説明はごく簡単なものだった。
 現在、はやてが担当している事件で追求しているトピックスの捜査には、この訓練に紛れ込むことが最も
都合が良かったという理由だ。今回の訓練生には女性が居なかったため、目立たないようにと男性として訓
練に参加する形を取った。もちろん、はやての独断先行ではなく、武装隊の上部には話を通しているとのこ
とだった。ゲンヤ・ナカジマ陸佐も関与していることは事実らしい。
『事情はわかったけど。
 この訓練生の中に問題ある子がいるってことなの?』
 なのはは列から離れて、訓練生達を見渡して立っていた。後ろから見る彼らの背中は大小様々だったけれ
ど、みな健康的にすっと通った背筋をしている。体が硬い生徒をなのはは頭の中でリストしていく。
『いや、そう言う事や無くて、紛れ込むのが一番手っ取り早かっただけやから。
 せやから、なのはちゃんは普通に教導官としての仕事をまっとうしてやー。
 別にそんな気を使わんでも大丈夫やから。』
 左右に開脚してストレッチをするはやてから、思念通話が飛んでくる。なのはは腕を組んだ。持ってきた
筈のノートはいつの間にか、隊の正面に置き去りにしていた。訓練生の頭の間から、青い表紙が芝の上に横
たわっているのが覗く。
『いつも通りでええから、な?』
 はやては手指を震わせながら、なんとか伸ばした足の先を掴んだ。おなかと太ももの距離は遙かなもので、
二つの間を鳥だって飛んでいくだろう。
『ちゃんと詳しく話してくれるんだよね。』
 はやてはこの中で、一番体の硬い訓練生だった。
『ああ、まぁ。訓練中やから、また後でな。』
 軽くはやてが返した言葉を聞いて、なのはは組んでいた腕を解いた。僕、随分硬いわ−、と隣の訓練生に
笑いかける背中に、歩いて行く。後ろに立つと、ふっとなのはの作る陰がハヤテ・ナカジマの背に落ちた。
彼が着ているジャージが白いためか、陰の縁は燃えるように目映い。
「ナカジマくん、柔軟手伝ってあげるよ。
 横ってやっぱり硬いから、一人でやるの大変でしょう?」
『えっ。』
 悲痛な呟きは、思念として直接脳幹を叩いた。ハヤテ・ナカジマは緩慢な動作で背後のなのはを振り仰ぐ。
頬と口は笑っているが、目の奥が笑っていない。なのはは手でほらほらと急かす。
「両手を前について、足を左右に開く。
 それから、腰を落として広げていくのをやろうか。」
『いや、なのはちゃん、私は別にええからみんなを・・・。』
 もうその声を聞いてやる必要はない。なのはは唇を結んで、ハヤテ・ナカジマの顔を見据えた。高町なの
は戦技教導官に教えを請う22名の訓練生の一人ならば、これを断ることは出来ない。
「はい。」
 ハヤテ・ナカジマの開脚はかろうじて120度に達するかどうか、といったところだった。なのはは前を
向いてる彼のつま先を、自分の足で横に払った。両足のつま先を外に向けさせると、踏ん張りが効かないた
めに腰がわずかに落ちる。
『な、なのはちゃん痛いです。』
「さっきから見てて思ったんだけど、あんまり柔軟がよく出来てないね。
 姿勢をよくしてやらないと、痛いばっかりでやわらかくならないよ。」
 なのはは言いながら、ハヤテ・ナカジマの手で軽く叩き、尻を後ろに下げさせた。左右に開いていた足と
腰が一直線に並んだところで、手を止める。
「いったぁ・・・。」
 思わず口から呻きが漏れる。なのはは目を眇めて、最後の念話を送った。
『女の子みたいな声は出さない方がいいよ、ナカジマくん。』
「よし、もうちょっとがんばろう。」
 なのははそう言って、限界まで開いた彼の右足を、伸ばす方向に引っ張った。
「いってぇうおおおお!!」
 破れかぶれな雄叫びが、はやての口から迸る。