あ、そういえば、こいつらの顔一度に見るの久しぶりだ、とヴィータは夕飯を食べ終わ
ってから気づいた。そう思う左手にはカップのバニラアイスがあり、右手には木のスプー
ンがあった。今日帰ってくる途中で買ったアイスだ。毎月この日は、近所のスーパーでア
イスが特売だからと買い込むことに決めている。ヴィータは木のスプーンをゴミ箱の前で
袋から取り出して口に咥え、開いた両手で蓋を開けそのままゴミ箱へ直行させると、リビ
ングへと歩いていった。
 リビングに入ると、やはり台所よりも一段温かい。ヴィータはまだ硬くて木のスプーン
では歯が立たないアイスを左手で温めながら、自分が座る場所を探す。リビングにあるソ
ファは三人掛けの小さい方と、四人掛けの大きいほうの二つだ。三人掛けの方には、シグ
ナムとシャマルが座っていて、ザフィーラが大きいほうの足元で丸まっている。リインと
アギトはといえば、テーブルの上でみかんと戯れていた。
 何だかんだいって、いつも通りの配置だった。ヴィータはアイスをしっかりと持つと、
背凭れの側から大きいソファに飛び乗った。そして、アイスを腹の上に乗せ、根っころが
る。
「あ、ヴィータちゃん!
 そんなだらしない格好でアイスなんか食べちゃダメです!」
 ぴしっと指を突きつけて怒るリインを一瞥し、ヴィータはツンと言い放った。
「じゃあ、リインには分けてやんねぇー。」
 その発言に、リインがぽかんと口を開け、そして頬を膨らませた。顔を赤くして、手を
ぶんぶん振る。
「そんなのズルイです!
 そもそも、ヴィータちゃん、お夕飯の直ぐ後にアイスなんて、
 お腹空いてるならなんで夕飯をもっと食べないですか!」
 ヴィータがう、と言葉を詰まらせて、視線をすっと逸らした。真横に居るリインからで
はなく、斜め後方からの視線がヴィータに突き刺さる。
「そうよねえ、私も不思議。
 ヴィータちゃんってば珍しく食が細かったのに、
 ご飯の直ぐ後にアイスを食べるなんて。
 どうしたのかしら、どこか調子でも悪いのかしら?」
 嫌ににこやかな声音がヴィータの精神を後ろからねちねちと削った。振り返るのが異様
に恐ろしい。振り返ったら負けだと、頭の中で警告が鳴り響くが、見えない意思がヴィー
タの首を後ろに回そうとぎりぎりと力を込めてくる。ヴィータはソファの背凭れに縋りな
がら、引き攣った返事をする。
「そ、そんなことねぇよ。
 ほら、アイスは別腹だって言うだろ、それだよそれ。」
 シャマルは微笑み、頷いた。
「あら、そうなの。
 そうよね、ふふふ。」
 さも可笑しそうな笑い声がヴィータの背筋をぞぞっと撫でた。いやでもここで、シャマ
ルの料理の味付けが微妙だったから、等とあまりはっきりと言ってはいけないと直感が告
げている。シャマルだって、本当のことをはっきりと言い当てられたら、傷つくに違いな
い。たとえ、何年経ってもいまいち料理の腕が上達していなくたって。
 ヴィータは無理矢理話題を変えようと、焦りつつも表面上はからっと言い放った。
「それよりさ、
 みんなここんとこどうしてたんだよ。
 なんだかんだ言って、揃うの久しぶりだろ?」
 そう言われると、と皆が相槌を打つ。どうやら、皆も揃うのが久しぶりだと気づいてい
なかったらしい。最初に返事をしたのはリインだった。
「リインはザフィーラと一緒に、病院にお見舞いに行ったり、
 お家のお仕事してたりしたですよ。」
 答えながらリインはヴィータの胸の上に立つと、ヴィータにアイスを分けるようにせっ
ついた。ああ、と短く言いながら、ヴィータがスプーンで少しアイスをリインに差し出す。
木のスプーンの上に少し取っただけでも、体の大きさの違いから、リインには大きな山だ。
口を大きく開けて噛み付くけれど、鼻の頭にアイスがついた。それでもリインは満足気だ
った。残りは溶ける前にヴィータが口に入れる。
「私とアギトは管理局だ。
 捜査の引継ぎ等を主に、な。」
 ヴィータの顔が僅かに曇った。ザフィーラは足元で、聞いているのかどうなのか、耳を
伏せたまま体を丸めている。ヴィータはアイスをもう一度取って、リインに差し出すと、
シャマルを仰いだ。
「シャマルはなにしてたんだよ。」
 問われて、シャマルは胸の前で開いた手を合わせながら答える。
「お医者さんと、これからの話を、ね。
 治療の方針とか、まだ難しいから。」
 当初危ぶんだよりはずっと、はやての回復の程は良かった。魔導システムに重大な障害
はなく、またはやてに合わせて魔導式は適宜改定されており、生命維持に必要な安定性の
ボーダーラインよりずっと上で、静かに回復に向かっているというのが現状と言って良い
とシャマルは皆に話していた。それを思い出し、ヴィータは頷いた。
「そっか。
 それじゃあ、結局出勤してるのシグナムとアギトだけだったんだな。」
 そう言うとそれまで黙っていたアギトが、はん、と鼻を鳴らした。
「姉御は病室の前うろうろしたり、
 食堂で伸びてたりしたらしいし、そういうことになるな。」
 ぐ、とヴィータが喉を詰まらせてアギトを振り替えると、アギトが悪戯っぽい笑顔で口
をにやっと歪めていた。会ったのはなのはだけだと思っていたのに、どうしてそんなこと
が筒抜けになっているんだ、とヴィータの脳裏を疑問が駆け巡る。手が止まる。その間に、
リインがヴィータの手からスプーンを奪ってアイスに突き立てていた。
 と、そこへ、普段は寡黙な守護獣が珍しく口を挟んだ。
「お前のことは評判になっていたぞ。
 毎日面会謝絶の病室の前に子供が居る、と。」
 ヴィータの顔が瞬時に真っ赤になった。
「あたしは子供じゃねーよ!」
 叫ぶと同時に体を起こすと、アイスごとリインが吹っ飛んだ。きゃ、と言う短い悲鳴に
リインを見やると、リインは半分ほどになったアイスとフュージョンしていた。
「うわ。」
 アギトが心底嫌そうな声を漏らした。
「うぅ、べたべたです・・・。」
 アイスカップから抜け出したリインが、乳製品と同化しながら泣きそうな顔をする。あ
ら大変、と言ってシャマルが席を立ち、慌ててタオルを取りに洗面所に向かった。
「バッテンちびは趣味ワリぃな。
 アイスとまで融合すんのかよ。」
 思わず呟いたアギトに、リインは涙目で反論する。アイス塗れの手をぶんぶん振り回す
と、飛沫が飛び散る。
「違います!
 リインが突っ込みたくて突っ込んだんじゃないです!」
 吹き飛んだアイスは主にヴィータに掛かる。顔を庇いながら、ヴィータが悲鳴を上げる。
「リイン、手を振るなって!
 アイスが飛ぶって!」
しかし、そんな声も何処吹く風、アギトは更にリインを煽った。
「フリジットダガー・乳製品か。
 当たるとべたべたする射撃魔法なんて、お似合いだな!」
 その言葉に、とうとうリインが怒った。
「アギト、そこに直るです!
 リインが成敗してやるです!」
 言うや否や、リインはヴィータを足蹴にして宙に飛び上がり、テーブルの上に居るアギ
トに踊りかかった。しかし、アギトはそれを予期していたように、リインの手をすり抜け
て蛍光灯の辺りまで一気に舞い上がった。
「へへっ!
 アイス融合騎なんかに捕まるかよ!
 べたべたして気持ち悪いっての!」
 蛍光灯を従えて、逆光の中で不敵に笑うアギトに、リインは拳を握り締めた。唇を戦慄
かせ、啖呵を切る。
「もう許さないです!」
 アギトとリインの大決戦INリビングの火蓋がここに切って落とされた。
 リビングの中を最高速で飛び交う二人の姿は、なんか蝿みたいだな、とヴィータはアイ
ス塗れにされた自分の服を見下ろしながら心中で呟いた。アイスはまだ半分くらい残って
いて、しかもその結構な部分はリインに食べられてしまっていたのだが、流石にリインと
ユニゾンインした後のアイスは食べたくなかった。アイスを無駄にしたことをアイスに詫
びつつ、ヴィータはアイスを片付けにソファを立った。うっかりザフィーラの尻尾を踏む
と、ぎゃん、と悲鳴が上がった。
 シグナムはソファに腰掛けたまま、ぽかんとアギトとリインの高速戦を眺めていた。時
折、二人を止めたそうに口をぱくぱくと動かし、手を震わせるが、首が二人を追うだけで
声は出ない。ヴィータはだめだな、これは、と肩を落とすと、台所へと続く扉を開けた。
 そこには、濡れたタオルを持ったシャマルが立っていた。
 笑顔で。
 床にはそこかしこにアイスの跡。振り返れば、蛍光灯の下で見ようによっては舞曲に乗
る二人の姿。それを彩る、乳白色の雫。ヴィータはシャマルと入れ替わりに台所に入ると、
後ろ手にドアを閉めて流しに向かった。
 蛇口から水を出しアイスを流していると、背後の扉の向こう側で、断末魔の叫びが聞こ
えた。