なのはがため息をついた。 「最後の一人は、 とぉーっても足のはやい、はやてちゃんかあ。」 その落胆仕切った様子にフェイトが苦笑し、スバルが首を傾げた。 「そんなに足が速いのに、 なんでそんなになのはさん、残念そうなんですか?」 なのはとフェイトが顔を見合わせた。 しかし、そのどちらが返事をするよりも早く、スバルは後ろから足蹴にされた。 両手をついてうっかり四つんばいになったスバルは、蹴飛ばしてきた人物を見上げた。 「ティアナ、痛いよぉ。」 涙目になって訴えるスバルを、ティアナは一瞥しただけだった。 フェイトは目を丸くして、なのはは楽しげに頬を緩めた。 エリオとキャロは慣れっこみたいな風だ。 なのはがちゃかすよう言う。 「でも、エリオがあの距離から捕まっちゃうくらいなんだから、 はやてちゃんじゃあ、フェイトちゃんが1キロくらい離れてないと勝ち目ないんじゃない?」 フェイトが呆れた。 「なのはだって、おんなじような足の速さじゃなかったっけ?」 小学生の頃も中学生の頃も、50メートル走でも持久走でも、 二人してビリ争いをしていた思い出がフェイトの頭を過ぎる。 フェイトはいつも、すずかや他の足の速い子に混じって、一位を取ったり取られたりしていたから、 持久走の時なんかはいつも最後はなのはとはやての応援をしていたものだった。 二人ともへばっているくせに、最後のコーナーからビリになりたくないがためだけに、 最初で最後の全力疾走を見せるから面白い。 二人の勝率は五分五分だ。 なのはが頬を膨らませた。 「私は、教導隊に入ってから足が速くなったの。 今なら、絶対にはやてちゃんに勝てるよ。」 自信満々に宣言し、なのはは心なしか胸を反らした。 フェイトは、どこから来る自信なんだろうそれ、と思いながらも、 そんななのはが可笑しくってそれでなんだか微笑ましいから、笑った。 「じゃあ、今度は缶蹴りじゃなくて持久走だね。」 そう告げて、軽く手を振り、はやてを探しに歩き出す。 まだ探していない草むらは多いし、さっきのどたばたの間に、隠れ場所を変えたかもしれない。 フェイトは注意深く周囲に気を配りながら、手近の草むらへ歩いていった。 缶の立地条件は、訓練場の開けたくさっぱらの真ん中で、 数メートル離れたところに木が一本立っている他には何もなく、 隠れられる場所は離れた草むらだけだ。 だから、缶を蹴ろうと思ったら、フェイトと足の速さで勝負することは免れない。 普通に草むらに隠れたならば。 はやては缶から離れていくフェイトを見下ろしながら、 引き攣る顔面の筋肉をどうにかこうにか抑えようと頑張っていた。 「言いたい放題言い寄ってからに。 後悔させたるで。」 誰にも聞こえないように呟くと、はやては木の枝を握りなおした。 はやてが隠れていたのは、缶の傍に立った木の上だった。 季節柄、青葉が生い茂り、はやての姿は真下にでも来なければまず見えないし、 そもそも誰も木の上に潜むという戦法など考えないだろうことから言っても、 完璧な隠れ場所だ。 しかも、缶に近い。 飛び降りて、5歩も走れば缶にスライディングをかませるだろう。 いくらフェイトの足が速くても、いくらはやての足が遅くても、この距離なら確実に勝てる。 なにも、走るだけが勝負ではないのだ。 それに、持久走でもなのはには負けるつもりなんかない。 木の葉の間から、はやてはフェイトの姿を探す。 随分長いこと掴まっていたので、手はだいぶ疲れてきている。 フェイトがはやてを探しに、あらぬほうに離れていく今が勝負時だ。 はやてはフェイトがどの程度離れたか探るため、 日の光を透かす、広葉樹の柔らかい葉っぱの重なりの間から目を凝らした。 しかし、はやてを十分隠してくれるだけの木の葉は、 逆にはやてからもフェイトを隠してしまう。 左手の方向に歩いていった筈だが、 手の先にある5、6枚の葉をつけた小枝が丁度邪魔してフェイトの姿が見えなかった。 首を伸ばしてみたりするが、どうあってもその葉が視界を埋めてしまう。 はやては小枝を押しのけようと、 右手で木をしっかりと掴み、体を伸ばして左手の指先で触れた。 そのときだ。 太い枝にかけていた左足が滑った。 「きゃ!」 重心が落ち、体が空中に滑り出す。 左手が枝を掴もうとさ迷うが、木の葉の先に触れただけで何も掴めない。 木陰だけが指の間をすり抜ける。 「はやてちゃん!?」 なのはの悲鳴染みた声が聞こえる。 わき腹を横手から伸びていた別の枝が引っ掛けた。 「うわあぁっ!」 体勢を崩され、体が前のめりに落ちていく。 なすすべもなく宙に投げ出され、頭から地面に向かって吸い込まれていく。 「はやてっ!」 フェイトの怒鳴り声が、遠く聞こえた気がした。 はやては顔を両手で覆って、目を堅く瞑った。 そして。 鈍い衝撃が、はやてを抱きとめた。 地面の感触ではない。 足も何処も、土についてはいない。 まだ、宙に浮いている。 はやては身を強張らせたまま、恐る恐る目を開いた。 目の前に、フェイトの顔があった。 緊張で凍りついた、血の気の引いた顔。 金髪に、はやてが落とした葉っぱが一枚付いている。 フェイトの目が緩やかに動いて、はやてを見つめて一瞬止まり。 それから、木漏れ日の中、風に煽られて、綻ぶように笑みを浮かべる。 「はやてみっけ、」 フェイトははやてを抱き締める腕に力を込めた。 「ぽーこぺん。」