雨の道を、水溜りを蹴りながらはやてが少し後ろを歩いている。
フェイトは黄色い傘を肩に掛ける様にしながら、そんなはやてを見ながら歩く。
雨はもう随分小振りで、厚い雲の合間から光が零れてきていて、
遠くの方の家や景色に橋を渡していた。
今日は、珍しく二人きりの帰り道だった。
いつも一緒の、なのはやアリサ、すずかは習い事やらなんやらで早く帰ってしまっていた。
だから、二人きり。
でも、思うように会話は続かなかった。
フェイトは足元の水溜りを避けて、道の先を見る。
住宅街に横たわる空き地の脇を抜けてしばらくすれば、はやてとは分かれ道になってしまう。
だから、何か上手いことしゃべりたいと思っていた。
多分、はやても同じだろうと思う。
いつもは人の目を真っ直ぐ見て話すはやてが、空き地ばかりを眺めては、
長く伸びた草の上に乗った水滴を弾いて遊んでいる。
みんなと一緒に居るときは、5人で、
その場の雰囲気とか勢いとかで、何の臆面もなくしゃべれる。
はやてもよくフェイトに話題を振るし、フェイトもその話題に乗る。
でも、二人になるとそれが途端にうまく行かなくなる。
何を話していいのか、急に分からなくなる、いつも。
フェイトの目から見て、はやては不思議な空気を持った子で、
透明な瞳で世界を映していると、思っていた。
今日みたいな雨の日なんかは特にそうで、
窓の外に伝い落ちる雨粒がはやての目の中でだけ、輝いているように見えた。
そんなはやての目に、自分はどう見えているんだろうと、たまに不思議に思う。
鏡の前で見るのと同じ顔をしているんだろうか。
尋ねたことは無い。
二人きりの時しかそんなこと訊けないのに、
二人きりの時は、いつも決まって黙ってしまうから。二人して。
アスファルトを意識して踏むと、水溜りも無いのに、水が跳ねた。
「雨、止んだんとちゃう?」
不意に、はやてが口を開いた。
振り返ると、はやては黄色い傘の下から手を伸ばしながら空を見上げていた。
厚い雲がいつの間にか割れて、青空と白い雲が頭上に開けていた。
雨は、屋根から滴るみたいに、一つ二つが空気をなぞるだけだった。
「ほんとだ。」
フェイトが返事をしている間に、はやては黄色い傘を畳んだ。
ワンタッチ式の傘は、しぼむと金属が合わさる小さな音を立てた。
先端から雨水が流れて、アスファルトの上を踊る。
フェイトも傘をしまう。
そうすると、やおら、はやてが傘の先端をフェイトに向けた。
肩の高さで伸ばした手の先にフェイトを捉えて、照準を合わせるみたいにして、
はやては悪戯っ子な笑みを浮かべた。てっぽうだ。
「金をだせ!」
言うや否や、はやては手元のボタンを押して、傘を勢い良く開かせた。
布地が張られる低い音が響くと同時に、水滴がフェイトに向かって一気に飛んだ。
フェイトが驚いて、いまさら遅いのに両手を軽く上げた。
そうして、決まり文句を口にする。
「洗面器!」
はやてが笑った。
「金貨!」
フェイトは自分の黄色い傘を持ち上げて、はやてに照準を向けると、元気良く声を上げた。
「金をだせ!」
鈍い音を立てて、傘が水滴をはやてに弾き飛ばした。