距離だとわかる。執務官のスカートと、
パンストと、あと・・・。
「だってだって、なのは、最初に言ってたことと違うよぉ!
 どうして私、こんな風になってるの!?」
 あれやね、うん、認めるわ。
 フェイトちゃんのおしりのやわらかさに免じて。うん。

 私の目は正常です。

「猫耳生えたフェイトちゃんはかわいいに決まってるからだよ!
 実際いま、すっごくかわいいよ!」
「そういうことじゃないよ!!」

 私の首にしがみついて、なのはちゃんに向かって涙ながらに訴えてるのはそう。
 本当に、猫耳と尻尾が生えた見た目5歳児のフェイトちゃんです。
 おしりかわいいです。






 パンツ、どこで落としてきたんやろうね。