後ろから抱き付いて、鼻先を押し付けて、擦れた声で囁いた。
「ねえ、いい?」
 そうすると、手の中で彼女の体が少し強張った。そのまま息を詰めて、静かに止まる。
だからはやては彼女の背中に顔を埋めたまま黙っていた。急かしもしないし、これ以上
誘いもしない。ただ、彼女の匂いを少し感じて抱きついているだけ。腕の中で、自分の
か彼女のか分からない熱が篭る。
 彼女は身じろぎもせずに、立ちすくんでいた。その顔が俯く。そうして、彼女は消え
入るような声で一言呟いた。
「いい、よ。」
 長い金色の髪の合間から覗く、形のいい耳は赤く染まっていた。
「ん。」
と、小さく返事でもない声を漏らすと、はやては彼女の髪を鼻先で避けた。首筋が露に
なって、夜の中、蛍光灯によって隔絶された室内に晒される。彼女の匂いが香る。はや
ては僅かに開いた唇で、口付けを落とした。彼女が息を呑んで体を丸める。はやては唇
で触れたそこを舐めると、白い肌を強く吸った。歯を軽く立て、甘噛みをして。
「はやて。」
 揺らめく彼女の声が、はやてに縋った。はやては唇を滑らせて、耳の裏に寄せると言
葉を返す。
「なに、フェイトちゃん。」
 はやてはわざと、フェイトの耳に熱い息をかけた。フェイトが緩く唇を噛む。見えな
くても分かる。はやては耳の裏に舌を這わせると、そこにも痕をつけた。白い肌が赤く
染まる。ゆっくりと、はやてはフェイトの首筋に痕を一つずつ付けていく。きっと、髪
にだって隠れないだろうと分かっている。でもやめない。
 フェイトは身を竦めたまま、ずっと口を閉ざしている。はやては絡め取っていた腕を
解くと、フェイトの上着のボタンを外していく。それから、リボンタイを片手で床に落
とした。喉元を撫でて、シャツに手を掛ける。
「はやて。」
 フェイトの唇が、名前を紡いだ。その声音が、何を隠しているか知っている。でも、
答えない。立っているのが辛いなら、目の前の机に手でもつけばいい。はやてはフェイ
トの上着を床に放った。金属のボタンが高い音を立てる。耳に響く。シャツのボタンは
全て外した。開かれたそこから手を滑り込ませて、腹から胸へと撫で上げていく。下着
を強引に押し上げて、胸を掌に包み込んだ。
「っ、」
 体が一瞬跳ねて、背中がきゅっと丸まった。腰の高さが落ちて、頭一つ分くらいある
はずの身長差が無くなる。はやての顔よりも低い位置に、俯けられたフェイトの頭があ
った。
 フェイトの体が、文字通り腕の中に納まっている。シャツ越しに伝わってくる背中の
熱が、はやての胸に、腹に押し付けられていて、回した腕は彼女の体を掴んで引き付け
ている。
「う、ぁ・・・あ。」
 胸の感触を手で弄んで、指先でなぞった。右手の中指の柔らかいところで触れるだけ
で、思ったように声を上げさせられる。震えさせられる、身悶えさせられる。彼女の全
てを多分、知っている。何処を触れば泣きそうな顔をするか、とか、何処を噛むと体が
跳ねるか、とか。
 はやてはシャツの襟首を引っ張ると、強引に脱がせた。フェイトが何か言いかけた気
がしたが、言葉にはなっていないから無視した。曖昧な言葉なんて要らない。返事の替
わりに指で胸を握り潰した。フェイトの肩が落ち、両手がすぐ傍にあった机の端を掴ん
だ。なめらかなラインを描く背中に、金色の髪が流れて覆い隠していた。それがどうに
も邪魔に思えて、はやては髪を結んでいた黒いリボンを解いた。金髪が音もなく散り、
背を撫で、肩口を落ちて光のように零れた。背中には、耐えるように込められた力に、
肩甲骨が浮き上がっていた。
 その、少し下。腰の少し上辺り。左の脇腹の方から、背骨の傍に至る所に、うっすら
と線が浮いていた。光の加減でしか見えない線。誰も、きっと、本人ですら気づいてい
ない痕。皮膚が引き攣った痕。はやてはその線を指で辿ると、フェイトが僅かに、身を
捩った。
 はやてはフェイトの頭を、机に押さえつけた。金髪が指に絡んで無残な音を立てる、
フェイトが振り返ろうとするのすら力づくで制して、もう片方の手をスカートの中に入
れた。そのままタイツも下着も下ろした。力任せにやったら、タイツが伝線したような
感触があった。でも、知らないフリをする。何もかも。
「はやてっ。」
 上擦ったフェイトの声が放たれた。押し付けられた机の上を這って、はやてには届か
ない。はやてが居るのは前じゃない、後ろ。
「なに?」
 なんの気もなく返した自分の言葉が、どう響いているかなんて知らない。はやては足
の間、温かく濡れたそこに触れると中指を滑り込ませた。奥深くまで入り込んで、柔ら
かい体内に飲み込まれる。フェイトの、体の内側。一際大きく震えた体が、机の上で小
さくなる。
「あ、ぁぁ。」
 細切れの嬌声。指を入れたそこに、あまり余裕はなかった。動かすと、フェイトが背
を跳ねさせる。知ってる。彼女がよがるのは、ここまでだって。知っているのに、人差
し指で無理矢理入り口を広げさせて、二本目を入れた。
「―――っ。」
 強引に動かしたら、入り口なんかは傷ついて、体の中を痛いくらいに掻き混ぜてしま
いそうだった。実際、フェイトが痛いとしか感じていないことなんて分かってる。足の
力は殆ど抜けている。机についた腕だけで、自分の体と、痛みを支えているんだって、
知ってる。でも、座らせない。手だって止めない。
「あっ、あっ、」
 今にも泣き出しそうな、それは殆ど悲鳴で。
 痛いだけの行為を、ずっと繰り返す。耐えるように丸められる背中。光の当たる角度
が変って、それでも腰の薄い線は見えなくならない。消えてはなくならない。はやては
顔を歪めると、指を抜き去った。腰に回していた腕も放してしまうと、フェイトはその
まま床に座り込んだ。荒い息を吐いて、机を掴んだまま。
 はやてはフェイトの顎を掴み、肩を押した。床に倒して、馬乗りになって顔を覗き込
む。両手を顔のすぐ横についた。自分の影が、フェイトの上に落ちる。涙が滲んだ赤い
瞳が、はやてを見上げた。透明な目。はやてはそれを見下しながら、静かに言葉を撃っ
た。
「ねえ、なんでいつも、嫌だって言わないん?」
 フェイトが戸惑ったように、口を引き結んだ。一度だけ。それから、ゆっくりと右手
が伸びてきた。傷の無い、綺麗な指先が頬を撫でる。
「だって、はやて、」
 フェイトの掌が、はやての頬を包んだ。
「泣きそうな顔してる。」
 親指が左目の端をなぞる。雫の感触が確かにあって。
 それでもはやては眉を寄せた。
「そんなわけ、ないやろ。」
 笑おうとしたら、涙が零れて、フェイトの顔に落ちた。

 あの人の影に勝ちたかった。




 この人の優しさに、勝ちたかった。