短い髪は上を向き、晒された額には光風が吹く。長く息を吐き出して、『彼』は前屈をしていた。白地に
青いラインが入ったジャージは陽光を吸って膨らみ、眩しくなのはの目に焼き付く。
「ハヤテ・ナカジマくん、だよね?」
 地面を踏みしめると、靴底から柔らかい草の感触が立ち上った。小柄な背中を見下ろすと、『彼』はゆっ
くり顔を上げた。色濃い陰が顔を滑り、双眸がなのはを見据える。
「はい。初めまして、高町教導官。
 ずっと憧れていた高町教導官の指導を受けられて、とてもうれしいです。」
 頬にゆるやかな笑みを浮かべ、ハヤテ・ナカジマはなめらかにそう言い放った。振り仰ぐなのはの姿と、
その背後、高みまで広がる蒼穹が瞳の表面に映っている。なのはは目を細め、唇からやわらかな声を紡いだ。
「もう、買いかぶりすぎだよ、ナカジマくん。」
 そうして、被せるように、念話を真っ正面に向かって突き刺した。
『なんのつもりなの、はやてちゃん。』
 撫でるような弱い風が背後からさっとグラウンドを過ぎった。なのはの亜麻色をした長い髪が幾本か、風
に絡んだ。
「そんなことありませんよ。
 不屈のエース・オブ・エースは僕の憧れです。」
 ハヤテ・ナカジマは開いた目に輝きを宿し、なのはに向かって大きく頷いた。正面から風を浴び、口の端
から歯を覗かせて笑う。胸のあたりで握りしめた拳には強い力が籠もっていて、まるで男の子だったけれど、
折り曲げた人差し指の第二関節に親指が乗っているのは、八神はやてが拳を握るときのくせだった。
「そんなこと言っても、訓練はやさしくならないよー?」
 うそぶいたなのはの脳裏を、その時、低出力の思念通話がひっかいた。
『あれ、なのはちゃん? なんか私、へんなことした?
 今、管理局でデスクワークしとるだけなんやけど。』
 八神はやての声だった。頭の中に直接響く音声には、戸惑いの色が混ざっている。
「そんなつもりじゃありません。
 その航空戦技教導隊の白い制服が僕の目標なんです。」
 ハヤテ・ナカジマは眉間に力を込め、強く言葉を紡いだ。なのはの航空戦技教導隊の制服は真っ白く、の
り付けしたシャツの襟は姿勢良く前を向いている。肩の群青は熱を吸って、まるで深い色をしている。
「そうなんだ。」
 なのはは目を伏せた。芝生を濡らす陰すら見えない空のさらに上。ただ飛ぶだけでは立ち入ることを許さ
れない、雲海のさらに先。高々度高速飛行魔法にて生成する結界内の大気圧を地上とほぼ同等に維持する技
術があって初めて飛び出せる、対流圏の上層、成層圏から見上げた空の色を、この群青は表している。空を
普く守る者として、誰よりも空の高みに昇れる者として、航空戦技教導隊はこの青を負っている。なのはは
思念の中で、はやてに言う。
『いやいやいやいや!
 はやてちゃん私の目のまで今柔軟運動して、しかも私としゃべってるよね?!
 しかも男の子のカッコウして・・・。何してるの、かな・・・?』
 ハヤテ・ナカジマの言葉が耳朶を叩いた。
「僕も高町教導官みたいに、強く、誰かを助けられるようになりたいんです。」
 ハヤテ・ナカジマをなのはは改めて見据えた。
 周りで柔軟運動をする他の21名の訓練生は、次第に打ち解けて来たのか、会話がわずかに聞こえ始める。
グラウンドの先にある木立からは、鳥の鳴き声が聞こえた。節のある鳴き声はよく通り、小綬鶏に似ていた。
なのはは口と思念とで、同時に目の前の人に向かって告げた。
「そう、じゃあ、期待してるね。」
『私がやさしいうちに答えてくれるよね?』
 短い髪が生えた頭を軽く掻き、はやては笑って頷いた。
「はい。」
『はい。』