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 食べ物を胃に詰め込むのすら重労働に感じる。眠気と体の重さに引きずられ、ハヤテはベッドの上に倒れ
込んだ。強めのスプリングに体が僅かに跳ねるが、それに抵抗する気も霧散する。体中の力を使い切ってし
まって、お腹はさっき食べた夕飯を消化するのすら拒否している。食堂で張り切った笑顔のおばさんが出し
てくれた夕飯はおいしいハンバーグセットだったけれど、今、ハンバーグはこの世に戻ってこようと喉の奥
の方で暴れているようだった。
「これはあかん。」
 顔面を枕に埋めたまま呟く。夕食前に服は着替えたけれど、頭はまだ汗に濡れていてじっとりと籠もった
匂いが鼻に流れ着く。
「ナカジマ、俺先にシャワー浴びるけどいいか?」
 太い声が背中を叩いた。後れて夕飯から戻ってきたルームメイトに、はやては枕に顔面を埋没させたまま
片手を上げた。
「おーう。」
 思いの外、おっさんくさい声が出た。
「んだその声。お前、今日はしごかれたもんなー。」
 ベッドの上にばらまいた荷物の中から、荷物を選び出す音が止まった。はやては頭をぐるりと動かすと、
顔の半分だけを彼に向けた。右目だけで見た彼は首に真っ白いタオルを掛けて、汚い真っ茶色の靴下を脱い
でいた。
「そうかぁ? 僕はただ、怒られてるだけな気ぃするで。
 初日からデバイスぶっこわしてもうたからなぁ。」
「はは、そういや酷かったな。お前ほど制御できてねぇ奴、初めて見たよ。」
 八重歯気味の彼は笑うと犬歯が覗いた。眉間に皺を寄せてくしゃっと笑うから、その歯が何処か愛嬌を与
えている。
「うっせぇ、わかってんねん、そんなこと。
 せやから空間殲滅に割とかけてんけど、高町教導官が今日は怒るのなんのって。
 何回、遅い!っつわれたことか。」
 思い出すとさらに疲れが全身に襲いかかってきて、ハヤテは大きくため息を吐いた。体から力を抜くと、
穴のあいた風船みたいに肉体がしぼんでいく。
「昨日より断然きびしかったもんな、教導官。
 初日はやっぱりゆるくしてたんだよ。
 俺、聞いてた程じゃないとか言うんじゃ無かったあー失敗した!」
 汚れた服を詰め込んだレジ袋を、叫びと同時に思いっきり縛り上げた。レジ袋に入っていると、ただでさ
え汚れているものがさらに汚く見えるの気がはやてはするのだけれど、彼の荷物はだいたいレジ袋で小分け
にされていた。マメなのか雑なのか分からないけど、男だなぁ、と思う。
「二日目にして、いきなりガチンコの模擬戦やもんな。
 ルールを変えて二回。
 しかも二回目、あれほんまびっくりしたよな、19対3! 3て!」
 指を三つ立てて、ハヤテは目をくわっと見開いた。寝返りを打って天井を仰ぐと、壁の隅に染みがあるの
に気がついた。そう、ちょうどその右上仰角45度くらいから、ライフルくらいの速度で射撃魔法が突っ込
んできた瞬間は記憶に真新しくて生々しい。ハヤテはその3人のうちの1人だった。
「高町教導官はそれぞれの技能を加味して、フォワード、センター、バックとそろえました、って言うてた
けど。
 だからって19人に襲われてどうせぇっちゅうんじゃ!」
 海上にある仮想訓練設備で組まれたフィールドは遮蔽物が多いという理由で街中を模擬されていた。互い
のチームが何処に居るか知らされていない状態で開始されたあの訓練で、はやてはしばらくぶりに全力を使
い切った気がした。普段よりも少ない手札でどう切り抜けるか、考えすぎで鼻血でも出そうな気持ちさえし
たものだった。
「でも、負けはしなかったじゃないか。」
 スポーツバッグに服を詰め込む。ビニル袋がこすれ合って立てる、甲高い悲鳴が耳に障った。ハヤテは着
替えを手に立ち上がった彼に目を向けた。筋骨の張った背中が視界に入る。
 ただ、あぁ、と言う音だけが胸の中に木霊した。
「いや、時間が短かっただけや。
 もう10分もあれば、確実にやられたと思う。
 僕はあの時、被害を少なく撤退する方法だけを考えてた。」
 確かに3人は制限時間が終わるまで、攻撃は受けても倒されはしなかった。しかし、制限時間がもう少し
長ければ誰も残らなかっただろう。
「全然、前衛の奴らとうまくできへんかった。
 君らに最後来られたときは、もう全く立て直しがきかんようになっとった。」
 首に提げたタオルの端を掴み、彼はドアの方、何処かを眺めていた。彼は最前衛を務める陸戦魔導師で、
雨のように降り注ぐその青い弾丸にハヤテ達3人は追い立てられた。それで3人は完全に分断されて、作戦
行動も何も無くなった。
「僕は魔法の高速展開と並列処理が苦手やから、接近戦は上手くないし、誘導操作弾も扱いきれん。
 せやけど遠隔発動と空間殲滅が得意で、広域把握も悪ない。
 だから、最後衛で大規模攻撃を狙うっていうんを定石にやって来てた。
 その分、前衛に絶対に頼らんとやっていけんのに、今回はさっぱりや。」
 言いながら、はやては自分の言葉にその通りだなと何故だか改めて納得した。まるで本当の訓練生みたい
だ。だが確かに、しみじみと実感した物がある。はやては右手を翳した。天井で光っている蛍光灯の白色が
眩しくて隠すように手を開くと、まるで自分が今まさに魔法を放とうとしているようだった。指がシルエッ
トに変わって、その縁が滲む。
「それに僕自身、昨日壊したこの汎用デバイスを使って、
 自信を持って採れる作戦行動が無いってことに、そんときようやく気づいたんや。」
 胸からこの手のひらまで、自分は迷っている。
 はやては拳を握ると、後ろ手を突いて起き上がった。疲れ切った頭が大きな揺れに一瞬目を回したけれど、
彼の姿はすぐに捕まえられた。
「君は、どうなん?」
 裸足の青年はハヤテを見た。
「今日の訓練で何を反省して、次の訓練ではどうやって僕に勝つ?」
 返事はすぐには来なかった。その濃い眉を眉間に寄せ、彼は顎を引いて押し黙る。はやては伸ばしていた
足を引き寄せると、片膝を立ててあぐらを掻く。
「じゃあ、それからやな。
 僕がみたとこ、君と癖が似とると思う奴は二人くらいおる。
 そいつらに話聞いてみたらええんちゃう?」
 彼はふっと息を吐くと、小さく笑った。
「お前は、結構よくみてんだな。
 わかった、そうするよ。ありがとな。」
 口の端から八重歯を覗かせて、くしゃっと笑う、何処か人好きのする表情で。シャワー室の扉を開け、中
に入っていく彼の背中を見送りながら、きっと強くなるんだろう、と思った。
 はやては肩から力を抜くと、そのままベッドに仰向けに倒れ込んで目を閉じる。