「ああっ!
 リアガラスが!!」
 フェイトの悲鳴と共に、リアガラスが砲弾により砕け散る。途端、強烈な風が吹き
込んで来た。
「本当に撃ってくるなんて!」
 なのはが後ろを振り返り叫ぶ。そこへ新たな誘導弾が迫り来る。フェイトがハンド
ルを切りいくつかをかわすが、避け切れなかった二発がトランクとバックのサイドガ
ラスを突き破った。
「なのは。」
 フェイトがアクセルを踏み込みながら、静かな声で呼びかける。なのははフェイト
の横顔を見詰めた。真剣な眼差しが、揺れることなく行く手を映している。真昼の高
速道路に他の車はない。だが、この先は分からない。早く振り切るなり、相手を抑え
るなりしなければ人を巻き込んでしまうだろう。知らず知らずのうちに、なのはは拳
を握っていた。
 フェイトが告げる。
「オープンカーに変えるね。」
 一発の砲弾がリアガラスに止めを刺した。なのはの髪が後ろへ大きくなびく。なの
はは乾いた唇を震わせる。
「もう一回、言ってくれるかな、フェイトちゃん。」
 更に砲弾が放たれて、フェイトはハンドルを乱暴に切る。瞬間、横手から掛かった
力になのはは息を詰まらせた。フェイトがもう一度、怒鳴るように言った。
「オープンカーに変えるね、なのは!」
 叫ぶや否や、屋根とサイドガラス、リアガラスが消える。吹き付ける強烈な風が、
なのはの目を閉じさせた。風を切る強い音が聴覚を紛らわせ、なのはは怒鳴り返す。
「どうしてオープンカーにしたの!
 撃たれてるんだよ!?
 これじゃあ丸見えじゃない!!」
 すると、フェイトがなのはを振り返った。涙目で絶叫する。
「だって、
 車が壊れちゃうよぉっ!!」
 なのはは言葉を失った。フェイトはなのはの視線を振り切り、前を見る。誘導弾を
かわしつつのためか、徐々に車間が狭まってきている。追いかけてくる4台の車。そ
こからは絶えず複数の砲弾が発射されてくるというのに、フェイトは何故車の心配を
するのか。なのはは堪らず言い返す。
「フェイトちゃん!
 これじゃあ狙い撃ちされちゃうよ!
 早く、元に戻してって!!」
 すると、フェイトは厳しい顔つきでなのはを見返してきた。
「なのは、私は、命よりも大切なものってあると思う!」
 その真剣な眼差しに、なのはは思いっきり怒号を叩き付けた。
「でもそれは、
 絶対に車じゃないよ!!」
 音を立てて、なのはの耳元を砲弾が掠めた。髪の毛が数本散る。なのははフェイト
の横顔を見詰めた。
「フェイトちゃん、もしかして。」
 フェイトが横目になのはを一瞥する。なのはが問う。
「まだ、ローン残ってるの?」
 フェイトはゆっくり、だがしかししっかりと肯いた。
「あと、3年分。」
 なのはは押し黙った。無理な機動に、タイヤが路面といびつな音を立てる。なのは
はため息をつくと、体ごと後ろを振り返った。
「だから、」
 そして、なのははアクセルシューターを周囲に展開する。光弾が黒い車を明るく照
らし出し真昼の空の色が変わる。なのはが叫ぶ。
「軽トラにしておけばって言ったのに!!」
 そんなのやだ! とのフェイトの声を掻き消して、アクセルシューターは迫り来る
誘導弾を叩き落し、残りの複数個が20メートル程に迫った車を撃った。閃光が巻き
起こり、追跡者との間を隔てる。
「まあ、屋根が無い分迎撃しやすいからいいってことにしようか。」
 なのははほっとしたように言うと、フェイトに微笑みかけた。目尻に涙を浮かべた
ままだったフェイトの表情が和らぐ。
「うん。
 これくらいの修理費だったら、まだ、いいかな。」
 ため息のようにフェイトが吐き出したその時、一条の光弾がサイドミラーを吹き飛
ばした。
「ああ!
 サイドミラーが!!」
 フェイトの悲鳴が響き渡る。倒したと思って油断していた。車は速度を緩めること
なく迫ってきていた。車体に傷を負った様子は見えない。おそらく、対魔力防御加工
を施されているのだろう。流石、管理局員二人を追ってくるだけのことはある。
 誘導操作弾が新たに50以上吐き出される。アクセルシューターの管制限界を考え
ると、全てを打ち落とすことは不可能だ。もちろん、フェイトがいくら上手く避けよ
うとしても避けきれるはずなど無い。
 なのはは手を後ろに翳し、ラウンドシールドを展開しようとした。瞬間、フェイト
がハンドルを突然、大きく切った。なのはは姿勢を崩し、シートに叩きつけられる。
誘導弾は半数が路面を削り、残りのうちの半数が車体を削り取った。
「ああ、ローンが!!」
 フェイトがまた悲鳴を上げる。
 なのははシートに掴まったまま、フェイトに問いを投げつけた。
「フェイトちゃん、どうして今、ハンドルを切ったの!?」
 体をシートに打ち付けて痛い。そんな切実さを孕んだ声に、フェイトはう、ごめん
と呟いてから、申し訳なさそうに言う。
「ラウンドシールドなんて展開したら、
 抵抗を受けて大失速しちゃうし。
 それにラウンドシールドって、
 術者と一定の距離を保って形成されるものでしょ?
 だから、その、――――。」
 言いにくそうに一度切ってから、フェイトは消え入るような音量で告げた。
「なのはの腕、千切れちゃうかも。」
 それか、なのはごと車外に吹っ飛ぶかも。
 フェイトが口にしたその事実に、なのはは薄ら寒いものを感じて、顔を引きつらせ
ることしか出来なかった。蚊の鳴くような声で、そうだよね、とだけ囁いて、アクセ
ルシューターを幾つか出す。
 どうやら、全てを打ち落としていくしかないようだった。