ああもう本当、助けて下さい。

 神様、仏様、香美様、






               ロマンスの神様!







 おかしい、自分の体調が万全やとはとても思えなかった。
 実際には万全な筈やねんで。やって、今朝は寝覚めもよくって、晴れてる空とか、秋
口の冷たい空気とか、布団から腕を出しただけで気分よかったし。風邪を引いたってい
う感触もなし。本当に気分がええ朝で、だから朝ごはんの用意もいつもより頑張って、
それで、身支度も早いところ終わったから、いつもより少し家を早く出てとかやって。
そんで、授業中もいたって元気元気。突然先生に指されたときやって、ちょうきびきび
と答えたし。
 なのに、なんでや。
 心臓が凄い音を立てて鳴っとる。そのせいで、耳に触れる風の音だって良く聞こえな
くって、雑音に変ってしまうくらいや。木枯らしの舞う帰り道が、何処か遠く感じられ
る。私一人、なんやちょお浮いてるみたい。
「はやて、どうかしたの?」
 隣を歩いているフェイトちゃんが、私の顔を覗き込んだ。いつもはちょっと遠い顔が
近くにあって、心臓がなんか、一拍跳ねた。
「え、あ、いや、
 その、別に・・・。」
 私の隙を付いて、口から飛び出そうとした心臓のせいで、上手くしゃべれへん。フェ
イトちゃんが、不思議そうな様子を浮かべて首を傾げる。子供っぽい仕草に、また勝手
に心臓が跳ねる。
「べつ、に、その・・・。」
 私はフェイトちゃんから目を逸らして、道の先を見た。まだ日は暮れていないけれど
随分落ちては来ていて、空は薄暗い青。その中に、真っ白い月が薄っすらと浮かんでい
た。満月にはまだ遠い、でも半分よりは大きい月は、右手の方、フェイトちゃんの頭よ
りも高い位置に見えた。
「月、綺麗だね。」
 フェイトちゃんの左手が、私の右手を掴んだ。
 反射的に動いてしまいそうだったのを、私はなんとか抑えつける。
「そうやね。」
 言い切ったのはそれ一つっきり。これが限界。だって、もう震えそうやねん。なんで
かなんてしらへん。ただ、そう、私をさっきから裏切りがちな心臓が、またクーデター
を起こしてんねや。
 顔が熱い。
 掌に、妙な汗を掻いてしまいそうで、嫌な緊張をした。繋いだ掌に汗なんて掻きたく
ない。
「はやてってさ、
 月、似合うよね。」
 フェイトちゃんが私の手をひっぱって、少し引き寄せながら笑った。はにかむような
笑顔。淡い空の景色に溶け込みそうな、綺麗な髪、肌。
「私が月なんて、そんな柄やないよ。」
 私はなんとか笑う。困ったように笑ってみせる。
 フェイトちゃんが私の手を掴んだのになんて、意味はあらへん。フェイトちゃんは結
構手を繋いだりとかするの好きな子やねん、昔から。なのはちゃんとかとよう繋いでた。
アリサちゃんは、怒るというか照れるから突っぱねてたけど。
 たったそんだけやねん。今日は、皆が用事で誰も居ないから、私と二人っきりの帰り
道で、だからたまたま掴んだだけやねん、私の手を。別に深い意味なんてあれへん。私
の心臓が世紀の大革命を起こしそうなのも、顔がとんでもなく熱いのも、珍しくフェイ
トちゃんと二人で帰るから、気を使って緊張してるだけや。
 絶対そう。命かける。
「えー、そうかなあ。」
 フェイトちゃんは、納得いかないと言う風に、少し拗ねた声を出した。振り仰ぐと、
フェイトちゃんもこっちを向いた。遠い、空にある白い月が、フェイトちゃんの笑顔に
触れる。
「はやてって、静かにそうやって笑ってると、
 凄く、綺麗だよ。」
 小さな白い月と一緒に、フェイトちゃんはそう言って、目を細めた。

 ああ、失敗した。
 命かけるんやなかった。
 かけた以上は、この命差し出したほうがええんでしょうか、
 でも、そこらへん勘弁してくれないでしょうか。
 ああもう本当、助けて下さい。

 神様、仏様、香美様、

「アホ。」
 私が精一杯呟くと、フェイトちゃんが笑顔を零した。



 ロマンスの神様!



 この人ですか!?