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 彼らをこの管理外世界から追い出す。することはそれだけだ。一人で全員を捕まえると
いうことを、この世界の人間に気づかれずに行うのは不可能と言ってよい。逮捕というの
はもちろん連行するという行為も含むからだ。数名の人間しかこの世界に潜んでいないと
いうことはないだろう。人数が増えればそれだけ、逮捕することは難しくなる。シグナム
が一度の個人転送で転移可能なのはせいぜい四名だ。
 だが必ずしも、この場で逮捕する必要はない。彼らの罪状は十分揃っている。ならば、
この管理局が不干渉を決めた世界から追い出しさえすれば、彼らは直ちにでも逮捕するこ
とが出来る。
<< Schlangeform. >>
 手中の魔剣が音を立て鞭状連結刃へと姿を変え、空間を下から袈裟懸けに切り裂いた。
刃は床を抉り、天井に深々と突き立ち他者を圧倒する。巻き起こる粉塵と破砕音にいくつ
もの悲鳴が重なり、空気を揺さぶった。
 管理外世界に潜んだ人間をあぶりだす。それの与える影響や引き起こす結果について、
この独断は到底許されるものではないだろう。一人であるからだとか、管理局の存在さえ
知られなければ致命的な過干渉にはならないであろうとか、それは自分の妄想の域を出な
いことを知っている。
 そしてこれは、一度はフェイトやティアナ達に行方を預けた事件だ。管理局の決定に従
い、自分は身を引くことを選んだ。それを、主が助からないと知って覆すというのがどれ
だけ無様なことか知っている。
「管理局が―――っ、くそ!」
 悪態を吐いて男が物陰から銃撃を放つ。それをシグナムは跳躍してかわした。生身の人
間に、魔導師の動きというのは到底追えるものではない。シグナムは天井近くまで飛び上
がると、下方、倉庫内に潜む人間の数を目算する。アースラ級すなわちL級艦船が数隻は
入るであろうここは倉庫というよりは格納庫と言った方が正しいだろう。シグナムの足元
には所狭しとコンテナが積まれ、一方で奥には何かの弾頭らしきものが大量に並べられて
いる。
 彼らの口から管理局という名が出て、なおかつ魔法を目の当たりにしても驚愕に目を剥
くことのないあたり、彼らはおおよそ全ての人間が管理世界の人間、引いてはここで活動
する質量兵器密輸犯と見て間違いない。シグナムが知っていたのは彼らが第121管理外
世界に潜伏しているということのみであり、詳細な場所については知らされていなかった。
それゆえ魔力反応の検出を行い発見したこの施設に、現在、管理外世界の組織からの干渉
を受けないように、内部にその時居た人間だけを結界内に取り込んでいるが、それは正し
かったということだ。
 数々のもの影に身を潜め、手にデバイスではなく武装をしこちらを見上げている人間は
非魔導師と見てよいであろう。ざっと足元を見渡した限りで言えば、二十名弱だ。魔導師
然とした者は他に五名ほどいるが、誰も飛び上がってこないあたりランクはA以下だろう。
 シグナムは剣を翻すと腰だめに力を込めた。
<< Sturmwinde. >>
 レヴァンティンが声を上げると同時、シグナムは刀身から生じた衝撃波を下方、数名の
頭上へと叩き付けた。返す刀で二撃を別方向に放つ。粉砕されたコンテナが弾け飛び、彼
らに降り注ぐ。
 そこへシグナムに横手から射撃魔法が迫る。飛行魔法を解き自由落下でそれを避けると、
シグナムは陣風が突き立った場所へと着地した。うず高く積まれたコンテナの間には、作
業用車両が一台通れる程度の幅しかない。遥か高い天井に取り付けられた照明はその隅々
まで照らし出すにはやや弱く、影が通路には朧に落ちている。シグナムはレヴァンティン
を右手に提げたまま、剣戟が巻き起こした埃の奥へと目を凝らす。崩れたコンテナの金属
片と中に収納されていた大量の機器類が散乱する向こう、人の気配が確かにある。気を張
り詰めれば直ぐに分かる。三人だ。
 レヴァンティンを鞘に収め、シグナムは三人の位置を推定する。視界が利かなくとも、
微かな物音や空気の流れを読み取ることなど、容易いことだった。二人は道の両端に立ち、
一人は物陰に倒れている。それが分かると、シグナムは裂帛の気合と共に、刃を解き放っ
た。
「飛竜一閃!」
 圧搾音と共に弾き出されたカートリッジが床に跳ねるより速く、鞭状連結刃は通路中央
を貫いた。粉塵が引き千切られ、視界が突然クリアになる。通路両端で身構えていた二人
の横を走り抜け、刃はその向こうの数あるコンテナを貫通し、轟音を撒き散らした。刃は
シグナムが剣を頭上に振り抜くのに呼応して、風穴を断層へと昇華し、掲げた手の中で魔
剣へと姿を変えた。
 武器を手にしシグナムへと向けていた二人の顔が凍り付いていた。シグナムは彼らに視
線をくれると、水平に空間を薙ぎ切っ先を向ける。彼らの両眼を睨み付け、シグナムは唇
から音を紡ぐ。
「レヴァンティン。」
<< Jawohl !! >>
 魔剣が応と声を張り上げたのが合図となった。
「―――んなの、相手にしてられっかよぉおお!」
 悲鳴染みた叫び声を上げながら、二人の男はシグナムに弾丸を乱射すると、一目散に逃
げ出した。狙いも定まらない銃弾があたるわけもなく、そこかしこで跳ね回る甲高い金属
音を頬に受けながら、シグナムは彼らの逃げる後ろ姿を眺めた。小さくなっていく背中は
非力で、矮小だった。
 目的は彼らをこの世界から追い出すこと。つまり、追い詰めるだけ追い詰めて、それで
もこの場から逃がすということだ。間違いなく魔導師達は気付いているだろう。シグナム
が張った結界は力学的にはそもそもの時空間から隔絶されているが、魔法に関しては制限
を負っていない。すなわち、転移魔法で逃亡することはいくらでも可能なのだ。
 圧倒的な力量差があることは一連の応酬で明示されている。誰もシグナムを倒せる等と
は思っていないだろう。追い詰めれば彼らは必ずここから逃げる。逃げ出す先は近隣の管
理世界か、観測指定世界だろう。この世界から一度の転移で渡航が可能な世界はそう多く
ない。
 シグナムは崩れたコンテナの方へと歩み寄った。怒号と喧騒が反響する格納庫内だが、
両側のコンテナの壁に反響し、靴音はシグナムの耳朶を叩く。シグナムは瓦礫の山を成す
コンテナ片の影へ顔を向けた。
「くそおおおっ!」
 絶叫と共に、その影から無数の銃弾がシグナムへと放たれた。鼓膜を打つ炸裂音は頭蓋
に響き、硝煙により瓦礫に足を下敷きにされながらも掃射する男の姿が曇っていく。だが、
全ての銃弾はシグナムの眼前に展開した正三角形の魔法陣に叩き落されていた。シグナム
は髪の一筋さえ乱れない。
 見る間に減っていく残りの銃弾。放たれた弾丸はシグナムの足元に散らばり、床の上を
跳ね転がっていく。夕立のように激しく降り注ぐひしゃげた弾丸の雨の中、泣き出しそう
に男の顔が滲んでいく。その耳に、かちん、と小さな金属音が打ち付けた。
 銃声の残響だけが張り詰める空気に落ちたその音は澄んでいた。
 男の顔が無様に歪んだ瞬間、シグナムは剣を振るった。掬い上げる様な一撃が男の足元
を斬り付けた。瓦礫の山が吹き飛び、壁面に強く叩きつけられる。男は見開いた目に、シ
グナムを映し動きを止める。シグナムの紺碧の瞳が、その視線を捉える。それはわずかな
一瞬だった。
 瓦礫が粉砕されたことにより、足が自由になったことに気付いた途端、彼は身を翻し、
転がるように走り出した。脇目も振らず、一心不乱に彼はシグナムから離れ、物陰を目指
し犬のように駆ける。シグナムは立ち尽くしたまま、一歩も動かなかった。
「Panzerschild」
 ただ呟くと、背後に左手の平を翳した。展開された障壁に、背後から飛来した砲撃魔法
が突き刺さる。仄白い魔力光はシグナムの魔法と身を削りあいながら、激しく発光する。
弾け散る輝きが、シグナムの視界の縁を跳ね回り焦がした。視界が白く染まり、耳が轟音
に飲まれ遠くなる。掌からだけ、痺れる様な痛みがした。
 どうして。
 光の中に、その言葉だけが浮かび上がる。
 どうしてこんなことをしなけらばならないのだろう。どうして、彼らは明らかに法を犯
しているのにこんな風に追い立てることしか出来ないのだろう。本当ならもっと堂々と、
正面から彼らを取り締まりに来たっていい筈だ。質量兵器の不正取引など、野放しにして
おくことは出来ない。それは正義である筈だ。それがどうして、こんな事でしか成しえな
いのだろう。
 砲撃が徐々に弱まり出す。シグナムは身を屈めると、床を蹴り付け高く跳ね上がった。
砲撃はそのまま宙を舞うシグナムの下を駆ける。空中に作り出した足場を蹴り、シグナム
は間髪入れずに砲撃主の眼前に肉薄した。
「紫電一閃!」
 咆哮と共に、刃が砲撃主を地面に叩き付けた。うつ伏せに倒れた魔導師のバリアジャケ
ットが霧散し消える。待機状態に戻ったデバイスにレヴァンティンを突き立て、シグナム
は顔を振り上げた。
 さっき見た人数と引き算すれば、魔導師は残り四人。彼らに逸早く撤退の決定を下ろさ
せるには、もっとまざまざと力の差を見せ付けるのが効果的だろう。だが、あまり大規模
な魔法を使っては不味いということが、彼らの攻撃の威力の低さからも見て取れる。恐ら
く、大威力を伴った攻撃行動で傷つければ、甚大な被害を引き起こすものがこの格納庫内
に複数含まれているのだろう。こちらも迂闊な行動を取るわけにはいかない。
 ここにある物品の量は、シグナムの予想を上回っていた。管理世界の人間が干渉してい
るとあって、魔法を用いて物の輸送は行われていると判っては居た。彼らは性能の良い転
移装置も複数台所有していることは以前からの捜査ではっきりしている。だが、これだけ
のものをやり取りすれば、それだけ人目に付き易くなる。ここまでの取引を行えるまでに
成長するまで、彼らを取り押さえられなかったということは、明らかに捜査の手落ちだろ
う。
 だが、これだけの物を取引しているのであれば、どれだけの金が彼らの元に転がり込む
のだろうか。積み上げられた品々をシグナムは見上げる。これだけ大きく軍備に寄与して
いるのだ。行く行く彼らは、この世界で地位さえ手に入れることがあるかも知れない。世
界を二分する大戦の最中であり、ここはその大国側である。可能性は十分あるだろう。こ
んな方法で、人を殺すためのもので稼いだ金で、人を殺して蓄えた権力で、人を足蹴にし
て生きていくんだ。彼らは。
 こんなことが、許されるんだろうか。
 シグナムは口を引き結ぶと、レヴァンティンを構え直した。その耳が、風切り音を捕ら
える。振り返るより早く、シグナムは天井目掛けて飛翔する。鞭状連結刃により切り裂か
れた天井の間から、星空が見える。その手前で身を捻ると、シグナムは地上を見下ろした。
そこにはこちらへと追尾を続ける射撃魔法が十基迫っていた。
「追尾型か。」
 言い捨てると、シグナムは尾を引くその輝きに向けて、大きく剣を振り被った。
<< Sturmwinde. >>
 魔力を伴った斬撃が大気を捻じ切り、大きなうねりを巻き起こす。創生された烈風は衝
撃となり、迫り来る魔法を一薙ぎの元に吹き飛ばした。魔導師の姿を求め倉庫内を見渡す
シグナムの視界に、一点、倉庫中央、コンテナ群から外れた開けた場所に強い魔力光が閃
いた。そこから射撃魔法が打ち出される。銃弾よりも速く。
 数百の射撃魔法が。
「なんだと!?」
 驚愕が口から迸るのと同時、咄嗟に展開した障壁に、幾百の魔法が襲い掛かった。
「――――っ!」
 予想だにしない数の魔法の前に、魔法陣がわずかに軋む。眼前で弾けて行く光の色は無
数。鮮やかな色彩が目の中を流れていく。シグナムから逸れたものは天井を穿ち、埃と砕
かれた照明の破片を降らせた。
「これは、一体・・・。」
 一点から無数の魔力光が放射されるなど、尋常なことではない。顔を歪めたシグナムに、
横手から砲撃魔法が放たれた。
「レヴァンティン!」
<< Jawohl !! Schlangeform ! >>
 結合を解かれた魔剣が、大蛇としてその身を顕現する。大蛇は炎を纏い、術者を中心に
竜巻のように体を天へと昇らせた。炎は射撃魔法を蒸発させ、砲撃を削り、それでも尚衰
えることなく空間を席巻する。熱と光は、薄暗い倉庫内を真昼の空へと変貌させた。
 炎に身を包み、シグナムが思案したのは僅かに一秒。滾る熱のたゆたう眼差しが、鋭く
意志を映し出した。
 大蛇の牙が眼下の景色を抉り潰した。とぐろを巻くように庫内で大きく螺旋を描き、立
ち塞がるもの全てを蹂躙していく。射撃は止み、二度目の砲撃は来ない。シグナムは丁度
螺旋が二週したところでレヴァンティンを剣に戻した。
 炎熱変換は攻撃の瞬間に解いた。何処からも火の手は上がっていない。コンテナ群は半
壊し、拉げた金属の塊となり散らばる姿は廃墟然としていた。舞い上がった埃の中、幾人
もが背を向けて走り去っていくのが見える。方向は皆同じ。シグナムから見て正面奥の方
だった。そちらに、転移装置があるのだろう。もう誰も、シグナムに向けて攻撃行動を取
ってくる人間は居ない。罵声も銃声も聞こえず、静まっていく残響だけがしんと耳に響い
た。
 これで終わり。
 あっけのない、幕切れだった。
 瓦礫の下敷きにされた者も居るだろうが非殺傷設定の攻撃であったし、手応えから言っ
ても人を切り裂いた感触はない。身動きの取れない者は近くの管理局支局にでも直接送り
つけてやればいいだけだ。他は放って置けば逃げる。例え高度にジャミングを行って転移
したとしても、シグナムの張った結界は通過しなければならない。その際に必ず大まかな
方角の予測は出来る。もうすべきことは終わったのだ。
 シグナムはレヴァンティンを右手に提げたまま、先程、無数の射撃魔法が放たれた場所
へと目を向けた。鞭状連結刃の一撃はその場所も破壊してはいるが、あの攻撃をしてきた
魔導師がどうなったか、高みに居ては判らなかった。シグナムは目を細めると、そちらへ
と降下を始める。照明の半分ほどが壊れ、夜が吹き込んできていた。
 魔力光というのは、各個人固有の色を持っている。それはリンカーコアが魔力素を魔力
に変換する際の波長の差から生じるものであり、任意に変化させることは出来ない。一人
の人間について、魔力光は一色。正確に言うならば、一つのリンカーコアにつき魔力光は
一色である。
 だが、先程の数百もの射撃魔法は、一点から放たれたにも関わらず、数十の色を輝かせ
ていた。シグナムが気付かなかっただけで、数十人の魔導師が他に隠れており、あの場か
ら一斉に魔法を放ったとは考えられない。シグナムはその発射点に降り立つと、緩やかに
周囲を見渡した。
 捲れあがった床材。散乱する金属片が足の下で煩く騒ぐ。収まってきた埃を振り払いな
がら、シグナムは折れた鉄骨の脇をすり抜け、一歩、開けたところへ歩み出た。そこには、
シグナムが開けた天井の切れ目から月明かりが柱のように降り注ぎ、立ち上る埃を光の粒
子に変えていた。光の舞台。その中に、一人の人間の影がある。
 目を凝らし、一歩踏み出したシグナムの靴が甲高い音を響かせる。静寂に染み渡る音。
人影がシグナムの方を振り返った。その男の顔に、シグナムの唇から低い声が漏れた。
「貴様は、―――――。」
 月光の中に立っていた男。
 それは、はやてを刺した男だった。