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 澄んだ金属音を響き渡らせ、鞭状連結刃が剣へと変貌を遂げた。耳鳴りのように、戦
闘の余韻が残響として肌を振るわせる。シグナムは切っ先を翻すと、刃を鞘に収めた。
振り返れば、地に伏し蹲る人間の山が築かれている。
『58秒、ぎりぎりだったな。』
 アギトが唇を歪めた気配がした。まだ、階下からは振動が響いてくるが、シグナムは
制圧後この場で待機することになっている。シグナムは倒れている11名全てにバイン
ドを掛けると、改めて室内を見渡した。
 世に聞こえた犯罪集団なだけあって、こんな拠点にも随分な数の品が置かれているよ
うだった。フロアの中央を占める転移装置の向こうに積まれた大小さまざまなコンテナ
は見れば見るほどうず高く、非常灯の薄赤い光の中に鎮座している。コンテナに収めら
れていないものもあり、それらはシグナムから見て左手のほう、フロアの一層奥まった
ところに積まれていた。刃物から銃器に至るまで、およそ人が直接手に持って扱うもの
がほとんどだ。
 シグナムは鼻を鳴らすと、守護騎士達に向かって話す。
「シグナムだ。
 上部フロアの制圧は完了した。
 ヴィータとザフィーラは真っ直ぐに下部フロアに居るギンガ達の方へ回れ。」
 言い切ると、即座に各々返事をした。
『りょーかいっ!』
『了解した。』
 エレベーターによる脱出を防ぐため、ビルの電源は落とされている。階段から上がっ
てきている二人だが、シグナムの到着に遅れること1分。もう着く頃だろう。
『おい、シグナム、アギト!
 はやてが着く前に片付けたんだろうな?』
 ヴィータの距離が近くなってきたのがわかる。威勢のいいその声に、アギトが怒鳴り
返した。
『ったりめーだろ!
 誰に向かって言ってるんだよ!』
 快活に言い放たれた言葉に、ヴィータは笑ったようだった。シグナムは黙って口角を
持ち上げる。その時、キャットウォークの方から、一つの足音がこだました。
「お待たせ、シグナム、アギト!
 って、もう身柄は確保出来ちゃってる感じなんかな?」
 振り仰ぐと、シグナムが粉砕したドアの前に、はやてが立っていた。
 階段の蛍光灯が放つ白い光を従えて、見るものを傅かせる金属光沢を放つ剣十字を手
にするはやての姿は、そこだけ世界から隔絶されたように克明だった。
 背中の翼が、時を告げる鳥のように悠然と羽ばたく。純白な夜の気配。深い静寂を身
に纏い、はやては静かにシグナムの前に舞い降りた。
「はい、全て滞りなく。」
 シグナムがはやてに騎士の礼を取る。それに半ば被せるように、アギトが口を開いた。
『はやて、遅いっての!
 もうやることなんもねーよ。』
 その物言いに、シグナムは微かに眉を引き攣らせる、リインが何か抗議を上げたそう
にするが、言われたはやては至って上機嫌そうに頬を掻いた。
「ごめんなあ。
 なんや、階段駆け下りるのって、思ったよりしんどくて。
 こら、明日辺り筋肉痛になりそうや。」
 朗らかに言うと、はやては身を翻し、シグナムによって拘束された人間たちを見る。
殆どの人間が気を失っていて、呻き声を上げている何人かも意識は混濁しているのか、
目を開ける事はなかった。
 だが、誰一人として目に見えて怪我を負っている人間はいない。はやてはそれを確認
すると満足そうにシグナムを見上げた。
「さすがやね。
 二人に任せたら、もう向かうところ敵無しなんちゃうの?」
 シグナムははっきりと頷いた。
「主が望まれるのでしたら、
 どのような道でも切り開きましょう。」
 それは騎士の矜持だった。
 全身から沸き立つように、シグナムはその言葉の全てを自ら肯定してくる。地を踏み
しめ立つ彼女の、それは確かな自己同一性であり存在そのものですらあった。そしてそ
れは主と騎士の契約より派生するもののみで帰結するのものではなく、彼女の内面から
生ずる意志だ。
 主従、二つの視線が真正面から互いを射抜く。ややもあって顔を歪ませたのは、はや
ての方だった。
「シグナムが格好付けると、決まりすぎててもーあかんわ。
 ちょお、ドキドキしたやんか!」
 肩をぱこっと叩くと、はやては伺うようにシグナムに目をやった。シグナムは照れて
いるみたいで、視線を明後日の方向に飛ばした。
『もー、はやてちゃん、
 早く捕まえた人を確認するですぅ。』
 この期に及んで緊張感に欠けたやりとりをするはやてに、リインが頬を膨らませた。
あらやだそうだったついうっかり、と白々しく言って、はやては手元に空間モニタを展
開した。表示されるのはこのグループだと思われる人間のリストだ。倒れている人間の
顔を、一応の距離を取りながら調べていく。
 リストには五十余名分の氏名が顔写真と共に記載されている。とは言っても、どれも
それほど鮮明な写真ではない。証明写真のようにきちんと整えて取ったものではなく、
殆どが何処かの設置型カメラやら捜査官がてづから記録した映像から切り取ったものだ
から仕方がない。ましてや赤みを帯びた薄暗い非常灯の中では、倒れている者の顔とて
分かりにくい。はやては目を細めながら、注意深く一人一人調べていく。
 それを尻目に、アギトがやや退屈そうに口走る。
『でもさ、質量兵器なんて買う奴そんなにいるのか?
 魔法使えばいいわけだし、
 魔法使えない奴がそんなもん持ったって、
 騎士相手にはどうってことないだろ?』
 はやてはアギトの疑問に、作業を止めぬまま、うーん、と唸り声を上げた。
 アギトの言うことは間違いではない。魔導師にとって、魔法を使えない人間というの
は、早々に脅威にはなりえない。効果範囲など比べるべくもないほどに、魔導師や騎士
の方が大きいし、バリアジャケットと防弾チョッキ等々の性能も然りだ。
「それは、そうなんやけど。
 不安なんちゃうかな。
 魔法が使えるか使えないかだけで、
 生命与奪の容易さって、全く違うんやもん。」
 作業中ということも相まって、歯切れ悪くはやては回答を口にする。
「魔法相手に、素手では絶対に勝たれへんもん。
 それこそ強盗さんなんかの悪い人が魔法使いよったら、
 素直に頷くしかないやん。
 クラナガンなんかには、一定区画ごとにセンサーがあるって言うたって、
 センサーが反応してから人が来るまでにはどうしたってタイムラグが生じるし。」
 アギトは黙ってはやての言葉に耳を傾ける。はやては言いながら、アギトはクラナガ
ンの街中には一定区画ごとにセンサーがあることを知っていただろうか、と疑問を頭に
生じさせるが、なにも言ってこないので勝手によしとする。
「魔力にはその人固有の周波数があるから、
 まあセンサーに感知されれば、指紋みたいに個人が特定できるけどな。
 ごまかしようっていうのは、ないこともないし。
 どれだけ魔法による犯罪の抑止になるかは、いまいち微妙なところやねん。
 物理的な破壊は、もちろん可能やし。
 不安に感じる人が居てもおかしくはない。」
 それは一つの仮定だ。自分が魔力素養を持たずにミッドチルダに生まれついたとする。
ミッドチルダは時空管理局の地上部隊本部がある。これは警察みたいなものだ。いろん
な犯罪が起こったら助けてくれる。でも、起こるまでは助けてくれない。自宅警備はし
てくれないのだ。もちろん、悪い魔導師などというのは一握りだとは分かっているが、
マスメディアに寄る放送を見れば、普通の人が起こした事件から、悪い魔導師が起こし
た事件までいろいろ映る。悪い魔導師の起こした事件など数は少ないにしても、被害の
規模は常人の起こす事件に比べれば桁違いだ。そうそう巻き込まれることなんてないに
しても、背筋が冷たくなるのは避けられないだろう。
 ましてや、センサーなどの配備がなされていない世界などであった場合など、更に不
安に感じるかもしれない。ミッドチルダ程治安が安定していない世界など、五万とある。
「そういう個人の話は実際には僅かなんやろうけどな。
 取り引きの多くは、
 治安の安定しとらん世界に質量兵器を売り込むことで、
 大金を得る、とかいうあれなんやろうけど。
 魔導師一人を育てるよりも、
 質量兵器を100買い揃える方が余程安価で時間も掛からんしな。」
 突然、階下から大きな音が突き上げてきた。アギトとリインが一瞬驚いた様子を見せ
るが、はやてとシグナムは何処吹く風だ。どれだけ多くの魔法の気配に紛れてもすぐ分
かる。今のはヴィータの魔法だ。
「そういうわけで、武器とかの性能も上がり続ける。
 魔導師から身を守れるように、から、
 だんだん、魔導師に対抗できるように、魔導師に勝てるように。」
 はやての目が、一人の男を捕らえて鋭く細められる。モニタに表示したリストの最上
部に載せられている男だった。このグループの中心人物と目される男だ。目配せをする
と、シグナムがはやての隣に立つ。
「こいつですか。」
 はやては無言で頷いた。過去二度に渡る逃走劇の立役者にして、魔法の使用できない
捜査官3名を病院送りにした人物。転移装置のコンソールのすぐ傍で倒れている彼を見
下して、シグナムは告げた。
「私が入ってくるなり、真っ先に転移装置に向かって逃げた奴です。
 無様に背を向けるので、一撃で昏倒させました。」
 男はうつ伏せに倒れたまま、微かにも動かなかった。バインドに拘束され窮屈なのか、
時折顔を歪めるがそれだけだ。幸いなことに、3名の捜査官は後遺症もなく復職してい
るらしい。とは言っても、それでこの男に何か救われる点を見出すわけでもないが。
 はやては右手を翳し、念押し、と口の中で呟いてからバインドを加算する。
 最重要人物を確認すれば十分だろう。はやては他にリストの上位に居る人物が中にい
ないことを確認するとモニタを閉じた。その分の明かりが消え、モニタの明るさに慣れ
たはやての目には、周囲が少し霞んで見えた。すぐに暗順応するだろうと、瞬きを数度
繰り返す。
「取りあえず、転移装置を停止させようか。
 これさえ止めれば、私も結界解除出来るしな。」
 ちょお、気合入れて範囲広くしすぎたわ、とはやては表情を崩した。階下からの地響
きのような音が止む。どうやら、ヴィータ達の方も蹴りがついたようだった。
「そうですね。
 エネルギー体を封印してしまいましょう。」
 シグナムがはやてから視線を切り、転移装置に向き直った。出力の高さから、まず間
違いなく純度の高い高エネルギー結晶体が動力に使用されていると、技術部は推察して
いる。シグナムはレヴァンティンを引き抜くと、切っ先を転移装置に向け、下から斬る
様に上へと滑らせていく。
「う、―――――。」
 鈍い呻き声がシグナムの耳に届いた。シグナムは奇妙に思いつつも、引かれるよう顔
だけを振り返らせた。

 赤い光の中に、一枚の絵が描き出されていた。
 それは少女の姿だった。背中に三対六枚の黒い翼を背負い、漆黒の服を纏い、白い上
着を羽織った一人の少女。その少女が、整った相貌にあり、薄汚れた倉庫の中ですら気
概を損なわない碧の玉のような瞳を見開いて立ち尽くすんで居る姿。そこに忍び込む一
筋の不審。
 ナイフの柄が、少女の脇腹に生えていた。柄だけで、刃は何処にも見当たらない。代
わりに、液体が根元から染み出し、滴り落ちていた。
「主、はやて・・・?」
 返事の代わりに、はやての唇から何か塊が零れた。
 はやてが膝から崩れ落ちていく。手からシュベルトクロイツが滑り、帽子が床へと転
がる。柔らかい髪が流れる。
 重たいものが、地面に落ちる音がした。

 主はやてがうつ伏せに寝転がった。
 シグナムの頭が、そう判断を下したとき、転移装置が起動を始め、強い光を放った。
その機械的な白い光に今まで不鮮明だった色がはっきりと通常の意味を持って照らし出
される。
 シグナムの双眸に飛び込んできたのは鮮やかな赤だった。

「ある、じ・・・?」
 シグナムの呟きが虚空に投げ出される。それを掻き消す様に、左手にある転移装置が
重低音を響かせ駆動を始める。振動に視界が揺れる。目が回る。結界がぼろぼろと崩れ
落ちていくのが分かる。崩壊を始めた世界が、指の間をすり抜けていく。
 シグナムは跪き、はやてを抱き上げていた。誰かの声が頭の中をぐるぐると回ってい
るが理解できない。手を、足を、服を濡らす生ぬるい感触だけが全てだった。軽い軽い
と思っていたはやての体が、妙に重たい。愛らしく染まっていた頬が仄白い。いつもき
らきらと瞬いていた瞳が今は硬く閉ざされている。
 血生臭い。
 どうして、と思い、シグナムははやての腹部を見た。ナイフの柄がある。刃は何処へ。
体の中へか。どうして、魔導騎士たる主はやてに何故、そんなものが効力を持つ。質量
兵器か。なるほど、確かに近頃は魔導師に打ち勝てるよう性能があがっているらしい、
と頭のどこかで納得したときだ。
 転移装置が一際眩しく光を放ち、そのまま姿を消した。
 眩しさに目が焼かれ、目が見えなくなり、脳幹をただ一つの事実だけがやっと貫いた。

 はやての脇腹から流れているのは血で、唇から零れたのは血塊だ。

 瞬間、シグナムは口から絶叫を迸らせた。