息抜きって、大切だと思う。
 少なくともなのははそう確信していた。人からはよく、気張りすぎててはいけないだ
とか、肩の力をたまには抜けだとか、なにやら心配されているようなことを言われるこ
とがままあるが、なのは自身は、息抜きは大切なものである、という確信を持っている
ので、そんなに頑張り過ぎている、というほど何かをしている気はない。むしろ、何か
を背負っているようなのは、隣に座っている彼女だろう。
 なのはは何度目になるかよくわからないまま、妙に緊張しているらしいフェイトを覗
き見た。フェイトが端正な眉を歪め、机の上に広げた白紙を腕組しながら睨み付け始め
たのは、果たしてどれくらい前だろうか。窓の向こう、消えていく太陽は夕焼けを作り
出さず、空をゆっくりと暗くしていく。グラウンドも、町並みも少しずつ青く霞み出し
ている。
 もう数十分もすれば、蛍光灯をつけていない教室には青さが充満して、フェイトの姿
すらその中に溶けていくのだろう。
 なのはは、音を立てずに身じろぎをした。
 フェイトが向き合っているのは、委員会で出す広報の原稿だ。一人が書く文面は、葉
書よりも小さい。ただのお知らせといってしまえばお知らせで、みんなぱぱっと片付け
てしまうような、その程度のもの。例えば、はやてやアリサが同じ仕事をすれば、5分
や10分で終わってしまうだろう。
 でも、フェイトはシャーペンを握ることも出来ないまま、ずっと紙を見つめている。
そうすれば、何か文字でもそこに浮かんでくるとでも言うような、そんな感じだった。
しかし、あぶり出しのように文字が浮き上がってくることはなく、紙はだんだん暮れの
色に染まりだして、白をその中に埋めていく。
「フェイトちゃん。」
 なのはは唇にその名を乗せた。紡がれた音色に、つややかな髪が揺れ、フェイトが振
り返る。淡い色の髪、夜が街中を包み込みだし、フェイトの瞳もその空気に飲み込まれ
ている。
「なのは。」
 青白い頬に驚きが微かに滲んでいた。なのはが口元を緩めると、フェイトは表情を変
えて、眉を垂らした。
「あ、ごめんね、こんなに遅くなっちゃって。
 いい、よ?
 もう待ってなくても。」
 控えめで、伺うように言った声はやわらかく、なのはへと帰宅を促す。なのはは首を
緩やかに振ると両腕を枕にして机に寝そべり、フェイトを見上げた。
「待ってるよ、一緒に帰りたいし。
 それに、一緒に居たいから。」
 フェイトは少し戸惑ったようになのはを見つめた。それから、ほのかに頬の色が変る。
フェイトは、うん、と頷いた。
「私も、なのはと一緒に居たいな。」
 なのはは微笑んだ。サマーセーターを羽織った腕の上で顔を動かすと、硬めの生地に
頬が少しへこんだ。目を瞑ると眠ってしまえそうで、なのははゆっくりと瞬きをした。
フェイトが机に向き直る気配がして、それだけだった。ペンを握る音も、文字が綴られ
ていく音もしない。
 夜に、教室が飲まれていく。