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 はやてが言葉を終えると、会議室は静まりかえった。埃が溜まったブラインドが狭い部屋を孤独にする。
なのはは左手に握ったボールペンをノックしてペン先を出した。十人程しか入らない会議室の前方にあるホ
ワイトボードの前には、空間モニタが展開している。もう一度、ボールペンをノックしてペン先をしまうと、
画面に映っているリインフォースがなのはにちらりと視線をくれた。
「これが、私がこの訓練に参加した理由と、いま分かってることなんよ。」
 生乾きの頭を掻いて、はやてが手のひらを向けた。
 話の概要はこうだ。ある不正デバイスが出回っており、はやてはその回収と出所の調査をしている。この
不正デバイスは時折暴発事故を引き起こすこと、さらに使用者の個人情報を勝手に抜き取っていることが最
近の調査で判明している。しかし、情報を抜き取っている意図は今のところ不明とのことだった。
「そういうデバイスがあるって、確かに少し聞いたことがあるよ。
 誰から聞いたのかは、ちょっと忘れちゃったけど。」
 なのはが小さく言うと、はやては相槌を打った。
「せやね。けちって安い汎用デバイス買うと、暴発って割とあるみたいやしね。
 専用デバイス持っとる私たちには、あんまりぴんと来ない話やけど。」
 言いながら、はやてが後頭部に腕を回した。なのはは目を眇め、隣の席に置いていた汎用デバイスを取り
上げた。昼間、はやてが壊したデバイスは、メインフレームから杖の先までに深い亀裂が走っている。割れ
た装甲の間からは焼け焦げた基板が覗いていた。
「これって、けちった安いデバイスだっけ?」
 触るだけで、装甲がウエハースのように崩れてくるデバイス越しに、なのはははやてに意地悪い目つきを
向けた。
「い、いやぁーはっは。
 もちろん、正規品ですよねー。」
 白々しく大仰に笑いながら、はやては視線を部屋の片隅に投げ捨てた。磨りガラスのはまったドアの方を、
乾いた目が向いている。
「あーあ、デバイスがかわいそー。」
 なのははデバイスを机の中央に載せ、頬杖をついた。一日着ている航空戦技教導隊の制服からは、日の匂
いと僅かな汗の匂いがした。不正デバイスはこの訓練で使う為に大量に発注されている汎用デバイスと型が
非常に似ている、とははやての言だ。そして、過去にこの訓練を受けた者が、訓練終了後に誤って手にした
不正デバイスで事故を起こした例が複数件ある。それ故、はやてはこの訓練に紛れ込む事にした、というの
が顛末だ。
『そうですよ。デバイスだって、むやみやたらに壊されたらたまったもんじゃないです!』
 モニタの向こうで、リインが怒って頬を膨らませた。
「ごめんごめんてー。」
 はやてが手をぺらぺら振りながら、頬を引っ掻いた。その気の抜けた顔のまま、はやてはなのはを振り返
る。
「そういう訳で、あんまりいろいろわかっとるわけやないんよ。
 ひょっとしたら協力してもらう事もあるかもしれへんけど、
 普段と変わる事があると、出てくる手がかりも出て来ないかしれへん。
 せやから、普段通りにしててくれへんかな。」
「そう?」
 なのはは軽く首を傾げ、椅子の背もたれに寄りかかった。郊外にあるこの訓練施設は耳を澄ませると、一
つ一つの音がはっきりと聞こえる。下の階から響いてくる訓練生達のざわめきは微かで、窓を叩く風の声が
外に続く夜を思い出させる。グラウンドから見えた針葉樹の木立は今や、黒い影だろう。月は出ているだろ
うか。
「もっと気軽に頼んでくれて構わないのに。」
 目を伏せて呟くと、はやてが微かに笑う気配だけがした。きっと、はやてにはなのはの仕事の邪魔をした
くないとの気遣いや、配慮があるのだろう。なのはもそれは理解している。水くさいとも、思う。でも、
「あー・・・あと、でももしよければなんやけど、もう少し訓練甘く・・・。」
 はやてが愛想笑いを顔に貼り付けていた。リインが『はやてちゃんのなまけものー!』と非難を浴びせる。
「えー?」
 なのはは膝の上に置いた手を眺めながら、平たく声を伸ばした。左右の指先を合わせて作ったいくつかの
三角形の間を見ていると、爪の間に砂が挟まっていることに気がついた。
「はやてちゃんだけ軽くしたら、それこそ普段と違って不自然じゃないの?」
 でも、それははやての秘密主義では成り立たない気遣いだ。
 彼女は知っていること全てを話してはいない。それは、なのはが教官である訓練に潜入したことや、話を
教導隊にではなく武装隊にだけ通したという矛盾だけではない。はやては曖昧な手がかりを求めてここに居
るのではない、明確に疑っているものが三つあるのだ。それはこの訓練を行う教導隊、もしくは設備管理ス
タッフか施設内に保管されている汎用デバイスだ。
「はぁー、そう言うと思っとったよ・・・。」
 この訓練において、不正デバイスに関連する疑いを向ける対象は、訓練生を除けばもとよりその三つしか
ないだろう。はやてはこの訓練施設内の汎用デバイスの一部が、不正デバイスに変わっていると疑っている。
暴発する危険が有り、また個人情報を抜き取るという不正デバイスだ。それを疑う以上、はやてはこの施設
内にあるデバイスを全て検査せねばならないが、その方法も持っている。汎用デバイスと不正デバイスの型
が非常に似ていると言ったが、似ていると言うことは見分ける方法があるということだ。そして、壊したデ
バイスを正規品と言い切った以上、はやてはそれを知っている。
「当たり前でしょー。」
 なにより、これは二等陸佐が就く任務ではない。
 それが、はやてが知っていることを全ては話していない、何よりの証左だ。これまでの話では、はやてが
出てきたことの説明がつかない。彼女は何かを隠している。
 推測が正しければ、デバイスなどの設備管理部門に捜査依頼はしていない筈だ。そうである以上、この施
設内で使われている全デバイスの安全は保証されていない。少なくともなのはにとってはそうだ、何故なら
全てのデバイスを検査したのかどうかも答えてはいないからだ。
 そして、抜き取る個人情報とは一体何であろうか。汎用デバイスの不正品から分かることは、個々人の使
う魔法の種類と、魔法運用能力などが関の山であろう。このような汎用デバイスを使う者で、転移魔法など
の高等な技術を運用できる者はいない。さらに、不正デバイスが出回っているのは市井であるのか、それと
も局内であるかも、はやては明らかにしていない。
「普段通りにしてて、って言うから、はっきりさせておくんだけどね。」
 なのはは指を解くと、背筋を伸ばして座り直した。机の上にだらしなく伸びた短髪のはやてが、頭を覆う
腕の下からなのはを見上げる。なのはは細く息を吸い込んだ。
「この訓練における責任者は私、高町なのは戦技教導官です。
 私はこの訓練に参加している22名の訓練生に対して責任を負っています。」
 寝転んでいたはやての目が、見開かれたまま固まった。息を詰め、はやてはゆっくりと起き上がる。汗の
滲んだジャージの襟がくたびれたまま立ち上がった。なのははその体操服姿の人物を見据えた。
「この期間中に起こったことの責任は全て私にあります。
 教導するその前に、私は彼らの安全を取りはからわなければなりません。」
 なのはの職業倫理から言って、はやてが知りうるところを話さないのは許容しがたい。不正デバイスが真
実紛れ込んでいるのなら、本来ならば訓練を取りやめてもかまわないのだ。訓練生に危険が及ぶことは避け
なければならない。明確な意図を持ち、具体的な危機の展望を持っているからこそ、古代ベルカ式魔導師八
神はやて二等陸佐がこの捜査に当たっているのだ。彼女は本来ならば、その嘘を捨てて、この訓練の責任者
たる高町なのは戦技教導官に全て説明する義務がある。この訓練における責任者は高町なのは戦技教導官で
あり、この訓練期間中は彼らは陸戦部隊隊員等ではなく、高町なのは戦技教導官の訓練生だ。
「22名全ての訓練生を教導し、必ずどんなときでも生きて帰ってくる魔導師にする。
 その前に私は、彼らの無事を確保しなければならない。
 22名の訓練生に負っている、これが私の職責です。」
 盤上の手が、強い拳を結んだ。親指が人差し指の第一関節を押す。瞬きを忘れたその双眸を、なのはは見
据えた。視野の端が溶ける程に、なのはは眼差しに力を込める。
「あなたの負える責任は、ここには存在しません。
 有事の際は、真っ先に私に報告しなさい。」
 宣告した言葉を、なのははさらに打ち付ける。
「返事はいりません、行動で示しなさい。」
 言い切ると、はやてはただ顎を引いた。細い髪が額に垂れる。なのははその、見慣れている顔を見つめて
いた。
 人はどれだけ変わるだろう。自分に人を、どれだけ変えられるだろう。子供の頃、人は変わらないという
のは嘘だと思った。いつでも変われると思っていた。でも大人になるにつれて少しだけ、その難しさが分か
った気がする。生きてきた時間の分だけ、その人の考えがあるから、人は変わらない。
 こんなことを言ってみたところで、彼女の何が変わるだろう。
 だが、ナイフで人を殺すのと、自分の教えで人を死なすの、何が違う?
 生きてきた時間の分だけその人の考えがあるから、人は変わらないなら、この僅かな期間でどれだけ教え
られるというのだろう。こんな考えこそ、負いきれる責任ではない。でも、願うことは止められない。この
訓練を負えた後、彼らが覚えていることが、私の教えられたことだ。その時まで、私の教導が残っていて欲
しい。それくらいに、良い教導官でありたいと。願うことは止められない。
 その手の魔法で、不幸にならないために。人を守るだけでなく、自分の身を守れるように。
「この制服を着ている以上、私は退くことはできないよ。」
 なのはは白と青の制服の胸元を押さえ、そう告げた。
 目の前の席に座る、たった一人に向かって。

 この人は、覚えていてくれるだろうか。