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 砂埃を巻き上げて、冷たい風が虚空へと舞った。砂礫でアギトの頬を打って、高く。
「はやてが、助かる・・・?」
 見開いた目に、砂粒は入らなかった。だが、乾いた風が眼球を乾燥させる。それでもな
お、アギトは瞬き一つ出来なかった。開いた口の中で、舌と喉が枯れていく。
「どういうこと・・・ですか?
 そんなこと、私には一言も言わなかったじゃないですか。」
 ティアナが眉を顰めた。いつになく眼差しに剣呑な色が宿る。しかし、シャマルは一瞥
もくれなかった。変わらない笑みを頬に貼り付けたまま、フェイトをその双眸で見つめる。
穏やかな湖のような瞳で。フェイトは何も、答えられなかった。
「守護騎士システム。
 私たちは肉体を持っていて、
 まるで人間と遜色ないかのように振舞っているけれど、内部構造は決定的に違うわ。」
 歌うように滑らかな音だった。アギトの驚愕も、ティアナの疑念も顧みず、シャマルは
フェイトへと言葉を紡いでいく。それはまるで、冬を告げる旋律であるかのように滑らか
に流れる。
「私達の肉体は闇の書の頁蒐集を行う為に、
 主から離れて活動をする魔法機関を形成しているだけよ。
 それだって、今のミッドチルダの技術では再現不可能なものだけど。」
 小さな息がシャマルから漏れた。
 そうして笑みなのかもよくわからない程に整った弧を口元に載せる。
「それに比べて人間の肉体は複雑すぎるし、質量も大きいわ。
 だから、見合うだけの膨大な魔力を安定して制御、動作させなければならない。」
 褪めた声で。
「けど、そんな技術は存在しないわ。」
 それは魔法を使うものの間にある一種のコンセンサスだ。
 空気中では魔力が魔力素として存在しているという点からも解る通り、魔力自体は極め
て不安定なものである。魔力素は魔力として変換されると、直ちにエネルギーを放出し、
安定を得ようとする。魔力自体が持つその性質により、大量の魔力というものは安定して
保管しておくことは出来ない。
 ましてや、人体の中で魔力を安定させたまま運用し続けるなど不可能だ。
 そんな技術は存在しない。
「それは解ります。
 けど、そのことが、はやてさんが助かるってことや、
 シグナムさんを疑うことに、どう繋がるって言うんですか。」
 シャマルのことを睨めつけながら、ティアナは極めて冷厳に問い掛ける。だが、シャマ
ルはティアナの視線のことなど、まるで意に介しては居なかった。冷たい風に頬を撫でら
れるままに、手を合わせてただ上品に佇む。
「それに、守護騎士システムとかなんだとか、もっと解りやすく話したらどうなんですか。
 シグナムさんが疑われているんですよ!
 それでいいんですか!?」
 耐えかねて、ティアナは声を張り上げた。そのとき、ずっと押し黙っていたフェイトか
ら、消え入るような声がした。
「・・・そう、です。
 技術は、存在しません。」
 僅かでも風が吹けば、吹き飛んでしまいそうな声。フェイトはそれだけをやっと言って、
少しも顔を上げなかった。前髪に顔が隠れ、影が表情を塗り潰していた。
「フェイトさん。」
 肩越しに振り返り、ティアナが名前を呼ぶ。だが、フェイトは唇を硬く閉ざしたまま、
返事の一つもくれなかった。代わりに響いたのは、単調なシャマルの声。
「でも、技術でないものなら、世の中にたくさん転がっているわ。」
「え・・・?」
 思わず、ティアナは肩を跳ねさせた。
 その声にシャマルが初めてティアナを見た。そうして、まるで抑揚もなく告げる。
「リンカーコアよ。」
 リンカーコア。
 復唱し、ティアナはその場に立ち尽くした。リンカーコアとはいかなる器官であったか、
その能力の発現過程が、教科書から一言一句間違わず再生される。そして、その能力が持
つ意味が齎す帰結が、脳裏を掠めた。
 ティアナは硬い唾を飲み込んだ。息の吸い方が思い出せなくて、薄らと開いた唇の端か
ら、細い空気が擦れた音を立てて出入りする。見かねたフェイトが溜め息を零した。締念
すら柳眉に浮かべて。
「リンカーコアは周辺の魔力素を魔力に変換すると同時に、
 蓄えておくことが出来る生体器官だよね。
 内部の魔力はまさに、タンクに貯蓄されているように振る舞う。」
 大きく膨らんだ白い息は一瞬で掻き消えていく。明示されていく事実は積み重ねられる
ばかりで、何も否定してはくれないのに。フェイトはティアナが巧く理解出来ていないと
思ったらしかった。
 でも違う、ティアナは理解している。奥歯を噛み締め、ティアナは押し黙った。
「つまり魔力は蛇口の水を捻るように出力されるということなんだ。
 出力は一次関数としての特性を示す。
 その事実が示すのは魔力の制御がエネルギー結晶体等に比べて、
 遥かに容易であるということだよね。」
 吐息が空気に紛れてなくなっていく様を視界の隅に納めて、フェイトは手を前髪の中に
突っ込んだ。髪の毛を握り潰すと、跳ねた髪が風に揺れる。
「現在、運用されている多様な魔法機関において、
 動力源として主に用いられているのはエネルギー結晶体だ。
 ただエネルギー放出過程は一般に連鎖的に起こり、出力関数は指数関数的挙動を示す。
 つまり、高出力が容易に得られるんだ。
 その反面、安定に使用するには高度な技術を要し、危険性も高く医療には向かない。」
 アギトが口を微かに開いたまま、唖然と宙に漂っていた。フェイトはそんなアギトの様
子に気付くと、少し頬の緊張を緩めた。そして、なるべく噛み砕いて説明する。
「はやての治療がうまく行かないのは、魔力の出力が足りないのに、
 これ以上増やすことが出来ないからだよね。
 でもね、リンカーコアを使えば、解決出来るんだ。
 一個一個の出力は弱くても、たくさん集めればいいだけだから。」
 弾かれたようにアギトがフェイトを見上げた。眼差しを揺らし、強く服の裾を掴んでい
る。でも、背に生えた羽は折れているかのように力なく垂れていた。
「で、でも、そんなん取り出して保存とか、出来るのか?
 それに、取られた奴はどうなるんだ。」
 ひらひらと冷たい風が降り積もる。フェイトは微かにアギトから目を背け、白い息を靡
かせた。
「・・・リンカーコアは大抵の動物では体の中心線上、人間の場合は胸部中央にある。
 そしてこの場合、リンカーコアそのものを直接、物理的に取り出す必要が在るんだ。
 抉り出さないといけない。」
「それっ・・・て。」
 アギトは上擦った声を零した。フェイトは空を振り仰いぐ。僅か一瞬、紅の瞳に真っ白
い空を映して。そうして振り返った瞳の淵には、微かに光が溜まっていた。
「胸を貫かれて生きてる人なんて、居ないよね。」
 嘘だ。
 アギトは思わず叫んだ。
 叫んだつもりだった。でもその実、唇を戦慄かせることも出来ず、喉から擦れた音が漏
れることさえなかった。あまりの寒さに、何もかも凍ってしまったように。
「フェイトさん、シグナムさんがそんなこと、本当にすると思っているんですか?」
 時を止めるアギトの耳に、ティアナの非難が突き刺さった。
「いくらはやてさんが危ないからといって、人を殺してコアを奪うなんてそんなこと、
 出来る人が居る訳ないじゃないですか!」
 正気じゃない。
 その確信が、ティアナの脳幹を貫いていた。
 例えどれだけ大切な人が死に至らしめられようとしているからと言って、人からコアを
奪って代用するなどおかしい。それをシグナムがやったのではないかと疑って、こんなに
も思い詰めた顔をしているフェイトも、それを微笑んで話すシャマルも、狂っているとし
か思えなかった。そんなこと、妄想の域にすら到達し得ない空想だ。
 だがティアナへと向けられたフェイトの不格好な顔は、笑みにも泣き顔にもなりきれて
いなかった。瞳は泣き出しそうなのに、頬と口にだけ無理矢理な笑顔を貼付けている。
「フェイトさん!」
 怒鳴っているかと聞き違える程に強く呼びかけても、フェイトは顔を歪めるだけだった。
フェイトはどれだけティアナが呼びかけても、求める答えを寄越さない。
「なんとか言って下さい、フェイトさん!
 シグナムさんがそんなことする人なわけ―――――!」
 焦れたティアナの腕が、フェイトの肩を掴む。
「だって、人間じゃないもの。」
 それをシャマルが嗤った。
 その声に引かれて、ティアナが振り返る。真っ白い空に覆われた病院の中庭の、平素よ
り暗く殺風景な中、シャマルは先程と変わらないように立っていた。両手を揃えて上品に
立ち、薄らと微笑んで目を細めている。
「どういう意味ですか。
 そうやって卑下して言えば済むことではありません。」
 険を孕ませ、ティアナがシャマルを睥睨する。噛み付きそうな勢いがそこには在った。
「そのままの意味よ。
 私達はロストロギア『闇の書』の守護騎士。
 ねえ? フェイトちゃん。」
 ティアナはフェイトを振り向いた。え、と言葉になりきらない驚きを漏らして、その顔
を覗き込む。沈黙だけが、二人の間に流れていく。限りなく肯定に近い沈黙が。
「フェイトさん・・・。」
 ティアナが名前を口にした。それすら聞きたくないとばかりに、フェイトは視線を煉瓦
敷の足下に捨てた。淡い影が落ちる、乾燥した地面へと。
「『闇の書』は魔導師等の生き物から魔力を奪って起動する、
 蒐集蓄積型ストレージデバイスよ。
 そして私達は闇の書の頁を蒐集する為だけのプログラムにすぎないわ。」
 ティアナは体が揺れるのを感じた。酷い目眩を受けて、フェイトを離して額に掌を当て
る。手は妙に冷たかった。
「そんな・・・。」
 理由がわからないまま、ティアナは目頭に熱さを覚えた。目だけではない、頭すら熱が
出たかのようにぼうっとしていた。現実感がなくって、足が地を踏んでいない気さえする。
「じゃあ、守護騎士システムとかは、それじゃあ・・・。」
 震えそうになる声を抑えようと口元に触れた指先が震えていた。幼い自分を禁めてくれ
た人。あんなにも熱く拳を振るった人が、人ではなかったなんて、そんなこと。
 そう思うティアナを、フェイトも誰も救ってはくれなかった。ただ、シャマルの淡々と
した声だけが事実を告げる。
「ええ、そう。私達のことよ。
 闇の書に合せて、魔法技術で作られた擬似人格。
 生き物から魔力を奪う、ただそれだけのためのプログラムに過ぎないわ。」
 頭を殴りつけられたような気持ちがした。視界がぶれて、ティアナは思わず足から砕け
そうになる。腕を取ってそれを止めたのはフェイトで、でも彼女はいつものように笑って
はくれなかった。
「だから・・・、だからフェイトさんはシグナムさんのことを。」
 腕を掴み返して、ティアナがフェイトに問う。嘘だと言って欲しかった、質の悪い冗談
だと、ごめんねといつもみたいに柔和な声音で。だって、魔力を蒐集する為だけのプログ
ラムだなんて、そうだとしたら、あの血痕は、夥しいまでの血の痕の意味は、一つしか無
い。
「フェイトさん。」
 縋り付いた手に力が籠る。フェイトはそれに気付いて、瞳を少し陰らせただけだった。
迷子になったかのような、心細さの滲んだ声に答えてはやれないまま、ただ一言、立てる?
と短く尋ねた。
 それがフェイトの返事だった。ティアナはそれでも、喉を震わせた。
「でも、シグナムさんが人を殺してコアを蒐集したとは、限らないじゃないですか。
 そんなことしないで、その、」
 弱々しい訴えだった。
「魔力を奪う為だけのプログラムなのに?」
 シャマルの一言に吹き飛ばされてしまう程に。
「だって今まで、そんなことしないで来たじゃないですか!
 私のことだって叱って、ずっと・・・ず、っと・・・。」
 体を折り曲げ、何もかも振り絞って叫んだティアナの目頭から、一筋涙が伝った。でも
これ以上、彼女に絞り出すことの出来る言葉はなかった。フェイトはその体を支えていた
腕を放して、シャマルへと向き直る。一度だけ、息を呑み込んで。
「11年前、あなた達ははやての命を反古にし、頁蒐集の為に人を襲いました。
 しかし当時は使用者であるはやてが管理外世界の非魔導師であったこと、
 また、責任能力を問うことの出来ない年齢であったこと等の理由により、
 不起訴並びに保護観察処分が即日下りました。」
 フェイトの横顔には何の感情も浮かばない。冷静さを宿せば、整った相貌がまるで人形
のように彼女を飾り立てる。
「でも、今、あの時と同じことを繰り返せば違います。
 当時のように、違法性や有責性の阻却事由は存在しません。
 そして、重大な法益侵害を行ったロストロギアは、
 封印もしくは破壊処分を下すものと定められています。」
 両足で地を踏みしめ立つ彼女。長い髪が弱い風に散る。背景に空高くから響いてくる風
の切れる低い音を従えて。フェイトは言い続ける。
「たとえ貴女達がどれだけ感情に富み、活き活きと振る舞っていても、
 ロストロギアは物です。
 この決定が下った場合に覆すことは出来ません。」
 フェイトは真っ直ぐにシャマルを見据えた。
「シグナムを、止めてください。」
 上空から吹き下ろしてきた風が、木々を叩き、フェイト達を煽った。吹き溜まっていた
落ち葉が舞い上がり、宙を彷徨う。行く当ても無く、見えない何かに呑まれて頼りなく空
を滑る。
 風が草木のざわめきを引き連れて過ぎ去った後。一枚の枯れ葉は地に吸い込まれるよう
に落ちる。シャマルの紫紺をした瞳、頬を掠め。
「人の命の重さは違うわ。」
 唇に僅かに触れて、落下した。なめらかな軌跡を描いて真下へ。
「捕まれば死ぬまで監獄にいるしかないような人達に、存在する価値があるの?
 より大切なものの為に、そうでないものを利用するのは、当然じゃない。」
 シャマルは足下に落ちた枯れ葉を眇見ると、穏やかに微笑んでみせた。フェイトは硬く
拳を握る。
「人の命は、比べられるものではありません。
 それに、誰かを殺すことで、誰かを生かすなんて間違ってる。」
 肺の奥から絞り出した、フェイトの言葉。セオリー通りの一般論か知れない。だがフェ
イトはそうであると思う。誰が、誰かの為だとか、そういったことを肯定すれば、フェイ
トには自己の存在を肯定し得ない。それに、今まで彼女を生かしてきた日々は、人の命は
同じだと、教えてきてくれていたから。
 それでもシャマルは微笑んでいた。
「それは、刺されたのがはやてちゃんだから言えているだけじゃないの?」
 柔和で、少しとぼけた所のある笑顔だった。シャマルが日頃からよく見せる笑みと似て
いて、フェイトは眉間に皺を寄せる。
「何を、」
 言っているんですか、そう言いかけるのを制して、シャマルは掌を合わせると、ことさ
ら上機嫌に笑った。そうして、すらすらと話を編んでいく。
「フェイトちゃんの前でなのはちゃんが悪い人に刺されました。
 内臓はほとんど潰れていて、魔法で補助していたって長くないことは分かっています。
 もう死んでしまうのを待つしか出来ません。
 そうなったとき、あなたは同じことが言えるかしら。」
 子供に童話を聞かせるようなその口調は楽しんでいる風でもなく、ただ淡々と本に書か
れているのを読み上げているだけのような、そんな平易さを孕んでいた。
「なのはちゃんを救う方法は一つだけ、
 その悪い人たちのリンカーコアを取り出して、魔法の補填に充てることだけです。
 生きていたって、どうしようもないような相手になのはちゃんが刺されたとして、
 あなたは諦められるの?」
 シャマルの瞳は凪いだ湖面だ。深い水底に光は届かない。水面にだけ陽光を反射させて、
シャマルは本当に優しく問い掛けた。
「これがなのはちゃんやヴィヴィオだったら、
 フェイトちゃんはそんなこと言えないんじゃないかしら?」
 心臓が、どん、と音を立て、全ての存在が消えた。
 僅か一瞬。何もかもが遠ざかって、フェイトは息をするのすら忘れ、胸元を握り締める。
「な、ん・・・。」
 勝手に唇が動き振り絞られた呟きは擦れていた。自分が目を見開いているとの自覚があ
る。だが、どうすれば目蓋を閉じられるのか、フェイトは思い出せなかった。丸い瞳の表
面にシャマルの姿を映していることしか出来ない。
「だって、はやてちゃんよりも、
 なのはちゃんやヴィヴィオの方が大切なんでしょう?」
 角の無い、柔らかな口調。子供に語り聞かせるよりももっと丁寧な動作で、シャマルは
首を傾げてみせる。
「シャマルさん、なにを・・・。」
 ティアナが目を丸くしていた。フェイトはコートの胸倉を掴んで、煩い心臓をその内に
納めようとしながら、言い返す。
「そんなわけ、ないじゃないですか。
 はやてもなのはも同じ、大切な友達です。」
 シャマルはそれを聞いて、そう? と片方の眉を垂らした。それから、剽軽さを装った
仕草で言う。
「でも、あの時は違ったじゃない。
 なのはちゃんが墜ちた時、フェイトちゃんはもっと取り乱していたわ。
 意識が戻るまでは、少しも離れられなかったわね。」
 息が詰まった喉が、変な音を立てた。なのはが墜ちた時。命まで危ぶまれて、意識が戻
ったとしても、もう歩けないかもしれないと言われた時の、心臓を鷲掴みにされたような
息苦しさが、体に巡る。
「それは、私が子供だったから・・・。」
 真夜中に妙に泣けて、人間って涙が枯れないんだ、と他人事めいて思ったあの時。毎日
毎日お見舞いに行って、でもたまに行き過ぎるとかえって迷惑かな、と真剣に悩んでろく
に物も喉を通らなかったあの頃。
「大人になったから、違う?」
 軽く尋ねてみせたシャマルに、フェイトは言葉も無かった。
 目の前で親友が死ぬかもしれないと、いや、まず間違いなく命を落とすだろうと言われ
ている今、何故自分は付きっ切りで一分一秒も離れず彼女の傍に居てやらないのか。
 捜査をして捕まえて、無念を晴らしたいから、本当にそれだけ?
 生まれた疑問は脳内を駆け巡り、止まらない。
「シャマルさん、そんなことを言うのは、ただの八つ当たりですよ・・・っ!」
 ティアナの泣き出しそうな声が、何処からか響いてきて、でもフェイトはその姿を見つ
けられなかった。視点が、焦点がどこにも定まらない。
 自分は、あの時ほど追い詰められているだろうか。
 同じだと思っていた、あの時と同じように悔しいと苦しいと悲しいと、
 感じているんだと思っていたのに。
「私は、」
 本当に、あの時程に苦しんでいるのだろうか。
 シャマルの言葉を否定出来なかった。なのはとはやては同じ筈だ。同じように大切で、
かけがえが無いと思っている筈だ。思っていた筈だ。それなのに。
「わたし、は・・・。」
 フェイトは擦れた声で呻いて、顔を手で覆った。ティアナが気遣わしげにフェイトを見
上げている、その様を視界に納めて、シャマルは言った。
「私に、シグナムは止められないわ。」
 その足下で、落ち葉がシャマルの靴に当たって微かに音を立てた。
「人を傷つけるしか無いものなんて、存在する価値がないんだから。」