ソファに身を沈めているフェイトの首筋を、はやては背もたれの方から見下ろした。 ゆったりとした黒い上着から覗く首筋に、赤い線が走っていた。 はやては眉を顰めてソファを回り込むと、フェイトの隣に座り込んだ。 フェイトが振り向く。 「ん?」 金色の髪が肩を滑り落ちる。 はやては一度、フェイトの目を見つめて、でも何も答えなかった。 両手をフェイトの首に回し、抱きつくように引き寄せる。 フェイトの顎が肩に当たる。 「はやて?」 くぐもった声が首の裏に触れた。 はやては、んー、と気の無い声を出しながら、左手をフェイトの後頭部に回した。 滑らかな髪が、指の間を流れ落ちる。 はやては右手でフェイトの服の襟首を引っ張る。 「ちょっと、はやて。」 フェイトが抵抗をして身じろぎをするが、はやては回した腕の力を緩めなかった。 なおも襟を引くと、フェイトははやての腕から逃れようともがきだす。 首を左右に振りながら抜けようとする仕草が、執拗なちょっかいを嫌がる犬のようでくすぐったい。 「こら、暴れんなって。」 抵抗を押さえつけながら、はやては先程見えた赤い線を目で探した。 首の左側に、赤い線は確かにあった。 かさぶただ。 かさぶたで描かれた線は服の中まで続いていて、 目で追っていくとやがてガーゼだかなんだかの白い布にたどり着いた。 はやては口をへの字に曲げた。 そして。 「てやっ!」 手を背中に滑り込ませると、そこをべしっと叩いた。 「いっ!!」 フェイトの口から、甲高い悲鳴があがった。 はやてがフェイトの膝の上に座りなおして、顔を見ると、フェイトは涙目になっていた。 「いきなり、なにするの。」 フェイトが上目遣いにはやてを見上げた。 恨みがましい視線がはやてに刺さる。 はやてはうっとうしそうに頬にかかった髪を首を振って払う。 「いつ、怪我したん?」 淡々と言い放つと、フェイトが少し身を引いた。 首を振って、でも腕から抜け出せなかった犬は、臆病な犬だったみたいだ。 気弱な犬は、おずおずと返事を口に乗せる。 「えと、先週、くらい。」 はやては小さくため息を漏らして、フェイトの頭をくしゃくしゃに撫でた。 掌の下で、フェイトが不思議そうな目をしてはやてを見つめた。 「フェイトちゃんって、いつぐらいから魔法使うようになったんやっけ?」 唐突な問いかけに、フェイトがますます困り顔になる。 質問の意図を求めているような、視線。 それに気づいて、でも、はやては表情を揺るがせにしなかった。 フェイトは一度目を伏せた。 少し、逡巡するようなそぶりを見せて、煮え切らない声で答える。 「7歳の、とき、かな。」 誰が7歳の時? という質問は、喉の奥深くのまま、ごくりと体の中に飲み込んだ。 「そう。」 とだけ、はやては短く答えると、フェイトの胸に額を埋めた。 フェイトの服は、妙に箪笥臭かった。 最近、急に寒くなってきたから、ひっぱりだしてきたのだろう。 「箪笥くさいわー。」 はやては額を押し付けながら、フェイトにしがみつく。 「だってぇ。」 情けない声を出しながら、フェイトがはやてを抱きしめた。 暖かい腕には、熱く血が通っている。 胸からは鼓動が聞こえて、呼吸の音もする。 子供みたいにまるくなるはやての傍に、金色の髪が降る。 微かな音は降り始めの雨みたいだった。