各々が握りしめた汎用デバイスが、その表面に鈍い光沢を滑らせる。グラウンド中央に立つ11人の訓練
生は、息を詰めている。それぞれ周囲に待機させた射撃魔法三つの放つ魔力光がその頬を照らす。
 なのはは映像記録を開始すると、声を張った。
「皆、用意はいいね。」
 数人が頷くのを見て取り、なのはは電子音を鳴らした。
 甲高い音がグラウンド中に響き渡った瞬間、8人が地面を蹴り宙に飛び上がった。甲高い魔法の起動音が
尾を引いて走る。待機させている残り11名の後ろに立ち、なのははボールペンをノックした。いくつかの
射撃魔法が空を切り、鮮やかな軌跡を描いた。
 三発の射撃魔法だけを用いて、相手に有効打を与えること。それがこの模擬戦のルールだ。1人倒すと1
点、1グループ11人ずつ参加させている。ただし、飛行魔法や運動補助の魔法使用は許可しているが、防
御魔法の使用は許可していない。一方で、射撃魔法の操作性や強度などについては、一切制限は設けていな
い。この特殊な状況下で、訓練生一人一人がどのような行動や選択をするのか、そこから各々の考えや癖を
見るのが目的だ。なのはの顔を、開いたノートの3ページ目が反射する陽光が煽る。
 3点以上を獲る訓練生はいるだろうか。そして、
 白い光が視野を駆け抜ける。小柄な背中はグラウンドの端を蹴ると、空気を裂いて宙を舞った。その後ろ
に誘導操作弾が追いすがる。
 はやてはどうするだろうか。
 既に2人、撃ち抜かれたらしく芝の上に片膝をついている。残弾が無いものも2名いて、彼らはひたすら
回避に徹していた。ハヤテ・ナカジマも率いている射撃魔法は一つきりだ。見ているうちに、ハヤテはぐん
ぐん高度を上げていく。ハヤテを追撃する魔法を操るオレンジ色の髪をした訓練生の顔は厳しい。地上に居
る彼が、他の者の攻撃を避けながら行う管制の限界が見える。
 雲雀が歌う高さまでハヤテが高度を上げたとき、オレンジの光は頬を掠めて、上空に逸れた。
 来る。
 ハヤテが自分の手元に持っている射撃魔法は一つだが、彼は今まで一撃も魔法を放ってはいない。そして
はやてが得意とするのは、遠隔発動魔法だ。小さな影にしか見えない筈なのに、その口の端を持ち上げられ
ている様がなのはの脳裏を過ぎった。目が、グラウンドに居る残り8人の姿を捉える。
「穿て!」
 鋭い声が降り注いだ。皆の意識が上空のハヤテに向いた。刹那、白い光の雨が三方から訓練生達を襲った。
「うわぁっ!」
 なすすべなく光に撃たれ、無数の悲鳴が上がった。同時に、見ている第二班からも感歎の響きが漏れる。
ハヤテは強度を極限まで高めた射撃魔法を、射出と同時に破裂させたのだ。自分の手元から一撃と、地上に
遠隔発動させた二撃で以て、全員の殲滅を狙った。他の訓練生には真似も予想も出来ないだろうこの作戦は
巧い。
 だが、甘い。
「あぁ!?」
 第二班の一人が叫んだ。
 ハヤテの右手の甲を、一条の光線が撃ち抜いていた。逆光に霞んだはやての顔が笑みに歪む。赤い髪の男
の子が一人、地上に立っていた。弓を引いたように伸ばした腕で、彼はガッツポーズを決めた。
 なのはは自然と、自分が笑っていることに気がついた。はやては強い。いくら汎用デバイスを使い、能力
を出し切らないようしているとしても、埋められる差ではないだろう。それを彼は単純に自分の運動センス
だけで撃ったのだ。はやては空間把握能力が高くない。だから、彼が人の影に隠れ、自分の死角に入ってい
ることに気づかなかったし、はやてが地上に発動させた散弾を彼が射撃魔法二つを使い切って防いだことも
分からなかった。ハヤテが6点獲り、オレンジ髪の訓練生が2点獲ったのに対して彼は1点だけだが、随分
価値の高い1点だろう。それに、最後まで無傷で残ったというのも良い。
「なかなか、この訓練も面白くなりそうだね。」
 呟いた頃、ハヤテがゆっくりとグラウンドに降り立とうとしていた。
 高高度高速飛行魔法は訓練も難しく、その技能を持っている者は訓練生にはいない。だが、魔法を使った
高い跳躍やある程度の飛行なら行える者は少なくない。ただ、ハヤテと同じ戦術を取れる者はこの中にはい
ないだろう。ただの混戦になるだろうか、それとも良い展開を見せるだろうか。
「よし、第二班いくよー!」
 グラウンド中央へ走っていく11名の背中に声を掛ける。第一班も駆け足で戻ってきながら、互いに視線
を交わしている。その中にはハヤテ・ナカジマの姿があって、最後1点を獲った彼と共々、どうやら一目置
かれたらしかった。捜査で来ているくせに、となのはは少し思ったけれど、ふっと駆け抜けた楽しさの方が
大きかった。
「それじゃあ、第二班! 始め!」
 11名の訓練生が、思い思い地を蹴った。
 なのははいくらかメモを取りながら、頭の片隅で同じ模擬戦を始めてみる。フェイトなら高速機動で攪乱
する作戦を採るだろうか。機動性を生かし自分を狙った魔法を他の人に当てる。きっと自分が最後まで残る
方よりも、自分が一番多く倒す方に力を注ぐだろう、ああ見えて負けず嫌いだから。もしくは射撃魔法でも
器用に握って、短刀みたいに扱い、何人か斬る作戦に出るだろうか。射撃魔法しか用意のない相手なら、近
接戦闘を仕掛けた方が分が良いだろう。でも、たとえ自分の魔法でも直接握ったら痛いと思うけどどうだろ
う。それでも勝つためだったらやりそうだなぁー、となのはは自分の想像のフェイトに呆れた。
 第二班もなかなか良い結果に終わった。ひときわ背の低い男の子は、自分の魔法を即座に三発撃ってしま
ったかと思ったが、遠距離を周回し魔法は戻ってきて、3点稼いでから倒れた。訓練の始め、整列したとき
無邪気そうに目を輝かせたから随分素朴そうという印象だったけれど、なかなか戦略家か知れない。背の高
い訓練生は残弾が無い状態で、自分に向けて飛んできたのを逸らし、人に当てて見せた。他の訓練生も、な
かなか個性派が揃っているようだった。
 なのはは結果などをノートに書き込みながら、この模擬戦における自分の戦闘プランを頭で練った。自分
なら、誘導操作弾で全員を追い込んで倒す。たった三発だが、皆、なのはの誘導操作弾をいなしきれるほど
空間把握能力も高くなく、魔法の操作性も良くない。互いに自滅させるのも簡単だろう。ボールペンを胸ポ
ケットにしまうと、なのはは左手を挙げて、訓練生達を呼び寄せた。
「全員集合!」
 次には砲撃魔法による長距離狙撃訓練を行った。
 砲撃魔法は目標までの距離が大きくなるほどに、大気のゆらぎなどを受けて命中率が下がる。それを補う
ために、魔導師はそれぞれ対策を行っている。魔力変換性質の有無にも大きく影響を受けるため、皆、独自
に魔法を開発していることが少なくない。今回の訓練は若手を対象にしていることから、まだその方法を模
索中の者が多い。その方針付けをするため、まず、それぞれの技能を見ようと思って設定した訓練だった。
 まさに、その最中だった。
「あ、駄目!」
 空を突き進む幾本もの光の筋に向かって、なのはが口走ったのと同時。
 ハヤテ・ナカジマの使う汎用デバイス、そのメインフレームが大魔力の過負荷に耐えかねて破損した。鈍
い音を立て、金属の破片が飛び散る。砲撃の白い光は、うっすら立ち上り始めた綿のような低い雲に届こう
かというところで溶け消えた。
「やっちゃったか。」
 なのはの呻きが、ころっとそこらへんに転がり落ちた。グラウンドの端に立っていたハヤテは、真ん中に
大きく亀裂の入った汎用デバイスを両手で持ち、あからさまに頭を垂れた。相変わらずの魔力量と相変わら
ずのコントロールの悪さの訓練生は、バツの悪い顔をしながら、芝の上をこちらに向かって走ってくる。
「ハヤテ・ナカジマくんの訓練内容は決まりかなぁ。」
 なのはは呟きながら、彼をゆっくり振り返る。