唇で形を描いてみる。 彼女の名前を無言で呼ぶ。 フェ イ ト ちゃん、って、一つずつ区切って、ちゃんと口の動きだけでわかるように。 そうすると、目の前に座っていた彼女は微笑み返して、同じように唇で名前を紡いだ。 音のない会話。 二人の間には、繋いだ掌だけがある。 外には、葉を染めた桜の木々があった。 曇り空の下、桜の木は一枚ずつ、色づいた葉を土の上に降り積もらせていく。 春には、淡い花びらを舞い上がらせていて、 窓を開けると図書室に吹き込んできた桜の木々。 はやてはそれを思い出すと、手を伸ばして窓を薄く開けた。 鍵すらひんやりとしていた窓からは、冷たい空気が流れ込んできてはやての頬を滑った。 首筋を這ったその気配に少し身震いをすると、フェイトが微かに微笑む気配がした。 見上げると、フェイトは空を仰いでいた。 秋の高い空をずっと見つめて、赤い瞳が今だけは、 窓の形に切り取られた、白い光を映していた。