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 色づいた西日が木立の向こうから差し込んでくる。針葉樹の幹の間を貫く緋色の光は、その先に広がる海
に乱反射していた。ちらちら揺れる光が幹を黒く焼いて、なのはの網膜に焦げ付いた。自分の体も、グラウ
ンドも、訓練生達も皆、夕焼けに撫でられて染まっている。
「今日の訓練はここまで!
 明日からはアップまで済ませて、9時にグラウンドに集合すること!」
 右手に提げた壊れたデバイスが長い影を背後に落としている。
『はい!』
 居並ぶ訓練生達の影はその姿の倍にも膨らんで、不思議な夕焼けの生き物が何匹も地面を歩いているよう
だった。彼らの顔に浮かんだ疲労の分だけ、その生き物は大きくなっている。汗を吸ったTシャツは肌に貼
り付いて、重たく垂れていた。
「この訓練はこれからが本番です!
 体力的にもどんどん厳しくなって行くと思いますが、必死に食らいついてきてください。」
『はい!』
 胸を張り、額に垂れる汗を飛ばして叫ぶ。短髪はまるで水を被ったように濡れている。始まったときは余
裕のあった顔には、今、余計なものはついていない。洗いざらしの目がなのはを見ている。
「訓練だから諦めて良いということはありません!
 自分の行動が実戦ではどういう結果を生むか、常に意識し続けるように!
 それが、いざという時、要救助者だけでなく、自分の身を守ることに繋がります。」
 なのはは訓練生の中でも、特定の数人に視線をくれながら告げる。後列に立っていた青いシャツの訓練生
は眉間に皺を寄せた。
「特に、今日の模擬戦で胸などの急所に攻撃を受けた人は、
 もう一度、自分の魔法運用を考え直すように!
 自分に打つ手がないときにでも、生き残れる方法を考えなさい!」
『はい!』
 言い切ると、なのははふっと息をついて肩から力を抜いた。強ばらせていた表情を解いて、小さく頷く。
「今日だけでも、新しい作戦の立て方とか、いろいろ見つかったと思います。
 仲間同士、互いによく教えあい、高め合うよう努めてください。
 いつか、ここに居る人同士、現場で一緒になったとき、最高のパフォーマンスが出せるようにね。
 それじゃあ、解散!」
 疲れた顔をした訓練生達は、安堵したように頬を綻ばせると、最後、大きな声を合わせた。
『ありがとうございました!』
 そこからはダムが崩れるように、皆の体から力が抜けた。「聞いてたよりめっちゃきつい!」と悲鳴を上
げながら、赤い髪の青年が真っ先にグラウンドに寝っ転がった。その足を、ハヤテが蹴って笑う。「君は最
初から飛ばしすぎやろ、なんやあの800メートルのタイム!」その二人の周りには他にも数人が集まってき
て、騒がしく
「高町教導官!」
 背後から声がして、なのはは弾かれたよう振り返った。そこには最年長の訓練生が、緊張した面持ちで立
っていた。
「どうしたの?」
 彼の顔を見上げながら、なのはは自分の目に、さっきの一部始終が焦げ付いていることに気づいた。寝転
んでいる足をぞんざいに蹴って笑うハヤテに、あの青年が目を細めて笑い返している。振り払うために、な
のはは二回、瞬きをした。
「高町教導官なら、あの模擬戦、どうやって切り抜けましたか?」
 細い顎が矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。黒い目は真剣になのはを見下ろしていた。彼はあの模擬戦では0点で、
射撃魔法が背中から胸を貫いた。なのははやわらかく唇を解いた。
「私なら、誘導操作弾で皆を追い込んだよ。
 たった3つなら目で追わなくても操りきれるから。
 攻撃も、人より空間把握能力が高いから大抵避けきれると思ってるし、
 今日見てた限りだと、みんなの攻撃なら私は避けきれるよ。」
 見上げると、彼の眉間を汗が一筋流れていった。すみません、と小さく言いながら、彼は手の甲で拭う。
頬は夕日に煽られて、深い顔の彫りに陰が溜まっていた。
「少なくとも、致命傷は負わないよ。」
 悔しそうに彼は唇を引き結んだ。黙っている彼に、なのはは言う。
「まだ、あなたの癖とかがわからないから、細かい指導はしてあげられないけど。
 自分の技能がどれだけなのか弁えることが、どんな任務でも生きて帰ってくるには必要だよ。
 それが分かってからこそ、作戦は広がると思う。」
 彼は目を伏せて一度頷くと、静かになのはを見据えた。冷え始めた風が吹いて、彼の短い髪を揺らした。
「はい、ありがとうございます。高町教導官。」
 噛みしめるよう告げ、頭を下げると彼は踵を返した。他の訓練生達を追って、訓練所の宿泊施設の方へ駆
けていく。5階建てのコンクリートの塊は背後に夜の青さを従え、夕日に赤く燃えていた。いくつもの背中
が遠ざかるのを見ながら、なのはは右手の壊れたデバイスを握り締めた。