ちょっと待て、落ち着け、落ち着くんや八神はやて二等陸佐。
あんたは管理局始まって以来の未曾有の大事件を解決に導いた奇跡の部隊を、
立ち上げからやってのけた若き部隊長や。
大丈夫、落ち着いて戦況を読めば大丈夫。
深呼吸や深呼吸。
「フェイトちゃん、行っちゃったね。」
なのはちゃんがため息を零して、目を伏せた。
瞬く睫から星屑が零れそうな儚いため息。
少女漫画や。少女漫画のヒロインがここに居る。
いや、待って、ほんまちょっと待って。
ついこの間とか、
フェイトちゃんを世界で一番好きなのは私、
とかそんなようなことを大声で言い放ったのってどなたでしたっけ。
なのはちゃんですよね。
毎回毎回、休みの度に私に向かって、
フェイトちゃんのすばらしさを語っていたのはなのはちゃんやよね。
「なあ、なのはちゃん?」
私はもう一回深呼吸をしてから、なのはちゃんに声を掛けた。
なのはちゃんが振り返る。
髪の毛がそれに合わせて舞って。
目を見開いて振り向く姿はTHE・恋する乙女。
「なに?」
唇から紡がれる声すら澄んだ鈴の音のような響きがある。
あー、恋すると女の子って綺麗になるって、ほんまやったんな。
それなのに、
「ほんまに、フェイトちゃんに告白してへんの?」
なのはちゃんの周りを、吹き上がった花びらが舞い踊った。
色とりどりの花弁は鮮やかになのはちゃんを彩り、
その驚きに満ちた眼差しを映えさせる。
震える桜色の唇が、言葉を紡ぎ始める。
「うん、・・・何度も、何度も言おうとしたんだけどね。
 でもそのたびに、胸が苦しくなって、
 言葉がここで詰まっちゃうの。」
ほのかに色づいた頬で、なのはちゃんは自分の胸を左手で握り締めた。
服による皺。
そこに掛かる微かな影さえ淡く煌いて。
「私、フェイトちゃんのことが、好き。」
風がさあっと吹いて、街路樹の葉っぱ達を揺らした。
静かな音が耳を打ち、その中でなのはちゃんの言葉が、
私に向けられる真摯な眼差しが、輝いている。
なのはちゃんは穏やかに、でも少し眉を潜めて、微笑んだ。
「これだけの言葉が、私、どうしても言えないの。」
瞳の翳りが、光とコントラストを織り成して瞬く。
私は思わず声を落としていた。
「なのはちゃん・・・。」
まだ、その段階だったの?
ヒロイン補正でさまざまな背景を背負ってらっしゃるのはええんですけど、
はやてさんとしてはそっちの方が驚きでなりません。
私の記憶が正しければや、
私がなのはちゃんとフェイトちゃんと知り合った頃、
この二人は友達になれて半年で、会う度会う度、すっごく仲睦まじくしとったわけや。
当時、同じ年頃の友達いうんがいなかった私としては、
ああ友達っていうんは、こんなにべったり甘えたり出来ちゃうもんなんやなあ、
すごいなあ、とかね、素直話、ええなあとかちょっと思っとったわけやない?
復学できるまで結構時間掛かったし、その間よう会うのは、
なのはちゃんとフェイトちゃんとすずかちゃんとアリサちゃんなわけやん。
それでな、復学してしばらくすんねや。
そうすると、どうにもなのはちゃんとフェイトちゃんが、
クラスで軽く浮くくらいにべったりしてることに、流石の私も気づくと。
で、あるとき気になってクラスメイトに聞いてみたんよね、
確かあっこちゃんやったかな、曖昧やけど。
そしたら、あっこちゃん、私の耳元で小さい声で、
あの二人はとくべつ、ってはっきり言うたで。
小学生の時分に、同級生からとくべつ呼ばわりされるくらいなあれやったねんで。
そんなんやのに、今更、告白すらしてないとか、どういうことなんよ。
ちょっと。
「そうやったんね、知らなかった。」
思わずため息混じりにそう言ってしまう。
よくよく考えたら、なのはちゃんってフェイトちゃんと一緒に暮らしてるのに、
こう下世話な話やけれど、
フェイトちゃんの胸にTOUCH☆しちゃったとか言うような桃色話とか、
そういえば全く聞いたことあれへんかったのはそういう訳やったんな。
「それで、なのはちゃんは告白出来へんまんまでええの?
 気持ちを伝えたいって思ってるんやよね。」
私はフォークの先でケーキが乗ってた皿の上をつつきながら聞いてみた。
なのはちゃんが思ったよりとんでもなく奥手やったという大誤算を孕んでいた10年間やけど、
振り返ってみればやっぱりなのはちゃんはいつだって、
全力全開で人にぶつかっていくタイプや。
それがなんやうじうじしてるのって、なんか変な気がすんねん。
「思っては、いるけど・・・だけど・・・。」
なのはちゃんは視線を下に落としていた。
ほら、またらしくない顔をしとる。
大分微笑ましい感じの今までの好きな人自慢も、
なのはちゃんの先行きが明るい言うんならまあ私も漫然と聞いて、
フェイトちゃんマスターに成長していってもええんやけれど。
「そうやってぐるぐる悩んでるのって、なのはちゃんらしくないんやないの?
 なのはちゃんって、いつだって全力全開で突っ込んでいくタイプやんか。」
ただフェイトちゃんに言えへん気持ちをぶつけられるだけっていうのは、なんか納得いかへんねや。
こんな悩んで怖気づいてるなのはちゃんを見るのも、好きやない。
「何を怖がってるかしらへんけど、
 フェイトちゃんは人の気持ちないがしろにするような人やないやんか。
 なら、何をためらうん?
 みんなが好きななのはちゃんも、
 フェイトちゃんが好きななのはちゃんも、
 きっとそういうのに怯えずに、気持ちをはっきり伝えていくなのはちゃんやと思うよ。」
はっきり言うと、なのはちゃんは微かに目を見開いてそんでもってはっきりと頷いた。
「そうだよね、
 こんなの、私らしくないよね。」
一人深々と頷くなのはちゃんに合わせて、私はこくこく頷いた。
「そうやそうや。
 思いのたけをフェイトちゃんにぶつけてやり。
 私も、なんなら協力したるから、な?」


そもそもあんたら、どうせ両想いに決まってるんやから、
さっさとくっついて私の穏やかな休日を返してください。