「はやて。」
耳元でささやかれた響きには、甘えた雰囲気が香っていた。
なに、と振り返るより早く、はやての頬にフェイトの唇が触れる。
「な、なんよ、いきなり!」
突然のことに上擦った声を上げて、はやては頬を押さえながら身を引いた。
ソファが突然のそれに文句を言うが関係ない。
「え、と、だめ、だったかな?」
はやてにすり抜けられてしまったフェイトが、ソファの端に座ったまま首をかしげる。
おずおずとした仕草で、伺うように上目遣いをしてくるのは、
計算なのか天然なのか。
いや、天然に決まってるか、フェイトちゃんだし、とはやては否定すると肩を落とした。
「別に、だめとは言うてへんけど。」
目を逸らしながらそう答えると、フェイトの顔がぱあっと輝いた。
期待に瞳を煌かせ、首を振り振り、はやてにうかがう。
「じゃあ、その、キス、して・・・いい?」
頬をほのかに染めて、はにかんだように言った。
ああ、なんでこの人、今日はこんなに乙女なんやろう、と頭の中で現実逃避染みてはやては思う。
何か、誰かに入れ知恵でもされたのかも知れないが、そんなことをするような人間は、
多いような少ないような。
どちらにしろ、こんなビーフジャーキーを目の前にした子犬のような表情を向けられては、
だめといいなおすことが出来よう筈もなく。
「ええよ。」
はやては観念してうなずいた。
フェイトが笑みを零し、ソファの上を手で歩いて、はやてに顔を寄せた。
その手がはやての頬に触れる。
「いきなり、どうしたん。
 なんや、大胆やない。」
はやては間近にあるフェイトの瞳を見ながら尋ねた。
フェイトは微笑むと、目を伏せる。
金色の睫の上を光が跳ねて、滑らかな頬が、通った鼻筋が、緩やかに息を吐く唇が向けられて。
はやては息を呑んだ。
フェイトの首筋に片手で触れて、目を閉じる。
唇が重なる。
ほんのわずかの間、呼吸を止めて、
二人の間に空気すらなくなって。
「はやて。」
離れると、フェイトがはやてを見つめた。
無邪気な笑顔で、その眼差しには好意しかなくって。
はやては笑みを返すと、フェイトの肩を手で押した。
よくわかっていないフェイトが、不思議そうな顔をしたままソファに背中から倒れこむ。
はやてはフェイトの顔を覗き込むと、ちょっと不機嫌な表情をして言った。
「次は、私の番やからね。」
熱い頬が、装った不機嫌さの中に隠れてしまばいいのに。