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 好きだよ、と言って全部伝わればいいのに。
 そんなことを思いながら、私は後ろの席に座るフェイトちゃんを振り返った。窓際の席、
私は前から5番目で、フェイトちゃんは6番目。奇数のクラスだから、一つだけ飛び出た
席。放課後の教室には誰もいなくって、雨音の気配だけが、無言の私たちの間を埋めてい
く。淡い光に、フェイトちゃんの頬が青く照らし出されている。濡れているみたいに見え
る横顔。髪の毛が滑って、数本机の上に落ちた。雨の湿った気配の中、その音だけが乾い
ている。
 雨音は歌に聞こえる。それか、音楽か何かに聞こえる。空から降ってきた水滴が、屋上
に、窓に、桟に、グラウンドにとあたって弾けているだけなのに、いろんな音がする。高
い音、低い音、軽い音。いろんな音が乱雑なタイミングで絶え間なく響き続ける。
 フェイトちゃんはノートに古文を写していた。予習だ。明日の、次の授業から新しい単
元に入るから、フェイトちゃんは予習している。何をやるんだったろう。私はよく覚えて
いない。古文は苦手だったし、皆、分かったような、よくわからないような曖昧な話にし
か思えない。ただなんとなく、日本語は綺麗だったんだろうな、って思うだけ。私は本当
に、言葉を知らない。
 フェイトちゃんが教科書を一頁捲った。紙の擦れ合う音が耳に残る。
 伏せられた長い睫は、髪の毛と同じ金色で、その長い睫の上を、雨の色をした光が跳ね
ている。白い肌は綺麗で、滑らかだった。頬のラインをなぞる産毛はやわらかそうで白く、
光に縁取られているみたいに見えた。呼吸の音が聞こえる。穏やかな音は乱れることはな
く、一定の間隔で続いていく。
 華奢な肩の線。カッターシャツ姿のフェイトちゃんは肩の細さが際立っている。高くな
り出した背だけれど、体の細さは相変わらずで、儚げにすら思える。雨のせいだろうか。
彼女が消え入りそうなときなんて、もう数えるほどなのに。
 フェイトちゃんの赤い瞳が滑っていく。いつもより少し暗い色をした目の表面に、光が
滑らかに流れている。
 私は、言葉をしらない。古文の教科書に載っている人よりももっと、身近にいる人たち
よりももっと。私は本当に言葉をしらない。国語が苦手なのが原因なのか、だから国語が
苦手なのかはよく分からない。ただ、もっと知っていたら、言い表せたのかも知れないし、
うまく伝えられるのかも知れない。
 フェイトちゃんの影が、ノートに落ちている。普段よりもずっと淡くて朧な色の影。
 フェイトちゃんの手がそのノートに文字を綴っていく。たくさんの言葉、私の知らない
言葉の羅列。この中になら、この人たちなら、私の中の全てを言い表す言葉を持っている
んだろうか。
 フェイトちゃんの頬が角度を変える。私は触れたくて、触れられない。
 私は膝の上に置いたままの手を、きゅ、と握り締めた。